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岩の質だろうか、それとも崖の底に流れる川と、その水を含む土が地面に草を生やすぐらいだからか、岩をくり抜いた通路はそれほど埃っぽくなかった。毎日人が通るためか、床はずっと前からそうであったように、たいらだ。何人かの人とすれ違う。人を見かける度におっさんが動物を引きながら立ち止まり、例の会話を始める。もう一人増えると、森のなかで聞く鳥のさえずりのようだ。そして手のひらで僕の肩を叩くと笑顔を向け、また何か通りすがりの人に説明している。すると僕はその人と目が合う。僕はさっきからその人を見ていたが、おばさんのようで、このおっさんとは少し違った形の頭巾を被っている。修道院のシスターのようなひらひらがついた頭巾だ。服も薄手の布でできており、袖が短い。七分丈ぐらいで、家事などをするためだろうか。おっさんとは違い、外出着という様子はない。おばさんは僕と目が合うと微笑んで何か言った。僕は応えるかのように

「はじめまして。健といいます。」

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握手を交わそうと右手を出した。彼女は両手で握り返してきた。彼女の背後には別の方向にそれる通路が見える。もう夕方近くになっているようだけど、まだ採光がとれているおかげで奥が広いことが見て取れる。奥は家になっているのだろうか。こういった脇道、通路から枝分かれした脇道というのはいくつかあった。たまに人が出てきたり入ったりしているから、やはり奥に住んでいるのだろう。たまにおっさんと同じ馬を連れている。ここでは代表的な家畜だということがわかる。

おっさんと、僕と、馬は並んで歩き、とうとう通路の突き当りまで来た。突き当りの壁には出入口らしき大きな穴が開いているものの、光の向きの加減で奥は暗い。おっさんはそこで馬に繋がっていた手綱のようなロープを離し、中へ入っていこうとした。僕もついていけばいいのか?しかしおっさんはすぐに引き返してきた。明らかに場違いな西洋人が後ろにいた。短い金髪で前髪を上げ、メガネをかけており、エメラルドグリーンの目で僕より背が高く鼻も高い。服装はタンクトップにデニムのショートパンツ。裾を引き裂いたように白くほつれている。おっさんと彼女はこっちへと向かいながら、何か話している。思わず僕は声をかけた。

「あ、あのお!」

「What? are you a tourist?」

英語だ。少しぐらい会話ができるかもしれない。

「But, I gotta go, see you soon! you should talk with the owner, go inside!
(でも今ちょっと急いでいるから、また後でね!中でオーナーと話してて!)」

彼女はにこやかな笑顔で手を振り、僕が何も言う前に僕らが来た道を歩き去っていった。もう一方の手には書類ケースのようなプラスチックのケースを持っていた。学生だろうか。おっさんはなにやら嬉しそうに僕の方を見て二三言残し、その後馬を連れて同じように去っていく。

「え?何どういうこと?」

おっさんの後ろから僕がそうつぶやくと、おっさんは振り返り、僕の方を見て手を伸ばした。手の先には壁の穴があった。西洋人の女性とおっさんが出てきた穴だ。これもどうやら通路だったらしく、薄暗い奥がどこかへと繋がっているのだろう。

おっさんは向き直り、立ち去っていった。どこまで行くのだろうと後ろから見ていたが、途中の脇道にそれて見えなくなってしまった。僕は一人この穴の前に残された。女性もinsideと言っていたし、おっさんも中を指していたから中に入れってことなのだろう。穴は人が並んで二人通れるぐらいの大きなものだ。すぐ奥が見えなくなっているところを見ると、よほど暗いのだろう。外国人が出てきたということは、ここは宿なのかもしれない。こんなところに宿なんかがあるのは不思議だけど、そうに違いないと僕は何故か思い込んでいた。僕が旅行者だということもおっさんはわかっていたに違いない。そしてここに連れてきてくれたのだ。ありがとうおっさん。とにかく僕は疲れており、早く荷物を下ろしてゆっくりしたかった。

穴の奥へと進んだ。かろうじて光が届く場所ですぐに突き当りに当たったが、左側から光が見える。左へと進んだ。左の奥の方では右上から光があたっている。スポットライトのようで、そちらの天井が空いているのかもしれない。左の端まで来ると、明るい方、その右上の方は階段になっていた。途中で天井が抜けている。外へ出られるようだ。僕はその光の方へ向かい、階段を上った。上にたどり着くと、あたりは眩しかった。

そこは外ではなく、広間だった。穴の前まで歩いてきた通道と同じように、崖側から光が取り込まれていた。天井も高い。そして天井からは大きな板がぶら下がっている。四隅がロープで天井に固定されている。テーブルだろうか。そこには飲みかけのカップが一つ残されている。小さなハンモックのような布が、机を囲う椅子のようにぶら下がっている。光が入ってくる崖側にもハンモックはぶら下がっている。床は石というよりも大きさがある程度均等なタイル貼りのようになっており、表面に光沢がある。内外から持ち込まれたであろう砂でタイルの隙間は埋まっている。よくわからない光景にもかかわらず、僕はそこからくつろぎの雰囲気を感じ取り、荷物を床におろした。広間には誰もおらず、さしあたりその吊り下げテーブルやハンモック椅子以外には他の部屋へ繋がるであろう出入口しか見当たらない。これは、宿ではないな。

僕はとにかくそのハンモックが気になっていた。崖近くにあるその一つに近づく。天井からはフックのようなものでぶら下がっている。白い布は、表面がタオル地のように柔らかく、それでいて人が座っても崩れないぐらいの厚みと中の硬さがあった。背面も包み込むように布が広がっており、もたれることもできる。僕は、そこに来ればそうすることが当たり前だというように、腰を掛けた。目の前に広がるのは崖。隙間から風が入る。僕は足を前に伸ばし、大きくのけぞった。一度イスから立ち上がり、バックパックを拾いに行った。中からプラスチックボトルを取り出し、再びイスに腰かけ、崖側からの太陽の光と、外から入ってくる風を受けながら水を飲んだ。

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