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暗殺が日常だった京都

京都

最近、人斬りについて調べていた。幕末の人斬りについて。ここ、京都の町では幕末の折、路上や旅館での人斬りが絶えなかったという。
人斬りとは、すなわち暗殺であり、つい150年前、人間の年齢で言うと二代前、殺し屋やテロリストによる暗殺が日夜頻繁に行われていた。その頃の京都はどんな様子だっただろう。町中を歩いていると、そこら中に石碑が立っている。佐久間象山、赤松小三郎、本間精一郎、探せば他にも出てくると思う。毎日そのへんの道端に死体が転がっていたことになる。幕府寄りの人間だけでなく、坂本龍馬などの維新志士も殺されている。新撰組は暗殺集団とも言われているが、実際は捕縛が任務だったようだ。
参照:幕末暗殺録

有名な人は大抵暗殺されているか、投獄されて処刑されているのではないかと思うほど多い。名前が挙がるような歴史的有名人以外にも、殺された人は多いだろう。
現代の日本で、暗殺はこんな日常的にはない。かといって、これらはもちろんフィクションではない。戦前にも多くの暗殺があった。現代においても、場所が違えば中東やアフリカなど、そのまま日常である地域もあるかもしれない。

自分は町中で暗殺されるような大人物でないにしても、ふと、そういった日常に、生活していたらどんな気分だろうと思った。暗殺の絶えない、町中に毎日死体が転がる京都の町。150年前、その町に生活していたとしたら。

最後に、wikipediaに載っていた河上彦斎の言葉が怖かったので引用しておく。

勝海舟「河上はそれはひどい奴サ。コワクテコワクテならなかったよ」
「会話の中に誰それが野心があるというのが出るとハハアそうですかなどと空嘯いてとぼけているが、その日スグト切ってしまう。
そしてあくる日は例のごとくチャンとすまして来て、少しも変わらない。喜怒哀楽をあらわれずにだよ」
あまりのひどさに勝が斬り過ぎだと抗議すると、
河上「ソレハあなたいけません。あなたの畠に作った茄子や胡瓜は、どうなさいます。善い加減のときにちぎって、沢庵にでもおつけなさるでしょう。アイツラはそれと同じことです。」
「いくら殺したからと言って何でもありません。」
と反論したという。 

京都時代MAP 幕末・維新編 (Time trip map)

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