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2011/8/14 インド旅行3日目


14日。朝5時に起きる。電車は1時間遅れている。バラナシに着いても電光掲示板やアナウンスはなく、自分で気づいて停車している短い時間の間に自分で降りなければならない。自分に責任がある。実に良い。過剰なサービスと利便性はこの世の中に不満だけをもたらす。ベナレスの駅はでかい。列車は何本も止まれそうだ。インド中の巡礼者たちが集まっている宗教的聖地。みんな地べたで寝ている。彼らは雨の日にはどうするのだろう。屋根を作って寝るのだろうか。現地でホテルまでの案内人と落ち合い、送迎してもらう。すぐ近くだ。ホテルのチェックインを済ませて別れる。ホテルから再びバラナシ駅まで歩き、駅の手前に出ると人と車でごった返していた。駅前には商店もたくさんある。ガンジス河までは4キロほどあるので、昨日はためらったオートリクシャーに乗る。80rs。街中はデリーより道が狭く、旧市街の様にやはり人と店と車と牛で埋め尽くされている。皆がみなクラクションを鳴らしながら、避けあっている。これだけ混んでいると、歩くよりも現地の乗り物に乗っているほうが安全だ。デリーでもそうだったけど、ロイヤルエンフィールドをよく見かける。確かインド産だったイギリスのバイクで日本で買うと50万ぐらいするから、そこそこ金のある人が乗っているのだろう。
ゴードウリヤーで降りなければならず、そこからとりあえずヴィシュワナート寺院を目指すが、全く道がわからない。混み過ぎていて何処がどこなのか判断できない。目の前の寺っぽいのを目指すとそこはあまりに小さくて、違うだろうと思われる。そのあたりにいた子供が日本語でNに話しかけ、寺への道を案内していく。自分はほっとけと言うがNはどんどんついていく。迷路のような路地をひたすら歩きまくる。これはもう本当に迷路としか言いようがない。細い路地が入り組み過ぎている。それを子供の案内に従ってどんどん進んでいく。寺の前まで連れてきてくれたが、あっているのかどうかもわからず、荷物を預けないといけないらしいのでやめとく。ここらで別れたかったが、続いてマニカンカガートへとNが案内される。無視すればいいのについていく。確かに道はわからないけれど。また同様に路地を、導かれるがままついていく。今度も、マニカンカに連れて行ってはくれた。死体がはこばれ、薪の上で焼かれている。子供に入るには10rsいると言われるが、すれ違う大学生風の日本人に「ただで入れますよ」と教えてもらえた。
その後子供を追い払い、出ようとするがやはり道がわからず、方角だけを頼りに迷路をさまよい続けると元いた場所に出てきた。そこから再びダシャーシュワメードガートを目指して歩く。ガートは既に人で溢れている。その中に紛れ込んでガンジス河へと近づく。川べりに座っているバラモンに話しかけられ、デコに赤い点をつけてもらい、ヒンズー教のお祈りをする。お布施をおいてガンジス河へと向かう。河は雨季のため水位が増しており、人が入れる範囲も狭まっていたため、狭い隙間に割り込んで河の水に触れた。
休憩できそうな場所をさがして歩く。道は全然わからないけれど、歩き方に載ってた店をなんとか探し、ラッシーを飲む。バラナシはもう行くところがなくなったので、暇つぶしに大学へ行ってみることにした。大学には美術館と新しいヴィシュワナート寺院があるそうなので時間つぶしになるだろうと思って。
そこそこ遠いのでゴードウリヤーから再度リクシャーに乗る。大学の敷地は大きくて、中までリクシャーが入って行ってたが前で止めてもらい歩く。地図で道を見ながら美術館へ行くが、それらしき建物は閉まっている。隣の校舎が開いていたので入り、学生に場所とどうやって入るか聞くが、いまいちわからない。回り道をして正面玄関の様なところに来ると、ちゃんと「Closed」と書いてあった。残念。今度は寺を目指して歩く。ヒンズー教の寺で、何の知識もなかったから有り難みも何もわからないまま中に入ろうとする。土足厳禁のようで、靴をカバンにいれて入る。Nは袋にいれて持ち込もうとするが、止められて預けに行った。額に手を付け、階段に手を付け、口に手を付け、階段を登る人たちを見かける。そういうもんなんだろう。中にはいろいろな神像があり、ヒンズー教徒がお祈りを捧げ、寺の壁には歴史のような神話のような物が絵とともに記されている。雨が降ってくる。一通り見たので帰ろうと外に出る。傘をさしながら、寺の出口のあたりで雨はきつくなる。そのうちスコールとなって、傘では防げず屋根がある場所へ入る。帰りのリクシャーへ乗ろうとするがホテルまでは遠過ぎてか断られる。雨は30分程で完全にあがった。大学の入り口まで歩き、再度リクシャーを捕まえてホテルまで帰る。帰ってからビールを飲み、近くのモールへ行ってマクドナルドに入り、Nが現地の高校生と話していた。そのあとは帰って晩飯を食い、寝たと思う。