人とのやりとり

「私の事が好きか嫌いか?」
唐突にこう切り出された。僕は何を言われているのかわからなくて話を元に戻そうとした。
「それは関係ないでしょう。今話しているのはうどんに髪の毛が入っていたかどうかの話で、この髪の毛の長さからすれば私ではなくまた、店員なのかそれとも持ってきてくれたあなたなのか、店員は皆帽子をかぶっているが髪が落ちるという事が無いわけではない。長さからすればあなたでも店員でもありうるし、髪の色からしてもどちらともいえない。これを発見したのは私ですが、それをすぐ様店に対して苦情という形で言う前に、あなたの髪であるかもしれないという可能性を考慮する必要もあるのではないかと言いたいのです。」
先輩は僕をじっと見ていた。
「それはいい。店は苦情受付なんて日常茶飯事だし、苦情でうどんを取り替えるなんて店の利益からしても誤差の範囲だ。だいたいこんなうどんなんて原価が知れている。一杯出そうが二杯出そうが変わらない。君は私の事が気に入らないのか?」
「気に入るとか気に入らないとかの問題ではないのです。店に対して苦情を言う前に検証してもいいんじゃないですかという問いかけに過ぎません。もしかしたらこちらに非があるかもしれない。あなた自身をどうこう言うつもりは全くないんです。だいたい私はこんな髪の毛一本が入っていたところでそんなことを大袈裟に気にするような潔癖ではありませんから。そうやって店に対して苦情を言ってくれるお気持ちは有り難いですが。」
昼時を少し回っていたため、店の回転はおさまっていた。これからテーブルにつくという人はあと少しいる程度で、食べ終わり立ち去る人がぽつぽつと現れ、席にも余裕が出てきた。隣のテーブルは食べ終わった様子で3人の会社員風の男が水を飲みながら沢尻エリカがどうたらと話していた。

「何も君のために言ったわけじゃない。俺はこういう食い物に髪の毛を入れて出す店を許せないんだ。」
呼び出された店員は、替えの盆を手に持ちながらテーブルの横に立ちすくんでいた。居心地の悪さと鬱陶しさが顔からにじみ出ていた。
「ですからその髪が店員の髪かどうかわからないじゃないですか」
先輩は眉を寄せた。
「じゃあ俺の髪だと言いたいのか?」
水が入ったガラスのコップを握ると、水滴が指にべったりとついた。お手拭きで手を拭い、再びコップを持つとまた手が水で濡れた。
「そうではなくて、私は可能性の話をしているだけですよ。誰の髪かわからないのでそれを検証してからでも苦情を訴えるのは遅くないでしょう?」
「店員じゃなかったら俺かお前かしかいねえじゃねえか?」
12時は半を回っている。店の客は半分程度まで減った。もう30分も前に昼食をとるつもりだった僕の腹はまだかまだかと待ち受けている。先輩のいらだちにも影響しているかもしれない。
「私ではないですよ。私の髪はこんなに長くない」
「何自分だけ逃げようとしてんだ?お前俺に対してなんか文句でもあんのか?お前じゃなかったら俺の髪だって言いたいんだろ?」
「違います違います。私はただ可能性の」
「なにが可能性だ!俺の事が気に食わないんならはっきり言えよ!俺も前々からお前の偉そうな態度にむかついてたんだ!」
「偉そう!?私がですか?」
「そうやって人をなめた態度とってるから周りに嫌われてるぞ!」