僕は旅人になれただろうか

旅人になりたかった。職業欄に「旅人」とか書いていたらかっこいいか頭おかしいじゃないですか。冒険者、とかね。英語だとtouristになるのかな。
大学生の頃、FF11をやっていて、そこで知り合ったやつが「俺もリアルで、『職業:冒険者』とか名乗りてえ!」という悲痛な叫びをあげていた。彼は就活中だった。でも僕は「ああ、確かに」と納得してしまった。「ああ、確かにそうだ」

マスターキートンというマンガを読んでいる時に、ちょうど最後のルーマニアの話だったかな、チャウシェスクの遺産か何かを巡る話だったと思うけれど、そこに出てくるロマの男性、ロマとは放浪生活をする人たちなんだけど、その人が何かから解放されたらしくて「やっとまた大好きな放浪生活ができるぜ!」みたいなことを言ってた。セリフははっきりと覚えていないがそんなシーンがあった。それを見た時「いいなそれ」と思った。

 

その後僕は普通に就職した。就活は本当に大変だった。このブログにも就活日誌が残っている。社会人の時に、ふとしたことで旅行してみた。あの頃は仕事が忙しかったものの、それなりにお金も有り、車でも家でも何でも買えた。僕はバイクに乗っていたし、お酒に凝ったりウイスキーに凝ったり、インポートブランドの服を買うようになったり靴や帽子を集め出したり、一人でクラブに行ったり、ちょっと気持ち悪いやつだったんだよ。それはともかくお金でやりたいことはだいたい何でもできた。僕の器が小さかったからかもしれない。そしてそれがつまらなくなった。お金を使うことが。当時僕は物を色々買っていたから、物を買う代わりに何をしよう。物という価値を買うのではなく、何か自分に残るようなことを、勉強はしたくないし、なんだろう。僕は物を沢山買いすぎて、「物があると邪魔だ。どこにも行けない」と思えてきた。その時はちょうどギークハウスにあこがれていた時期で、物がたくさんあると点々とした生活は大変だなと思うようになってきた。じゃあ物を買うのではなく何をするのだろう。クレジットカードか何かのCMが頭をよぎった。「物より、思い出。」旅行だと思った。

僕は今トロントに住んでおり、ここ4年ぐらいは毎年2カ国か3ヶ国に旅行しているが、昔は旅行に全く興味がなかった。大学生の頃僕は物を手に入れられるお金がなく物に飢えていたため、旅行しようなどという発想はまるでなかった。お金ないし。後に残らない旅行なんかにお金使うなんてそんな金あったらまず物買うよ、と思っていた。で、会社員になってお金に余裕ができて自分の部屋が物であふれて、まず部屋自体が良い部屋で、家具とかソファとかそういう生活をしていたら、ものに飽きてしまった。そこでやっと経験に足を伸ばしてみた。経験ってなんだ?今更勉強なんかやる気しないし、運動とか集まりとかも興味ないし、もっと物を買う代わりになるぐらい楽しいことはないのか?何で唐突に旅行しようと思ったんだろう。忘れた。ん、なんか同じこと二度書いているな。

「海外へ出よう」

それまで僕は、海外と言えば家族旅行のハワイとグアムにしか行ったことがなかった。子供の時の旅行で、10年以上も経っている。パスポートも取り直した。その頃僕はまだ会社員だったから、旅行すると言っても日が限られていた。ゴールデンウィーク、盆休み、もしくは年末年始。6〜9日が限界だった。僕は最初GWにベトナムへ行った。人生初の一人海外旅行だ。もちろん英語なんか話せない。熱帯のサイゴンはクッソ暑かった。何が良かったかというと、とにかく日本じゃないのが良かった。僕は今でも覚えている。初めて一人で旅行して空港からバスに乗り、サイゴンの街に着くまでの間に見える風景。バスの窓から街の風景が見えるんだ。「日本じゃない」当たり前だけど、どこかファンタジーの世界にいるみたいで、しかもそれはディズニーランドみたいな作り物ではなく現実にそこにベトナム人たちが生きて、生活して、生身の人生がそこにあるんだ。それにハマりにハマって、同じ年にチェコ、ヨルダン、次の年にインド、タイ、その次の年にはアメリカ、その次の年にはマレーシア、オーストラリアと各地を回っている。そしてついに会社を辞めることになった。

旅行するために会社を辞めたわけではない。これは本当に苦渋の決断だった。そこそこいいお金で物を買い集める生活には絶対に戻れなくなる。それどころではない。僕の会社員、一般人としてそこそこ恵まれてきた人生はそこで終わってしまうのだ。全てを失った。そろそろ旅人になれるかなあ。

その次にニューヨーク、トロント、日本からまたニューヨーク、トロントで今に至る。トロントにはバックパックとショルダーバッグで来た。「荷物それだけ?1年もいるのに?」「1年半です。」たったそれだけ。全然旅行できていない。ケベックは旅行だった。あれはもう2月の話だ。雪が降り積もるケベック・シティーの夜は例外的に暖かく-3℃、坂を降りて全メニューが$5という安いスポーツバーみたいなのがあるって教わって行ったんだった。 

最近旅行に関するよくわからない日記をいくつも書いているのは、圧倒的に旅行したいからだ。旅行していない。まだやっていないことがたくさんある。南米にもアフリカに行ってない。オーロラなんかには興味ないけれど北欧の実態はこの目で見たい。ペテルブルクもドストエフスキー読んだからには見てみたい。ヒッチハイクもしていなければ、野宿もしていない。山にも登っていない。スカイダイビングもやっていない。宇宙にも行っていない。過去の偉人も戦場も見てみたい。未来だってこの目で確かめたい。旅行が足りていない。僕はまだ全然旅人になれていない。