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「記憶に残る風景」 #地元発見伝

「記憶に残る風景」 #地元発見伝
https://www.google.com/maps/preview?q=35.044976%2C135.742385
京都市, 京都府今宮通

ここは京都今宮神社の鳥居の前だ。

僕は人生で三度、この通りを通った。かよったのだ。一度目は、自宅から保育園に通う際に通った。25年以上前。父親の車の後部座背に座り、朝と夕方に往復した。この道の先というのは、実は4方向に道が分かれている。4方向だ。僕らは往復する際、もう一つの道、玄琢の坂の前を通る道から帰ることもあった。北山通に直結する方もあった。父は白いマークⅡかクラウンに乗っていた。会社の車だと言っていた。

二度目は高校生の時だ。僕は通学でここを通っていた。自転車通学だった。だいたい30分ほどかかる。自転車で30分の高校というのは家から近い方に入るだろうか。中学だと自転車で30分は遠いが、高校だと近いのだろう。僕は高校にろくな思い出がない。中学もない。小学校は最早覚えていない。しかし高校、高校なあ。高校時代というのは僕が人生で落ちぶれる起点であった。ここが始まりだったのだ。高校へは寝るかマンガ読みに通っていた。友達が全巻単位で持ってくるのだ。学校で一日6時間とか寝ていた。何故そんなに寝るのかというと、テレホーダイで夜から朝までネットに浸かっていたから。齢15歳。僕はその時からバイトをしていた。高3以外はバイトしていた。バイト代はケータイとか、当時iモードが始まった時期で、あとはパソコン雑誌とかに消えていた。

三度目は、教習所へ通っていた時だ。車の練習コースでもあった。僕が行っていたのは光悦教習所というところだ。地名はバガボンドにも出てきていなかったっけ。忘れた。
ちなみに名古屋では教習所の事をみんな車校という。名古屋人は免許の保持率が高いためみんな車校に行って車校で全部通じる。何故か車校という言葉が出てくる話題が何処かから湧いてくる。何故僕がここで名古屋の話を挟んだかというと、僕は会社員の頃名古屋に3年半転勤で住んでおり、名古屋人と話すと必ず何処かで車校の話が出たからだ。
僕はなんと、教習所へ1年通ったのだ。あまりにも下手クソで、そのくせ月に1回とかしか行かなかったから長引いた。僕は教習所で最初自動二輪の免許を取った。これは普通2週間ぐらいで受かるところを2ヶ月かかった。バイクは今でも乗っている。トロントではバイク持ってないし免許も違って乗ってない。問題は車だった。10ヶ月ぐらいかかった。学科は問題なかった。そういうのは得意だ。実技はまるでだめだった。全然先に進まない。そして行くのは月1回。そうやって10ヶ月かけて30万ぐらい払って免許を取ったが、僕は完全にペーパーだ。教習以外で車を運転したことがない。もう10年乗っていない。どうしよう。

この風景一つからそういうった過去の記憶、エピソード、その時の感情が思い起こされる。それぞれの季節があれば中身も変わってくるだろう。その時聞いていた音楽なんかが思い出せれば記憶はさらに鮮明になる。その時嗅いだ空気の匂いまではっきりと。

 

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