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何かに打ち込んだことがない

自分は子供の頃から何かに打ち込んだことがない。勉強やスポーツ、趣味、仕事でも何でも打ち込める人が羨ましかった。
今、僕は英語圏にいるんだから本当は英語に打ち込むべきなんだろうけど、一ヶ月保たなかった。せいぜい3日、あまりにも出来なくて、あまりにもわからなくて、あまりにもめんどくさくてすぐに飽きる。続けるためにはおそらく、成長の瞬間とか達成の喜びとか、断固たる意志であったり、無我夢中だとか、何かこう続ける秘訣というのがあるのだろう。そのどれも感じられず、もしくは感じたとしても「飽き」や「嫌気」が上回り、全てをほっぽり出してしまう。そうやって僕はまさに人生の負け組へと転落したわけですが、この期に及んでもはやりそういった憧れ、何かに打ち込むことに対する羨ましさは残っており、かといって打開策のないまま日々年老いていっている。

何が大事なんだろう、興味だろうか。興味のはずがない。勉強やスポーツに打ち込んだ人が興味だけで続けていたわけがない。やっていくうちに面白さを見出したかもしれないが、これはまさに僕と逆のパターンだ。ちょっとかじった程度でだんだん興味がなくなってやらなくなっていく。そこには自分の不器用さ、成長の遅さも関連しているのかもしれない。やはり人には向き不向き、合う合わないがあるため、僕はいつもどこでも先を越されて追い抜かれていってしまう。手応えがない。「手応えを感じられるほど努力したか?」と問われたところで、そもそもその気力がない。楽して結果が得られれば願ったりかなったりだが、自分の場合は苦労したところで成長、もしくは手応えを一切感じることができない。

例えば、僕の一番最初の記憶として、幼小期に習っていた極真空手がある。僕は小学校に入る前から親の勧めで空手を習っており、中学受験をするために辞めた。表面上はそうなっているが、ずっと空手を辞めたくてしょうがなかった。しんどいし、痛いし、普段喧嘩するわけでもないから実力の発揮なんてないし、組手の大会とか出たら一回戦負けだったし。今思えば僕が通っていた道場は子供が少なかったため、途中から小学生なのに少年部ではなく一般の方で稽古させられていた。それも嫌だった。同年代の人間というのは僕ともう一人しかいなかった。他はかなり下か、上となると大学生ぐらいだった。僕が辞める直前になって、ようやくド突き回されても泣かなくなり、型の大会にシングルで出てみないかと師範代に勧められたりして軌道に乗りだしてきたように見えたが、その頃は同時に大人に混ざったりしていた時期で辞めたさもピークに達していた。道場では腹痛を催してリタイアしたり、稽古中に吐くことも多くなっていた。今思い返せば子供の頃から飯を食うことに抵抗があり、稽古自体は夜6時から9時とかだったんだけど腹に何かを入れていこうものなら必ず吐いていた。さらにこの頃から自分より優れた人たちに囲まれて過ごしていたため、劣等感が強かった。そして僕は中学受験をするという建前で辞めることになった。まあ、そんな原因みたいなのを色々洗い出したところで意味はない。

最近知ったのだが、その5年か6年の間自分の師だった先生が3年前に亡くなられていた。癌だったみたいで、道場が閉鎖されたのもそれが理由だったようだ。よく頭をバシバシしばかれたが、メガネを掛けてヒゲを蓄えた落ち着いた人で、体育会系という雰囲気ではなかった。選手名鑑というか、そういうカタログには「野武士のような」というコピーが使われていた。40代で亡くなられたようだ。ご冥福をお祈り申し上げます。

その次は受験勉強だった。受験に限らず勉強の難しいところは、自主学習が全てを左右するという点だろう。僕は進学塾に通い学んではいたものの、受験する中学のレベルにはまるで追いつかなかった。何よりも勉強が嫌いだったし、それゆえ塾以外で勉強することもなかった。親のすすめで中高大と一貫の中学を受験したが無残に落ちて、結局は高校受験も大学受験も経験することになった。この辺りから僕の人生の敗退は目に見える形になってきていた。
中学受験に失敗して公立の中学に入ったが、受験勉強の貯金があったのと進学塾を続けていたこともあり、学校では頭のいいやつだと思われていた。正確には運動できなくて頭おかしいけれど勉強のできるやつだと思われていた。ただそれも最初のうちだけで、高校受験も普通に失敗したしその後の大学受験も同じだった。小学生の頃から変わらない。

日本人であれば小学校から高校卒業するまで12年ほどをひたすら学習期間、勉強の時間として費やすのが一般的ではあるが、よくもまあみんな耐えれるなあと思う。学校も勉強も本当に嫌いだった。何よりもめんどくさいし、覚えられないし、わからないし、楽しくなかった。あと僕は他人と協調することが嫌いで、部活動にも所属しなければ団体行動もしないため、学校という場そのものが好きじゃなかった。そう思えば大学は本当に楽だった。僕の通っていた大学はDランクの頭の悪い人が行く大学だったため、学部の必修も4年間で4単位しかなく、あとは自分が興味のある講義を受けたり単位の取りやすい講義をとったり、図書館で興味のある本を読んだりしているだけだった。まあバイトとかもしていたが。

高校から大学にかけてインターネットにはハマったが、プログラムを書くわけでもネットワークに精通するわけでもなく、僕がやっていたのは所詮コンシューマとしての遊びだけだった。どちらも手を出そうとしてみたが、そこに面白さを見出だせなかった。バイクに乗ってものめり込めず、カメラを買っても趣味まで行かず、旅行はするだけで何も生み出さないし、働いていた時はまさに身を粉にするだけだった。そうやって今まで何一つとして何かに打ち込んだという経験がなく、そのまま来てしまった。物事に打ち込むって一体どうやるんだ?