小6ぐらいの頃

小6ぐらいの頃の僕というのは、頭が良いと思われていた。テストなどで、クラスで2人しか正答者がいなかった問題を解いたのが僕ともう一人だけ、とか。誰よりも速く終わらせて鉛筆を置き、次に終わる奴は誰だろう、俺の次に速い奴は誰だと耳を澄ませたり、先生が「正解者が出るまで当て続ける」といった質問をしてきた時に僕に当たるまで終わらないとか。そして僕が正解すると「またお前か」というような事を言われたり。ちょっとした少年向けの学園マンガみたいだった。そう、僕は秀才役とか。記憶力がいいとか計算が速いとか、そういう先天的な物は僕は持ち合わせていなかった。ただの訓練と努力で結果を出していた秀才タイプ。

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僕は塾に通っていた。ネタをばらせばそれだけの話で、塾では週3回に関わらず、学校の何倍ものスピードで進んでいた。そして学校で習うより詳しかった。僕が学校の教室で習う頃にはもう既に身につけていたというだけ。頭が良いわけではなく、反則技みたいなもんだ。既に知っているのだからできるだけ。でも周りはそんなことを気にしていなかったから、ただ僕が他の人よりも頭がいいんだと思われていた。

僕はあまり運動ができなかった。小6の頃というのは少し太っていた。そして球技が苦手だった。僕はどちらかというとマラソンとかの方が好きで、短距離は速くも遅くもなかったけれど、とにかく器用さを要求されるスポーツが苦手だった。それでも当時はオタク趣味に走るわけでもなく、クラスでかなりよく喋る方で活発だったと思う。

クラスでよく笑いを取っていた一人に入る。多分僕の、口を出さずにはいられない性分がこの時から爆発していたんだ。僕の笑いの犠牲になって多くの人を傷つけました。ごめんなさい。嫌いな奴とかいなかったらフォローはしていたと思う。いや、たまに机の中に「死ね」と書いた紙が入っていたこともあった。僕はよく泣く子供だった。さすがに小6の頃はおさまっていたけれど、切れやすい子供だった。よく人を泣かしていた。暴力も振るった。僕は少年時代に空手をやっていたから、大体一発でやってしまう。ただ小学校も高学年になるとそういうことは控えていた。

だから僕は強いと勘違いされていた。一部怖がられていた。そりゃあそうだろう、弁が立つ上に暴力振るうとなったら、今の僕だったら関わりたくない。だから、不良みたいな友達が多かった。けれど、僕はその万引きをしたりカツアゲをしたり、酒飲んでタバコを吸ったりチームに入ったり女遊びをしたりというような不良の遊びに興味がなかった。どちらかというとマンガ読んでゲームばかりしていた。

僕の印象というのは当時ちょっと複雑だったんじゃないかと思う。勉強ばかりしていて少し太っていてスポーツはできない(当時球技が苦手なのは実質そうだった)、なのに人を笑わせたり弁が立つ、オマケに切れやすくてすぐ人を殴る、不良の友達が多いのにマンガ読んでゲームばかりしている。こんなやつがいたら扱いにくい。複雑な事情がある子供だと思われていたかもしれない。でもそれはせいぜいクラスで、学年でというレベルだった。他学年や他校にまで名声が響くほどの大人物ではない。僕はそういうのにも興味がなかったから、ひたすら大人しかった。他校のゴツイ人に絡まれても、ただ蹴りなどの攻撃を受けていただけだった。僕は受けが上手かったから、向こうはただ攻撃に疲れてるだけでやめてしまう「もう、いいかな?」という具合に僕はその場を収めていた。小6にもなった頃には、僕はもう落ち着いていた。小6という年齢は、僕が周りの人に少なからず印象を与えていた最後の年齢だったと思う。僕はこの後どんどん暗く卑屈な人間になっていった。