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社会人とは

会社に入って5年と少しが経つ。
  
会社や社会、仕事についての考え方もいろいろ変わってきた。
就職する前は、雑用でもなんでもいいからとにかく日々の食いぶちが稼げればいいやと思っていた。自分には才能がなかったから、何か一芸で身を立てることなんて出来なかった、誰でもいい人材だった。それは今も変わらない。人より秀でているところは無く、何かを武器に人から企業から求められるようなポイントというのは見つからなかった。多くの中堅大学卒業生がそうであるように。
   
人を見ていると、何かする人はやはり一番時間のある大学時代に行動している。行動するだけでなく結果だったり人脈を残している。スポーツだったり語学だったり投資だったり、ウェブだったり資格とか、インターンとか起業とか。音楽やデザイン、イベントやらそんなのもあるかもしれない。
自分は大学の時に何かやっておけばよかったなんて思ったとしても何も出来ない、日々バイトと講義で時間を費やすだけの、そんな大学生だった。意欲のある人は大学時代にかかわらず、なにか事を成し遂げている。そんな意欲はない。
  
そして、卒業と同時に誰でもいい人材として就職した。誰でも代わりが出来る仕事をするために。大多数の学生がそうであったように。
   
会社に入るというのは、経験としては良いと思う。業界や階層で違いはあれど、子供の頃から知らない間に自分たちを育んでいた社会とはこういうものだということを肌身を持って実感できる。
自分はたまたま就職したので、その偶然の恩恵に預かることになった。そこで得た実感は、会社の元で働くこと、そこで自分の身を立てることは大したことないという実感だった。採用なんかはただの運である。才能の元に雇用された場合を除けば、僕らにとってはたまたま卒業年度がどうだったかというだけの話。そこには、一部のどうしようもない人材と多少の拮抗はあれど、それ以外は同じ。そうやって自分は職を得た。
  
昔よく、金を稼ぐことは大変だとか、独立すること、自分の身一つで生計を立てることはとても大変なことだと教わって育ったけど、全然大したことなかった。一人暮らしも楽でしょうがない。仕事なんか受験のプレッシャーと勉強の難しさにに比べたらうんこみたいなもんだ。受験とか子供のルールというあらゆる制約の元で不自由に生活していた頃の方がよっぽど大変だった。よく、親に養われていた子供の頃に戻りたい、あの頃はよかったなどという言説を目にするけど、信じられない気持ちで一杯になる。お前らどんなゆるい子供時代を送ってきたんだと疑問に思う。
ただ、今になって考えれば会社員という立場は、独立とは言えない。本当の意味で独り立ちとはとても言えない。大人として会社に養われているだけだ。飼い犬、企業に拾われた犬状態。社会人とは、新たなルールの元で、ルールに沿って頑張ったりやり過ごしたりしていけば生活できるというだけの場だった。
   
あまり長居する場ではないなというのが、今の自分の心境。
やはり、この社会人のルールというのも自分にはそぐわない。贅沢だと言ってしまえばそれまでだけど、縛りだけでなく果てしない労働時間や無気力感、無駄なことに無駄な時間を費やしている不快感は、日々積み重なる。それでも受験勉強に比べたらたいしたことないと思うけれど、やはりこの社会人のルールの中での生活は、とても居心地が悪い。
生存をかけてまで手放すほどの力が今のところ無くて、なかなか抜け出せないのが残念だけど、病気や余程のことがない限りは、そうやって日々を耐え忍ぶしかないのかなとは思っている。でもやはり、本心としては一刻も早く抜け出したい。病気は時間の問題にも思える。