キューバ旅行記5日目⑪「おみやげを買う」

前回の続き

ハバナに慣れてきた

さすがに4日も同じ街を歩き回っていると、ハバナも少し掴めてきた。来た当初は今どこにいるのかさえわからず、道を間違えまくっては行ったり来たりで足が筋肉痛になっていた。僕らは旅行、観光といっても海に行ったぐらいでろくに遊ぶこともなく、毎日歩いては飯を食って酒を飲んでいるだけだった。そうやっているうちに、この日が友人と行動する最後の日となった。友人は明日トロントへ帰ってしまう。そして僕はあさって。

今日は昼の2時まで各自自由行動だ。僕はもう現金が尽きていたたため、またATMからお金を引き出さないといけなかった。今日はそれでおみやげでも買おうと思った。自分用と、他にトロントの友人へ。先日買ったホセ・マルティ(キューバ独立の父と呼ばれている)のバッヂはどこにいったのだろう。荷物のどこかに紛れたのだろうか。

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1ペソ紙幣はキューバ独立の父、ホセ・マルティ

 

ATM使用上の注意

こっちのATMは中国製のようで、キューバはアメリカンエクスプレスに対応しておらず、またVISAカードであってもPLUSに対応していないため日本で作ったカードは使えなかった。唯一カナダで作ったデビットカードのみ現金を引き下ろすことができた。日本から行く人は現金で両替した方がいい。ホテルなどにある両替所というのは混んでいないが、銀行やカデカはものすごく並ぶことを覚悟しておいた方がいい。ATMはそんなに並ばななくてもよかった。僕はホテルの近くにあるATMで50CUC(約6,000円)ほど引き下ろした。キューバを出国する際には空港で出国税として25CUC必要なためそれも踏まえて。

おみやげを買う

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オビスポの日常風景

僕は再びObispo通りにあるおみやげ屋街を歩いた。外国人向けの土産物屋はこのあたりに集中しており、値段も外国人向けではあるもののここで買うのが無難だ。もしくは海沿いの倉庫にある土産物屋街かどちらかで買い揃えてしまおうと思っていた。海沿いの倉庫は中央駅から近いから友人と合流してから向かうとして、Obispo通りではここでしか売っていない物を買おうと思っていた。その、アンティーク市場にある小物などだ。そこへ向かう途中、トロントの友人にはTシャツなどもいいだろうと思い、そういう物が売っている土産物屋に立ち寄った。チェ・ゲバラのTシャツやベレー帽、カストロが被っていそうなキューバの国旗が小さく入った軍帽などたくさん売っている。僕はキューバの国旗が入ったタンクトップを買うことにした。8CUC(約960円)、チェ・ゲバラTシャツの相場は10CUC(約1,200円)。僕はキューバの国旗のデザインが好きだ。

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おみやげとして買ったタンクトップ

アンティーク市場では、僕が2日前に立ち寄った時に目をつけていたものがあった。レーニンのバッヂだ。社会主義国ということもあってかソビエト国旗やレーニン像を型どったアンティークのバッヂが数多く売られている。どれもこれも現在では生産されていないだろう。僕はその市場を見て回っていた。その中でも一人の男性が商品を丁寧に説明してくれた。全部英語だ。これはどれぐらい古くて価値があるか、とか何を型どっているか、とか何の記念に作られたものであるとか、そして値段も他の露店より安く2つで5CUC(約600円)だと言われた。僕はそこで10CUC分、メダルとバッヂを買った。男性はレオナルドと名乗り握手を求めてきた。僕も名乗り握手した。

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アンティーク市場

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レーニンのバッヂなど

写真を撮る

約束の時間まであと1時間ほどだ。僕はObispoを南へ下り、中央駅へと向かって歩き出した。この旧市街の街は、外国人向けの観光通りと地元の人が住む通りが混在しており、露店なども外国人向けに小奇麗で高く売っているところもあれば、一本通りに入ると地元の人しか買わないローカルで安い店が並んでいた。僕は街並みの写真を撮りながら、道に座る人に声をかけて写真を撮らせてもらったりした。英語は全く通じなかったがジェスチャーとSmileぐらいの簡単な英語で笑ってくれた。撮れた写真を見せ、お礼を言った。

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街並み

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人々

昼食をとる

今日はホテルで朝食をとらなかったこともあり、何か食べようと思った。こっちで唯一メニューが読めるのはピザであったりパスタだ。人がたくさん並んでいたり外で食べている人が多い店はおいしいことを学んでいたから、僕はそのうちの一軒のピザ屋に入った。そこは外で食べている人や4人ほど並んでいる人がおり、その最後尾についた。ピザ屋には違いないのだけれど、前の人がどういうものを頼んでいるか、どうやって頼んでいるか見ながら僕の番が来た。僕はやはりスペイン語が全くわからないため、とりあえず英語で注文してみるものの向こうもPizzaだけ聞き取ったようで、何か返事をされた。僕が首を傾げていると横にいた客のおじさんがメニューを指して上下する。「どのピザか?」ということなのだろう。僕は15人民ペソ(約75円)のピザを指さして、それが何なのかわかっていなかったけれど、これだと言うとそのおじさんが注文してくれた。僕はグラシアス(ありがとう)とおじさんにお礼を言ってピザが焼きあがるのを待っていた。

政府の人だろうか、制服を着たおばさんが入ってきた。彼女もピザを頼み、僕と同様に焼きあがるのを待った。その場にいるアジア人は僕だけだ。珍しかったのだろうか声をかけてきた。どこにいてもアジア人は声をかけられる。大体始まりはこうだ。

「Korean? China?」

「No, I’m Japanese, Japones(ハポネス)」

僕が日本人で英語を解するとわかると、彼女は英語で話し始めた。

「私もいつか日本に行きたいと思っている。」

「本当に?でもすごく遠いよ?」

キューバに来ている自分が言うのもおかしな話だ。

「ええ、知っている。でもいい国だと思うから。」

僕とおばさんはそんな風にお互いカタコト英語で簡単な会話をしながらピザを待った。僕の元に来たピザは玉ねぎがたくさん載っかったもので、僕はジュース(1人民ペソ約5円)も頼みその場でピザを食べ始めた。これもおいしかった。

昼食をとり、また駅へと向かう途中に2日前見かけた野菜売り場があった。その横でジュースが売っているところだ。前回は友人がメロンジュースを飲み絶賛していたから僕も飲もうと思った。おばちゃんは僕のことを覚えていた。おそらくアジア人なんか来ないのだろう。僕はスイカのジュース(3人民ペソ約15円)を頼んだ。これもおそらく果物をそのまま磨り潰したものだ。暑い日差しの中、その甘いジュースは僕に幸福感を与えるものだった。グラシアスと言って僕はその店をあとにした。おばちゃんは終始笑顔だった。

次回「最後の晩餐」へと続く

※電子書籍にまとめました。タブレットやスマートフォンのKindleアプリで読めます。

記録キューバ旅行

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