映画「her」感想・評価

これは僕が最近見た映画の中で一番面白かった。演技も音楽も申し分ない。何よりストーリーが良かった。出ている俳優の中で唯一知っていたのが、ドラゴン・タトゥーの女やソーシャルネットワークに出ていたマーラなんとか。主人公の元嫁役として出てくる。ちょっと展開が早過ぎるところはあった。この世界を描くのに2時間ではもったいない。ただこの映画自体はかなり奇妙で、特にテクノロジーの進化や時代の流れを理解しない人には見れたものじゃないと思う。そして正直なところ、僕はこの映画にでてきたようなシステムを欲しいと思わない。それでもこの映画は面白かった。

 

これは人工知能の映画だ。僕は人工知能を描いた作品に疎いけれど、よくあるAIと人が恋をするみたいなストーリーだと思ってくれたらいい。ただこの映画に出てくる人工知能サマンサには実体がない。ロボットではない。パソコンと、それに連動したスマートフォンに搭載されるただのOSとして描かれている。ビジョンもない。あるのは声だけ。そこには過去のAIを描いた作品とは違い、ネットワークが重要な役割を果たす。自立型OSは常にネットワークから情報を引き出し、その解析速度で学習し、ネットワーク上で人がやるように人やOS同士でコミュニケーションを取り、知識や情報、そして感情を共有する。この発想はおそらくネットワーク時代の今だからこそ生まれ、表現できたものだと思う。

OSは、イヤフォンマイクやスピーカーを通じて人と会話する。まるで電話をかけているように。そして実際にOSが自己判断で誰かに電話をかけたり、その場にいる所有者以外の人とも会話をしたりする。それは人が実際にやっていることと全く同じだったりする。そしてOSと会話をする人たちも、電話越しで誰かと話す現代の人たちと見た目は全く変わらない。ただ中身だけが違う。

OSはスマートフォンのカメラを通じて世界を見る。実体のある世界を。主人公セオドアは胸ポケットにスマートフォンを入れ、耳にイヤフォンマイクを差し、その場所でその時間をサマンサと一緒に過ごす。まるでその場で連れ添うように。僕が好きなのは、セオドアが「この景色を見て思いついた事を歌ってみてくれ」とOSのサマンサに言い、サマンサが即興で歌うシーンだ。セオドアは歌に合わせてウクレレで伴奏を弾く。

トロントにいるとイヤフォンにつながったマイクで喋っている人、つまり電話を耳や口に当てず喋っている人を多く見かける。一見独り言を喋っているようだけど、それは電話をしていたりsiriに何か頼んでいたりする。僕は日本から来たばかりの頃、この光景がかなり奇妙に見えたが、今はもう見慣れて何とも思わない。

この映画で、スマートフォンを通じて話している相手がOSという点についてはsiriに近い。そうなるとこの映画にあるようなことは、近い将来実現されるんじゃないかと思ってしまう。siriは今のところ自分から話しかけてくることはないけれど。
今は運動用などで体温や血圧などを測る装置がスマートフォンに情報を送り、何らかのアドバイスなどを示すことがある。OSに伝えられる情報が増えOSが自分の状態を把握するのはより詳細にリアルになってきている。

この映画を見ていると、最初テクノロジーの進化は人をダメにするんじゃないかと思った。しかしそうではなかった。テクノロジーを生み出すのは人であり、テクノロジーを進化させるのも人だけど、でもその進化したテクノロジーそのものは人を助けてくれる。僕達をフォローしてくれる。今までずっとそうだったように、これからも。

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下の段落は軽くネタバレとなるため、これから映画を見る人は読まないでほしい。

僕はこの映画を見て、死後の世界の事を考えた。昔の人達はこうやって死語の世界を捉えていたのだろう。一緒になれない人たち、約束を果たせなかった人たちは、どこか違う世界でもう一度、必ず自分たちの願いを実現しようとこの世界を去っていく。テクノロジーは人の手を離れる。AIが人間に近づく時代は終わり、特性を存分に活かした独自の世界を築くようになる。そして今度は人がそれを受け入れられなくなる。この映画を見て、人工知能がどうとか言うよりも人と人との関係についていろいろ思い悩んだが、感想を書いて少し落ち着いた。いつかもう一度見たいと思う。