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およそ人間らしい生活をしていない

人間らしい生活とはなんなのだろうか。国や時代、性別や年齢で異なるだろうが、そこに何か普遍的な物はあるのだろうか。あるいは、諸条件を限定した中で、そこで多数であればそれは一般的と言えるかもしれないが、人間らしいことに当てはまるのだろうか。少なくとも一致していなければ人間らしいとは言えないような、何か普遍的な条件はなかろうか。
人間との会話が極端に少ない。会話というのは、いろいろつきまとう。中身であったり、外見であったり、わずらわしい。人間にどう思われるかというのは、何故こうも恐ろしいのか。それは単に、自らを脅かすからであるだろう。地位、突き詰めれば、平穏、人への印象は結果として心の平穏を脅かす。
妄想故かもしれない。しかしながら、妄想が働くだけの経験が、妄想に繋がるような会話、やりとり、仕草をとどまらせる。何をするにも言い訳がいる。本心は別にあるが、行動に移すには大義名分が必要となる。自然であれば、本心はその行動の中にまるまる覆い隠せる。だけどそういった一連の流れというもは、とても手間がかかる。結局、一切合切を投げ捨ててしまう。高々知れている。手間をかけるだけの魅力は感じない。そこで、人間らしくない生活となる。偶然に巡り会う人、意図を受けやすい人というのは実に恵まれている。面倒なこともそれだけ増えるが、そうも思わない人もいる。そもそもから、面倒や意図を避けるための行動が、普段の振る舞いであるのかも知れない。