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二人は下で何か話している。僕がもうすぐ着きそうだということに気づくと、リミはこっちに向けて手を振った。

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「ハリアーップ!」

どうやって急げというのだ。僕を乗せたゴンドラはそのまま斜めに降りてゆき、川岸に近づくに連れて再びガタガタと揺れ始め、速度は落ちていった。途中で止まるのかと思い一瞬不安になったものの、これはどうやら底近くで減速するような仕組みらしく、そのままゆっくりと下に到着した。僕がドアを開けようとすると

「ロックイット!」

とリミに言われた。ロック?

「Can you pull down the strap?
(つり革を引くの。)」

ああ、乗る時にやったあれか。僕は座席に戻り、つり革を引いた。ゴンドラの上部で何かが動く音がした。

「グッジョブ!」

これがロックなのか。ゴンドラが動き出さないようにロックしているということか。それで乗り降りの際に崖の下と上で合図してるんだな。ロックした状態ではゴンドラが動かず、下からも上からも移動できない。おそらく下に誰かがいる時のみ、上がれなくなるのを防ぐため下側からもロックするのだろう。

リミは僕がゴンドラから出るのを確認するやいなや、川へと走っていった。ただ僕を待つためにここにいただけなのだろう。川は崖の上と同じく、岸も含め幅が10mでぐらいで崖に沿って延々と続いている。降りて気づいたが、川岸というのはこちら側にしかなかった。それも幅が3、4mとそんなに広くない。向こう岸にエレベーター、いわゆるこのゴンドラを設置したところで下に降りることができないというわけだ。そもそもロープを設置することができない。それでこのゴンドラは片側にしかないということがわかった。

僕も川に近づいていった。崖の近くにはゴロゴロと大きな岩が多く、水際に近づくに連れて砂利に変わっていく。川の流れは、高低差があまりないためか遅く、水は透明で目を凝らせば魚が泳いでるのが見えるほどだ。僕はサンダル履きだったから水に足をつけてみた。少し冷たく、この夏の気候には心地よかった。この谷底は崖の上ほど暑くないものの、Tシャツやタンクトップで過ごす気温であることは変わらない。さすがに水に入るのは少し冷たすぎるような気もする。僕は小学生の頃の、7月のプール開きを思い出した。プール開きの日というのは大抵まだ肌寒く、プールから上がると体を震わせていた。

「ハリアーップ!アイカーントウェイエニモーア!」

「Thanks for waiting!
(おまたせ!)」

アンは水着になっていた。といってもタンクトップとショートパンツを脱ぎ捨てただけだ。水着は白のビキニだった。それ、下着と変わらないんじゃないの、わざわざ着替える意味あったのかと思ったけど僕は何も言わなかった。二人は走って水の中へと入っていった。強いなあ、寒さに対して。僕はとても水の中へ入ろうなどと思えない。そもそも僕は普段着だから、あれ、そういえばリミも普段着のままだ。そのまま入るのだろうか。まあ彼女は家がすぐ近くだから何も困ることはないか。服が濡れても帰ったらまた着替えればいいだけの話だ。

「What are you doing Ken? Come here!
(ケン、なにしてるの?おいでよ。)」

僕は水際にしゃがんで水を見ていた。二人は僕に声をかけると再び水の中で遊びだした。水の掛け合いとか、泳いだりとか。泳ぐと言ってもそんなに広いわけではないから、大浴場で泳ぐような程度だ。僕は水際で、手元の水をすくい、飲んでみた。水は透き通っていた。見た目も味も。岩場ということもあってか、多少ミネラルの味がするものの、洗い流すように喉を通っていった。ミネラルと言っても塩分ではない。つまり、淡水だ。この川の流れの先は海に繋がっているのだろうか。この水はいったいどこから来ているというのだ。この地割れというのはどこかで途切れる。その先から流れていることは確かで、地割れの反対側も閉じている。地割れが閉じた部分の下だけトンネルのようになっているのだろうか。そんな地形って存在するのか?僕はいままで見たことがない。

僕は前のめりに倒れ水面に直撃し、溺れそうになった。

「What are you doing!!
(なにするんだ!)」

僕は背後を振り返った。二人は一緒になって笑っている。僕は遊ばれているようだ。この人達は僕がそういう冗談にうまく対応できると思っているらしいが、僕はこういう時にどうすればいいのかわからない。当然ながら怒ったりはしないが、かと言って良いリアクションを取ることもできない。僕がしゃがんでいたのは川岸だったため深くはなかったものの、バランスを崩して顔から突っ込んだため上半身から全身ずぶ濡れになった。僕が無表情で二人を見てるものだから、二人は続けて笑い出した。僕は思わずリミを脇の下から抱き上げ、川の中へと走って行った。

「キャァァァァ!!」

僕はリミの脇を抱えたまま川のある程度深さがあるところへとジャンプした。ざぶんと。リミはさすがに驚いたようだが、笑っている。むしろ大喜びしているようだ。僕は手を放していないから溺れることはない。そうでなくとも彼女は泳げるだろう。水はさすがに冷たいものの、それどころではない、そんなものはお構いなしといった状態だった。

「Give me back my sweetheart!
(私のリミを返しなさい!)」

アンが後ろから僕に飛び乗ってきた。腕を伸ばしてリミを取り返そうとする。僕ら3人は川の中で、頭のてっぺんからつま先まで全身ずぶ濡れになりながらも叫んだり笑ったりしている。それぞれ、国籍も出身も話す言葉も人種も年齢も、全てが違う3人がこうやって自然の中で戯れている様子というのは、客観的に見ても非常に微笑ましかった。平和だ。

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