短編小説の集い「のべらっくす」第6回に参加

テーマは「桜の季節」。字数制限が5,000字以内ということで、だだっと書いて6,300字を越えてしまったところから削るのが大変だった。三人称で書くことを推奨されているんだけど、どう頑張っても三人称の文章というのが書けない。今回も語り手は大学生の「僕」であり就職活動で知り合った「川崎」という男と、就活の話です。 

 

「それで、どこだっけ?」

「場所はそんなに重要じゃないんだよ」

「日本から遠いのか?」

「遠いと言えば遠いかな。乗り継がないといけないから」

「休みができたら遊びに行くよ」

「そうだね」

川崎とは1年前、就職活動中に知り合った。僕らは同じ説明会の会場にいた。

僕と川崎が初めて会ったのは就活の序盤の時期だった。当時まだ活動の戦略もできておらず、そもそも就職活動自体がどういうものかよくわかっていなかった。その日は採用の選考ではなく会社の紹介を聞くだけの日だった。僕は他の就活生たちに混ざり、会場の列へと並んでいた。広いホールで人を集め、スクリーンを使って説明するらしい。列は前へと進み、会場にはパイプ椅子のような簡易のイスが並べられていた。前の席から順に座らされ、僕が座った後ろの方はまだ空いている。説明会が始まる30分前だった。既に席についている学生たちは、退屈を持て余しながらも緊張が伝わり、小声で周りの人と会話している人や、黙ったままの学生。ここに来ている人たちは基本的に初対面だ。僕の右隣に座っていたのが、つまり会場に入る時から僕の前に並んでいたのが川崎だった。

彼はまだ何も始まっていないのに手帳を開き、ペンを走らせていた。この時点で何を書くことがあるのだろうと僕は不思議に思っていた。説明会が始まり、司会はスライドを操り、プレゼンさながら会社の概要や経験談、仕事の具体的な話などを紹介していた。2時間あまりの説明会が終わり、学生たちはまた並んで順に退場していく。僕も帰りの列へと入っていく。ここから家まで電車で1時間半かかる。学生たちは緊張の時間が終わり、笑顔がこぼれ安心しきっていた。始まる前よりも会話が弾んでいるようだ。

電車に乗る前に、僕は駅近くにある喫茶店に入った。この就職活動中、駅の近くにある喫茶店で朝食をとったりメモを取ったり、書類の準備をしたりと各会社の最寄り駅近くにある喫茶店に通うということが習慣になっていた。面接前など、僕は緊張するとあまり食事が摂れないため、喫茶店ぐらいの軽食がちょうどよかった。

その店は特別洗練された店ではない。チェーン店で庶民的、値段も手頃だった。カウンターに並んでいたのは3人、みなリクルートスーツ姿だ。これはよくあることで、特に大型の説明会などが終わると最寄り駅近くはリクルーターで溢れ、こういうテーブルが使える喫茶店やファミレスなどに集まる。そこは僕を含め4人だったから少ない方だと言える。彼らは順番にコーヒーやドーナツを受け取り、お金を払って席に着いていく。僕も倣い、コーヒーを受け取ってどこに座ろうか席を見渡した。店の壁に沿ったソファ席が空いている。僕はテーブルの上にコーヒーを置くと、向かいのイスにカバンを置いてコートをかけ、ソファへと座った。そして手帳を広げ、さっきの説明会を思い出していた。やりがい、マッチング、若手にもチャンス、そういうキーワードをメモしている。

「あの、さっきクエストの説明会にいましたよね?」

「ああ、隣にいた人?」

僕は声をかけられて返事をした。実は、これもよくある。就活中に見ず知らずの就活生同士が声を掛け合ったり情報交換したり会話をしたり、みんな緊張と不安の中で同じ志を元に動く仲間同士、敵同士、お互いに支え合うんだ。中にはそのまま同じ会社に就職して同僚になる人もいる。そして中にはそのまま妊娠して就活をやめてしまう人もいる。

「ここ、座ってもいいですか?」

「どうぞ」

「どうでしたかさっきの」

「そうですね。僕は多分受けないな。ちょっと合わないというか、ガツガツしたのは向いていなくて」

「そうですか?結局どこの業界だって競争社会の中に生きているんだから、そういうガツガツとした競争に強い企業って生き残る会社だと思うんですけど。」

僕はそういう話に興味がなかった。この時は就職活動も始めたばかりで、そういう業界がどうとか働く姿勢がどうと考えたこともなかった。

「よかったら情報交換しませんか?お互い近場で就活しているんだから、また落ちあいましょう。これ、僕のfacebookです。」

川崎誠一郎、地元は山口で大学からこっちに来ているのか。政治学科、真面目そうだな。友達と写っている写真も全部、並んで整然としている。笑顔だけど誰もふざけていたり写真に向かってポーズを取っていたりしない。彼の周りはそういう人たちばかりなのだろう。彼はキャンプが趣味のようで、夏でも冬でもキャンプしている様子の写真が多く載せられている。facebookを見る時はだいたい名前と出身大学、学部、あと写真を少し見るぐらいだ。僕とその川崎は全然別の場所に住んでいたから喫茶店で別れ、互いの方向の電車へ乗っていった。

それから僕らは月に一度ぐらいの頻度で会っていた。会って話すのも就活の話。どこどこの企業は役員面接まで行ったとか、受かったけれどブラックだから蹴ったとか。川崎は真面目だった。面接で自己主張をするのが苦手だったようだ。彼は人見知りではなくその逆で、全部言い過ぎてしまうところがあるようだ。就職活動の成果もあまり出ていないみたいだ。企業分析や学力テスト、面接対策は熱心にやっているみたいだが「自分なりの方向性が掴めていない」ということだ。僕はその意味がまだわかっていなかった。僕も就職活動にどう立ち向かっていくか定まっていなかった時期だ。

珍しく、オフの日に会うことになった。「たまには息抜きしよう」と向こうから誘ってきた。でもリクルートスーツで来いということだった。よくわからない。就職活動の合間、数少ない休みの日にもかかわらず僕はリクルートスーツで電車に乗り、待ち合わせ場所へ向かった。川崎も同様にリクルートスーツ姿でカバンを片手に待っていた。どう見ても休日だとは思えない。

「今日はなに?なんでこんな格好でまた」

「リクルーターをひっかけようと思うんだ。この前グループ面接があってね、面接の結果は散々だったけれど一緒にグループにいた女の子とfacebookを交換したんだ。その後またお互い別々の面接終わりに飲みに行ったりしたんだよ。これは行けると思う」

真面目だと思っていた川崎にしては珍しい提案だった。そのやり口はそのまんま僕に声かけてきた時と同じじゃないか。僕はあまり気が進まなかったけれど、川崎は一度上手くいったから味をしめて「大丈夫だから」みたいな事を言っている。僕らはリクルートスーツ姿で街中を歩き回り、同じようなリクルートスーツ姿の女の子たちを観察した。カフェに入ったり、本屋にも立ち寄り、時々川崎は声をかけていたみたいだけどうまくいってないようだ。僕は彼の後についていったり、近くをブラブラしていた。

マクドナルドに入った。僕はフィレオフィッシュのセットと、川崎はポテトとコーラだけ頼んでいた。「あれ、行くよあれ」川崎はそう言って歩いていった。その先4人がけのテーブルに、リクルートスーツの女の子二人組が座っていた。

「お疲れ様です。面接ですか?」

川崎はそんな誰に声をかけるとも知れない切り口で入った。女の子二人は「えっ…?」っていう感じで半笑いの顔をしていた。

「就活生ですよね?僕らもそうなんですよ」

川崎は僕の方を見て首を動かし、座れと合図をした。

「ここ座ってもいいですか?もう座ってるけど」

僕と川崎は向かい合わせでその女の子たちの隣に座った。川崎の隣にいる、僕の斜め向かいの女の子は長い真っ直ぐな髪を後ろで結んでいた。その髪は就職活動用に黒く染めた不自然な黒さではなく、元々からその色だったことがわかる。前髪を分け、片側をピンで止め、縁のあるメガネをかけている。メガネにより顔の印象、特に鼻が際立つ、似合うタイプの顔立ちだった。隣に座っていた子はショートカット、というより耳の下ぐらいまでしかないボブというのだろうか。真っ黒ではなく少し茶かかった髪でスーツもグレーのパンツスーツ、この子は目が印象的だった。明らかに強調されている目、しかしメイクのそれである不自然さがうまくぼかされていた。彼女らは互いに顔を見合わせて、笑っていた。

僕は正直なところ、川崎のそんな試みがうまくいくわけないと思っていた。だから僕はその場にいながらも遠巻きな、どこか無関係なフリを装っていた。彼が時々僕にも話を振ってきたりしたけれど、僕は上の空で聞き流していた。僕ら4人はそのままで近くの居酒屋に行くことになったらしい。あれ、川崎はうまくやっている。僕はまともに聞いていなかったため、どういう流れで飲みに行くことになったのかも知らない。川崎がいつも通り真面目に就活の話をしていればそういう展開にはならないはずだ。

「ちょっと、本当にキツくて聞いて欲しいんです。こないだも…」

ボブの子は馴れるとよく話す子みたいで、お酒も入り日頃の就活疲れの鬱憤をぶちまけようとしていた。そんな彼女の様子を笑いながらメガネの子は見ていた。彼女らは大学で同じサークルに所属しているらしい。

「お前さ、どうやったのこの状況」

僕は川崎をただの真面目な人間だと思っていた。僕が知っている彼は間違いなくそうだったから。

「どうって、自分の話をしただけだよ。包み隠さず」

彼が真面目な人間であることは、そのアプローチ方法にも現れていた。やはり彼は彼だ。変わっていない。僕ら4人は居酒屋が閉まるとカラオケに入り、飲み放題歌い放題だったものの終盤はぐったりしていた。朝の5時になると駅ヘ向かい、女の子たちと連絡先を交換して別れた。僕と川崎は互いに別れる前、喫茶店へ入った。

「今日はどうした?」

僕は二人になってやっとその言葉を出した。初めから彼は変だった。普段の彼を見ていると今日のことは想像がつかない。

「実は、もう就職とか無理じゃないかと思っている。全然うまく行かないんだよ、就活。だってさ、考えれば考えるほど自分は役に立たない人間で、何の取り柄もなく誰にも貢献なんか出来ないんじゃないかって思うんだよ。何の能力も無い。他の人みたいに努力のエピソードや成功体験もない。そんな僕が行くところなんかあるのかってね。そう思うと志望動機や自己PRなんか全部嘘に思えてきて、何も言葉が出ない。詰まってしまうんだ。自信がないんだよ。僕はいまだ自分を肯定できていない。そんな人間が人の役に立つどころか、自分を売り込もうとしている。おかしな話だろ?」

僕は黙って聞いていた。彼の気持ちはわかる。僕も同じようなことを何度も考えた。自分の強み、弱み、秀でた所なんて無いのは知っている。人に誇れるような記録であったり偉業、そんなものは一介の大学生にあるはずがない。それでもみんな自分を魅せるストーリーを用意して、面接に挑むんだ。川崎の考え方というのは少し真面目過ぎる。

「今な、別の方面から誘われてるんだ」

「なんだ、コネがあるのか?良かったじゃないか。全然それでいいと思うよ。何系なんだ?営業か?事務か?どんなことをやるんだ?」

「会社じゃない」

「ん?どういう意味?」

「なんて言えばいいのかな。団体の活動だよ」

「なんだよそれ」

「団体で生活するんだ。村みたいなのがあって、そこに誘われている」

「ボランティアか何か?」

「違う。そういう活動はしないこともないが、メインではない。基本は自給自足なんだ。僕も団体の維持のために自分にできることを何かしなければいけない。簡単なことをね」

「いつから?どこで?」

「来年の春だよ。僕が配置されるのはどこかまだ決まっていない。日本ではない海外のどこかであることは確かだよ」

それから川崎とはずっと会うことがなかった。連絡は取っていたがお互いの都合が合わなかった。僕はその間に自分なりの就職活動や、主張の仕方、企業の見定め方などを学び、小さな事務所から運良く内定をもらった。僕が川崎と再び会うことになったのは、最後に会ってから半年後、ちょうどこれから春を迎えようという季節だった。

そしてまた一月が経ち、僕は社会人になった。通勤のバスから見える途中の並木道は桜が満開になっており、その下で朝早くから大学生が、新入生を歓迎する名目で花見をしている。僕や川崎は、まさに去年まであそこにいた。そして僕はいまこうしてスーツを着て会社に向かっている。お前は今頃、一体どこでどうしている。