母に写真を送った

僕はもういい歳だから親もクソもないんだけど、こういうわかりやすいのが一番親孝行だろうと思った。僕は結婚とか無いし子供とか有り得ないから、こういう形でしかできない。親を大事にするとか親孝行なんてことは普段考えない。どちらかというと否定的だ。親であろうが誰であろうが一人の人間だ。親しければそれなりに仲良くするだろうし、そうでなければそうでないだけの話だ。それは他の誰にでも言えることだ。親だから、というのは何も特別な関係ではない。僕の友人の一人は幼年期の頃から親との関係が上手くいっておらず、大人になった今でも親と仲良くしている子供を見たら「何故自分たちはああじゃなかったのだろう」と涙が出てくるそうだ。親にも当然良し悪しがある。悪い親を特別だと思い続ける必要はない。

僕の家庭は普通だった。

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母親は心配症で、子供に対してはかなり贔屓目であった。元々子供が好きな母親で、保母さんをしていた。厳密には今もしている。いわゆる暖かい家庭の母親を絵に描いたような人だと思う。
父親は少し違う。父親はどちらかというと先生というか、師匠であり友達のような関係だ。僕は母のことは信用しているが父のことは信用していない。それは僕を騙すとかそういった意味ではなく、父の判断が正しいかどうかを信用していない。母はどちらかというと慎重な方だ。
あと妹がいる。妹については同じマンガを読んだり一緒にゲームをしたり子供の頃は仲が良かったが、向こうの思春期ぐらいからほぼ関わらなくなった。多分その頃は僕も含めピリピリしていたからだと思う。高校の先生は僕に刺されると思っていたらしいから。(当時そういう事件が流行っていた。僕は酒鬼薔薇・ネオ麦世代だ。)僕は妹の友達とか彼氏とかに会ったことがない。というかほとんど知らない。お互い。僕の彼女は2人ぐらい知っていると思う。

僕はよく写真を撮るから、旅行した時の写真などは母親が見たいというから見せていた。

「あんた自分が写ってる写真無いやん」

と言われていた。僕が撮っているのだから当たり前だと答えた。

「こんな風景ばかりのポスターみたいな写真よりもっと生活感があるのが見たい。だから今度写ってきて?」

と言われているのだ。

そして今回、僕はfacebookにタグ付けされた、自分が写っている写真、人が撮った写真ばかりを、携帯のカメラで撮ったようなヘッタクソな写真ばかりを母親に送った。そこに写っているのは僕と、トロントの人たち。語学学校の韓国人、トルコ人、ロシア人、メキシコ人という多国籍なクラスメイトたちと、以前に住んていた家に集まってきていたインド人、北朝鮮人、ウクライナ人、カナディアンなどと僕が並んで写っている記念写真。そういうものをばかり送った。僕があなたの代わりに夢を叶えています。

本当に旅行が好きだったのは母親だったのだ。僕が3歳とか4歳頃から毎年どこかに旅行していた。海外は小学校2年生の時にグアムへ行ったのが初めてだった。その頃は確かパスポートさえもいらなかった。その次に中学2年生の頃ハワイへ行った。そうやって色々連れていってくれた。僕はその頃旅行が特別好きだというわけではなかった。ついていってるだけ、というほどではないが、特別なものではなかった。大学を受けるときも母が、

「ここにしたら?」

と言って勧めてきたのは立命館アジア太平洋大学だった。九州かどこかにある、留学が盛んな大学だったかな。僕はよく知らないんだけど

「私だったらここに行きたい」

知るかよ。僕は全然違う家から5分の大学を受けて通った。僕は留学などにも全く興味がなかった。大学生の時点でも海外に対しては全く興味が無かったんだ。僕ではなく母親がずっと旅行が好きだった。彼女は洋画をかなり見る。面白いかどうかさえわからないような映画も片っ端から録画して見るんだ。うちの実家ではディーライフが見れるようになってからずっと録画して見ている。多分そんな生活を何十年も送っている。旅行が好きで、洋画が好きなのだ。おそらく祖父などの影響だろうか。よくわからない。
僕が数年前から旅行をするようになり、外国で撮った写真を見せると

「ほんまこんなところにいるんやな」

彼女にとっては映画の世界であり、テレビの世界なのだ。彼女もハワイなんかに行ったりしてるが、自分が行ったことのない場所への関心はいまだに強く、父は世界史が好きだから、僕は会社員の頃、僕自身旅行が楽しかった頃に、家族4人を連れてフランスかどこかに行きたいと思っていた。100万ぐらいかかるだろう。僕は会社員だったから、あと1年ぐらいお金貯めればなんとかなるかと思っていた。しかし僕は会社を辞めた。今後そんなお金を余分に手にすることはないだろう。僕のささやかな親孝行の夢は潰えた。

その後僕はオーストラリアへ行ったり、ニューヨークへ行ったりした後にカナダに来た。その先々で写真を送った。しかしどの写真にも僕は写っていなかった。僕が撮っているのだから当たり前だ。しかし母は、僕が写っている写真、生活感がある写真が見たいと言っていたのだ。僕はそのことを今日思い出した。

 

 

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そして僕が写っている写真を送った。語学学校の生徒たちで写っている写真と、前の家に集まった写真と、ケベックでバーで知り合った女の子たちと写った写真だ。僕は子供の頃からどんな写真に写るにしても隅っこの方に写るから、母はすぐ見つけるはずだ。僕は目立つのが嫌いなんだ。母はもしかして、自分ができなかったことを息子が代わりにやっていて、しかも本人は別にそれが何とも思っていないとかそういうことに対して、悔しがっているだろうか?全くそんなことはない。ただ単に羨ましがっていると思う。

だからいつか、僕は両親をどこかに、海外に連れて行きたいと思う。トロントに来てもらって「トロントってこんなもんなんだぜ」みたいにかますのもいいかもしれない。そう、僕の今の夢は、親を海外に連れて行きたい。そのために何をするかってのはまだ考えていない。当然お金はいるだろうし、でも貯まるわけがない。自分の先行きさえ不安だ。結局潰えた夢なのでした。