気持ち悪い話だが、自分には長く想いを寄せていた人がいた。遠い昔の話だ。彼女はもう既に結婚している。僕は彼女に対してそういう話をしたことがない。つまり、想いを寄せているだとか、慕っているとか、好意を持っているとか。だからおそらく、相手は僕がそうだった事を知らないんじゃないだろうか。僕らには共通の友人が何人もいた。僕は普段から周りの人に対して、真意を隠すような演技をよくしていたから、周りの人も知らないと思う。それ以前に僕がそういう人間だったという事も知らなかったんじゃないだろうか。誰かに想いを寄せるような人間であった事自体。

遠い昔の話だ。今更そんな事を思い出して書いているのは何故だろう。さすがにもう彼女とは、ずっと会っていない。

 

僕らの関係というのは友人だった。元々僕らはよく話す間柄ではなかった。むしろほとんど話したこともなかった。そしていつから話すようになったかもよく覚えている。僕は彼女に対して、あまり印象を持っていなかった。向こうはいまだにそうだと思う。共通の友人たちと一緒に飲みに行く予定があった。しかし、みんな来れなくなり、僕と彼女だけになった。僕らは特に仲が良かったわけではなく

「どうする?」

「いいんじゃない?」

というぐらいに軽く飲みに行くことになった。

そう、ただ飲みに行っただけ。お互い初対面ではないが、よく話していたわけではない。僕は普段ほとんど口を開かない。

「場所決めてたっけ?」

「決まってないと思うよー」

ブラブラしながらどの店に入るかてきとうに見ていた。そしてそのへんにある店に入り、てきとうに食事をしてお酒を飲んで帰った。何を話したかなんて覚えていない。遠い昔の話だ。けれど、その店には結局6時間ぐらい居たように思う。閉店までいた。

その後何度かそういう機会があった。偶然二人。もちろん二人じゃないことの方が多かったが、そのうち定期的に二人だけで会うようになった。僕から誘ったこともあった。二人の時に話すことは、だいたい普段と変わらなかった。普段の僕であり、普段の彼女。でもたまにお互いの過去や、プライベートな事を話し合った。彼女には付き合っている人がいた。みんな知っていた。僕も以前から知っていた。

彼女は若い頃に、人生で大きな挫折を経験していた。特段珍しくない、よくある話ではあったが、それは彼女にとって、目の前が真っ白になり、その後歩む道が全く変わってしまう大きな挫折だった。僕はそんな話をなんとなく聞いていた。そのうち自分も、今まで人に話したことがないような事を話していた。僕にはそういう話をする相手がいなかった。そういう話が自分の口から自然に出るような相手が、彼女の他にいなかった。

頻繁に連絡を取るようになった。そのほとんどが日常の他愛ない内容だった。僕は舞い上がっていた。素の自分でやりとりしていたわけではなく、外面を取り繕ってはいたものの、会話する相手がいること、反応があること、そして二人で会うことに。彼女はとても聡明で、底なしのいい人だった。

彼女を意識しだした時、僕は緊張して目も合わせられなかった。見るだけで何も考えられなくなった。顔も赤くなった。それでも平静を装っていた。連絡を取るときは手が震えた。その当時は月に一度か、2ヶ月に一度ぐらい会っていた。僕はずっと「こうやって会うこともそのうちなくなるだろうな」と思っていた。僕らはただの友人だった。相手には彼氏もいて、そのうち結婚するかもしれない。二人で会うことがなくなる日なんて、いつ来てもおかしくない。だから、待ち合わせ場所に彼女が立っていた時、僕は嬉しかった。