楽しく感じるというウソ

前の会社にいた時も今も「仕事が楽しい」って言う人がいた。そう言える人がある意味羨ましかった。僕はおそらくどんな仕事であってもそれが仕事である限り「楽しい」などとは感じられない。楽しそうに振舞っている時なんか、内心は疲れしか感じていない。職場が楽しいって言う人はまだわかる。人との関わりやコミュニケーションが楽しいって人はいるだろう。しかし、仕事そのものが楽しいって言える日は僕には来ない。仕事なんだから楽しいとか考えずに真面目にやれとさえ思う。逆に楽しい事を仕事にできた場合それもう小銭が入るただの趣味だろと思ってしまう。ブログなんかはいくら稼いでもそうだ。

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「楽しいと思い込めば楽しくなってくるよ」

というような意見がある。すなわち働いている最中に、これは楽しーおもしれーと思い込むんだ。そうすると本当に楽しく感じられてくるなんてまるで洗脳じゃないか。僕はそういったことができない。自分で自分にウソをつくことができない。どうしても自分には正直になってしまう。「あと30分で終わるから我慢しよう」と励ますことはできても、楽しくないことを「これは楽しいんだ!」という風に嘘の思い込みをすることはできない。本当に楽しいことにはそんな思い込みなど必要なわけがない。楽しい時は自然に気づく。楽しくないことはどう足掻いたって楽しくないのだ。

だから、本心で「仕事が楽しい」と言える人はまさに働くことに適性がある人であり、働かなくては生きていけないこの世界において既に勝者なんだなという羨望があります。

しかし「働けば楽しいと思い込んでいたら本当に楽しくなった」方の人は、それ暗示というか洗脳かもしれません。それで何か問題があるのかというとわからないけれど。

大多数の正直者は僕と同じで「本当は死ぬまでずっと働きたくないけど、お金のために仕方なく働いている」人だと思う。ロトで4億円当たったら仕事辞める人は漏れなくここ。