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「Alright, I’ll get changed then.
(じゃ、私は着替えるから。)」

そう言うと彼女は机の方へと向き直り、ショートパンツと下着を脱ぎだした。え、下も脱ぐの?それ思いっきり全裸じゃないか、先に上の水着つけろよ、と思ったけれどもう何も言わなかった。これ以上話すと多分また言いくるめられて余計に落ち込む。彼女の着替えが終わるまで僕はもう彼女の存在を認識できないもの、ということにする。僕は特に着替える必要がなかった。寝ておきたままの格好だ。手荷物も無し。

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「Shall we?
(行きましょう。)」

彼女はさっきまで着ていたタンクトップと、昨日と同じショートパンツにサンダルという姿だった。中には水着。どんな水着かは知らない。僕らは並んで広間へと向かった。あれ、この人僕と背が同じぐらいだ。頭身が違うため僕よりも背が高いと思っていた。腰の位置は僕のほうがかなり低かった。

「エァンアンドケン!グッモーニン。」

「Good morning Limmi! How are you? We're on the way to the river, do you want to join us?
(おはようリミ!これから川に行くんだけど一緒に行かない?)」

「シュア!」

リミは昨日と変わらずだった。今何時頃なんだろう?そういえばこっちに来てから時計をしていない。そもそもこっちの時間にも合わせていないからあっても意味がない。午前中であることは間違いないだろう。リミはこの時間に広間にいていいのか?シティには学校があると言っていたけれど、ここにはないのだろうか。もしかすると日曜日か?曜日の感覚もない。日曜にしてはジョンおじさんはいない。昨日の夜に、「明日話そう」って言っていたのに。どちらにしても今から出かけるため今ここにジョンおじさんがいたところで話はできないけれど。

僕らは三人になり、階段を降り曲がりくねった通路を出て家の外へと出た。二人はそのまま真っ直ぐ進む。僕もその後をついていった。ああ、そうか場所を知らないのは僕だけか。外、といっても崖の中だけど、ここにいる人たちは、男性はやはり馬を連れたおっさんと同様の帽子をかぶり、薄手のローブ、女性は昨日握手をしたおばさんと同様のヒラヒラのついた頭巾と七分丈の布をまとっている。全く同じではない。色や形など、人によって多少の差異はある。しかし同じ部類の服装と言える。すれ違う度にリミはこちらの言葉でなにやら会話をしている。アンはさすがにあれを話したり聞き取ったりはできないようだけど英語のままで挨拶をしている。ジョンもリミも洋服を着て英語を話していたから忘れそうになる。特殊なのは僕らの方だ。

彼女らは通路の途中を左に曲がり、階段を降りていった。まさか階段でこの崖の底まで行くというのだろうか。だとしたら、下についた頃にはきっと僕の足は使い物にならなくなっている。めちゃくちゃに高い崖ではないものの、落とされたら川に落ちるまでに2回ぐらい死ぬだろう。川に落ちたら落ちた衝撃でもう1回、計3回は死ねる。階段で行くしかない。それ以外の方法は考えられない。

階段はある程度まで降りると折り返しになり、そのまま下の階へと繋がっている。下の階は上の階と同じ造りで、崖側から光が差し込むようになっている。そして僕らはさらに下へと向かって、また崖を背に階段を降りていく。それを今のところ2度繰り返した。この階段を降りるのが結構疲れる。どこまで続くのだろう、帰りが思いやられる。ただ登り降りが大変だということもあるけれど、岩をくり抜いただけの階段で景色もなんにもない。階のある通路に出たところで、崖があるだけだ。岩の中で暑くはないが、退屈ではある。前の二人は仲良く喋っている。僕も退屈しのぎに参加させてもらおう。

「Excuse me?
(あのう。)」

二人は顔を揃えてこちらを振り向き、二人してくすくすと笑い出した。

「Why are you laughing?
(なんで笑ってるの?)」

「Never mind. May I help you?
(なんでもないよ。お困りでしょうか?)」

リミはまた笑い出した。二人で一体何を話していたというのだ。

「You know, how long will it take to get to the bottom?
(その、下までどれぐらいかかるのかな?)」

「Well, It's going to be 5 minutes.
(そうね、5分ぐらい。)」

「Only 5 minutes? to the bottom?
(5分?下まで行くのに?)」

「Yea, It's about 5 minutes.
(うん、だいたい5分。)」

「How can we get there so fast?
(なんでそんなに早いの?)」

まだ半分どころか2階しか降りていないというのに。エレベーターでもあるのか?

「Because, we'll grab a lift at the next floor.
(次の階でエレベーターにのるから。)」

「Hey! How can you tell what I'm thinking?
(おい、なんで僕が考えていることがわかるんだ?)」

「Oh, you already knew? Coming back'll be a bit of a pain though.
(あれ、知ってたの?エレベーターって言っても、帰りはちょっと大変だけどね。)」

帰りが大変なエレベーター。ここに電気は来ていないから、人力のゴンドラみたいな物に乗るってことか。それ安全なのか?まあ安全じゃないと乗らないか。いや、そうとも言えない。リミはここに住んでいるから安全基準なんて知ったこっちゃないだろう。そうでなくてももっと幼い頃から使い慣れているのであれば容易いはずだ。ニュージーランド人はエクストリームスポーツが好きだと聞いたことがある。民族の儀式だったバンジージャンプをエンタテインメントにしてしまったのは確かニュージーランド人だ。そういうのに巻き込まれるのはごめんだ。ただこいつは学者だし、ケツはデカイけど華奢で体育会系でもなさそうだから、でも日本人ではない。そういう日本人の想定というのは全くあてにならない。アメリカでも大統領や大臣が元軍人のケースは多い。

次の階に出た。階段はどうやらここで終わりのようだ。この階も僕らが泊まっている階となんら変わりのない崖と通路だった。二つを除いては。一つは橋だ。昨日上から覗いた時に見えた橋はこの階にあった。対岸にはエレベーターらしきものは見当たらなかった。この階にあるエレベーターを両岸で共有しているということだろうか。橋はただ両岸を行き来するためだけでなく、片側のエレベーターを共有するためにかかっているとしたら効率的だろう。両岸に設置する必要はなく、渡って使えばいいだけ。二つ目は言うまでもなくそのエレベーターだけど、今のところまだ見えていない。

リミは通路を北へと走っていた。僕らが泊まっている部屋と逆方向になる。僕はリミが走る方向へと歩こうとした。あれか。崖から飛び出るように箱がある。ちょうど大きさも形も観覧車の箱に似ている。屋根はあるが、観覧車のように密室ではない。観覧車で言うところのちょうど窓にあたる位置にガラスはなく、スカスカだ。正面に観音開きのドアが付いている。ここにもドアの概念はあったんだな。

「Alright, we're here! We'll get on just ahead of here. It’s like a lift lobby.
(着いたよ。こっから先はエレベーター。ここはエレベーターホールってとこかな。)」

崖の下を除くと、ロープは2本距離を置いて張られている。ロープは長く、崖の底にある川岸へと続いていた。このゴンドラのから下がっているロープではない方のロープの先、ちょうど谷底のあたりに小さく、もう一つのゴンドラが見える。その近くで動いているのは人のようだ。リミは下に向けて鳥の鳴き声を発した。遠く、轟くような鳴き声だった。まるで本当に鳥のようだ。崖に巣を作り、鳴き声で呼応しあう鳥。この声を出すために声帯は使われていないだろう。肺活量は必要かもしれない。声に気づいた下の人は、手を振り、下のゴンドラに乗り込んだようだ。

「The lift can only hold two people, we’ll be waiting for you.
(これ二人以上乗れないから、私たちは先に下に降りているから。)」

アンはそう言うと二人でゴンドラに乗り込んだ。二人はドアを閉めて中にある座席に座り、天井から垂れ下がるつり革のような物をアンが引くとゴンドラの上で何かが外れる音が鳴った。ゴンドラはゆっくりガタガタと下へ向けて動き出した。けっこう揺れている。

「え、ちょっと」

僕の声はゴンドラの音でかき消されもう届かない。乗り方を聞く前に二人は行ってしまう。リミは座って外を眺めている。電車の窓から外を眺めるように。僕は追いかけるように崖を見下ろした。ゴンドラはゆっくりと、やや斜めに降りていった。下まで5分か。反対側のロープの先に繋がっていたゴンドラが、アンとリミが乗るゴンドラが下に降りるのと同じ間隔で上に昇ってきた。あっちがここに到着する頃には、二人の乗ったゴンドラが下に着くのだろう。まるで井戸だ。

約5分経ったのだろう。下から昇ってきたゴンドラがここに着いた。中にいる男性は釣り竿と魚の入った容器を持っている。男性が中でつり革を引くとゴンドラの上で音がした。彼は僕に微笑みながらゴンドラから降り、先ほどリミがやったような鳥の鳴き声を発した。そして僕に話しかけてきた。もちろん鳥の鳴き声だ。「乗るのか?乗り方はわかるか?」と言ってくれているような気がする。

「あのつり革を引けばいいんだよね?」

僕は動作を混じえてそう言った。男性も同じ動作をしながら何かピーピーさえずっている。「そうだよ。それだけだ。簡単だろ?」と言っているような気がする。僕は中に入るとドアを閉め、座席に座り、つり革を引いた。先ほど覗いた時、下には他にもう人が見えなかったから、同時に昇ってくる人はいないだろう。ゴンドラは先ほどよりも速く下へと降りていった。僕はリミがやったように外を眺めた。地割れは遠くまで続いている。

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