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うめき声に起こされた。うるさいな。僕はそれがなんなのかわからなかった。やがて意識が少しずつはっきりしてくる。そのうめき声は大きな声ではなかったが、苦しそうで、一定のリズムを刻んていた。薄く目を開けるとそこはもう明るく、まぶしくて腕で目を覆った。僕を起こした声はなんだろうと思い、声がする方を向いた。

「えっ?」

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声を発し、目が合い、青ざめた。僕は一瞬で頭が覚醒した。すぐさまハンモックの上で壁側に向き直った。寝起きということもあってか、何が起こっているのかはっきりしない。状況が飲み込めなかった。あれはアンの声だ。この人は朝から何をやっているんだ。人がいる部屋で。僕が寝ていたからか?それにしてもこんなに明るいというのに。僕が起きたり、そうでなくても見つかるとは思わなかったのだろうか。僕はその場から、その態勢から身動き取れなくなっていた。僕の背後で、反対側の壁にかかっているハンモックの上では、アンがまだ揺れていた。

時間がとても長く感じた。僕はまだ寝ているふりを貫いていた。彼女と目が合ったにせよ彼女はメガネをかけておらず、いまだ続けているということは僕が起きたことに気づいていないのだろう。僕は意識がはっきりし過ぎるほど冴えている。同時に頭の中はパニックになっていると言っていい。落ち着いて考えることなどできない。とにかく早く終わってほしいと願うばかりだった。

一通り落ち着くと彼女はハンモックから降り、ゆっくりとした足取りで部屋を出る。広間とは反対側の、廊下の奥の方へと歩いていった。トイレにでも行ったのだろう。彼女がいなくなると僕は体を起こし、足を床に下ろした。部屋には微かに匂いが漂っている。さっきのことは、僕は寝ていて知らない。そういうことにしておこう。いや、はっきり言うべきだろうか。今後同じようなことがあると困る。何で僕がこんなに気まずい思いをしなければいけないのだろう。はっきり言うなんてもっと気まずい。触れないでおこう。おおらかな精神で。僕も子供の頃、親が急に部屋のドアを開けて見られたことがある。さっきみたいにはっきりとではなかったが、親が僕に何か言ってくるようなことは一度もなかった。やはり黙っておくのが正しい。相手の気持も考えると、僕が黙ったままで、そのうち忘れてくれた方が助かる。そう簡単に忘れることはできそうにないけれど。

「Good morning, you're already up, eh?
(おはよう。起きてた?)」

彼女は部屋に戻り、僕が起きているのを見て声をかけてきた。グレー地に染め物のような白い模様の入った昨日とは違うタンクトップ、薄い黄色の下着、ビーチサンダルという姿だ。もうメガネもかけている。

「Morning. I just got up.
(おはよう。今起きたところ。)」

「Really.
(そう)」

彼女はハンモックのところまで戻ると座り、僕とちょうど向かい合わせになった。僕はまだ目が覚めてまもなく、頭がぼんやりしている振りをした。彼女は再びハンモックの上に足をあげ、横になりながら何か本を読み始めた。僕はまだ気まずく、ハンモックから立ち上がると机の上に置いていたプラスチックボトル取り、崖側のソファへと向かった。

「Oh, you know what? It doesn’t come with brekkie.
(あ、そうだ、ここ朝食はないから。)」

「Brekkie?
(ブレッキ?)」

「Yeah, it’s breakfast.
(そう、ブレックファースト。)」

「Ah, Thanks.
(ああ。ありがとう。)」

僕はソファに座り水を飲んだ。外が明るい。ここは風がなくても涼しい。太陽は見えておらず向こう側が照らされている。向こう側では人の顔までは見えないものの、人が行き来していることがわかる。昨日あっちに日が沈んでいったから今はこっち側を昇っているところか。この部屋は、この家の広間も、この家に続いた通路まで、全て西向きに作られている。崖の向こう側が東向きにあたる。こうやっていると、少し気持ちが落ち着いた。

今日はまだ2日目だ。いつまでここにいることになるだろう。僕はこの国での滞在期間を決めていなかったけれど、予算の関係でせいぜい1ヶ月だろうと思っている。ビザは半年有効だけどそこまでの余裕はなく、旅行で半年も同じ国にいたことは一度もない。この家を立つのは2、3日後、もしくは1週間後、もしくは…それ以上ということはないだろう。アンのように2ヶ月以上もいるのは、何らかの目的があってここにいるからだ。僕にそんなものはなく、僕の一応の目的地は首都にある。ただその目的地と言ったって全く中味のない目的であり、急ぐ理由もなければ行って何かをするわけでもない。そこまでの道中も含めた旅の目的地でしかない。

「Ken, do you have any plans today?
(ケン、今日は予定あるの?)」

いきなり話しかけられて僕は驚いた。そして平静を装い答えた。

「No, not really.
(ないよ。)」

「Okay, so… do you want to go somewhere together?
(そう。じゃあ、一緒にいく?)」

「like where?

(どこへ?)」

「Well, uummm… anywhere.
(そうね、うーん、どこでも。)」

「Anywhere? but you're busy, right?
(どこでも?でも忙しいんじゃないの?)」

「Yea, I'm always busy but I make my deadlines, so don't worry about it.
(うん、いつも忙しいけど締め切りとかはないから、大丈夫。)」

彼女はハンモックから起き上がり、支度を始めたようだ。支度と言ってもショートパンツを履くぐらいだろう。

「Alright, I’ll come with you.
(わかった。一緒にいくよ。)」

「Okay, awesome!.
(よかった。)」

僕はソファから起き上がり、リュックの場所まで歩き、着替え始めた。

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