7・8日目、さようならクラクフ

前回の続き

ヴィエリチカ岩塩坑からの帰りは304のバスに乗り、旧市街へと向かってスーパーでビール4本とトイレットペーパーを買って帰った。僕はとにかく何らかの形でオルガ・パブロへお返しがしたかった。と言ってもこっちのビールは安いから4本買っても11złoty(386円)ぐらいしかしない。夜の9時頃二人の家へ戻ると、オルガはまだ帰っておらずパブロが出迎えてくれた。

「ビール買ったぜー」

「おお、後で飲むよ。今ネットゲームが忙しくてね!」

そんな感じでパブロは部屋へ引っ込んでいった。ネトゲ廃人気味なのかもしれない。僕はリビングで自分の荷物を整理したりしていた。すると間もなくしてオルガが帰ってきた。

「つかれたー!」

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「今日は朝9時から今まで働いてたんだよ!すごく疲れた!」

言葉とは裏腹に元気そうだ。

「お疲れ様(日本語)。ビール買ったけど飲む?」

「ビールは今はいいや。Teaを飲むから」

初日に彼女たちの常備飲料を聞いたことがあり、Teaと水ということだった。コーラや清涼飲料水の類は基本的に飲まない。オルガはコーヒーも好きじゃないけれど寝ないために時々飲むそうだ。パブロはコーヒーが好きで毎朝飲んでいた。そしてオルガが飲む「Tea」とは、僕はてっきり紅茶だと思っていたらなんと緑茶だった。

彼女らに対しての僕の懸念

僕は先日から彼女らに対して思っていたことを、この家を出る前に聞いておかなければいけないと思っていた。そして自分の無礼を詫びたいと思っていたから、この際に話を切り出してみた。

「僕は君たちに迷惑かけたり、失礼な態度をとっていたことを本当に謝りたいんだ。例えば君たちと日本のカップルとの違いを話したり、君が見せてくれた妹や母親の写真が君と似てないと笑ったり、他にも…悪気はなかったんだけどそれって失礼な態度だと思ってさ、まだ僕は何か君たちに迷惑かけていないかな?いや、かけていると思うんだ。おそらくね。僕は君にもパブロにも本当に感謝している。初日からトラムやバス、スーパーについてきてくれてあれこれ教えてくれたり、僕が一人で郊外に行くときも調べてメモまで書いてくれたよね?このメモは君の親切の証だよ。内容はもう覚えたけれど今でも大切に持っている。他にも君たちは街を案内してくれたり、パブロは僕に半日間ガイドしてくれた。そんな人達に対して、僕はなんて態度が悪かったんだろうって思っていてね。詫びたいんだよ」

「何言ってるの?あなた本気でそんなこと心配しているの?可笑しい。やっぱりあなたって生粋の日本人ね。考え過ぎだよ。あなたが謝ることなんて何もないし、あなたが失礼だなんて思ったことも一度もないよ?それに、そんなに感謝されるほどのことはしていないから。私達がやっていることって普通だよ。私もパブロも好きでやっていることだし、あなたって今までの人生で余程ひどい目にあってきたの?笑」

彼女のこの返答に、僕は心が洗われるようだった。

「それは決して普通のことじゃないんだ。でもわかった。そんなに重く考えてもらわなくていい。君たちがそう思ってくれているなら僕は安心した。とにかく、僕は君たちにすごく感謝しているってことだよ。ありがとう」

「そう?どういたしまして」

オルガは少し照れくさそうにしていた。僕も日本語だったらこんな風に話せない。

最後の会話

この日は僕にとってクラクフ最後の夜であり、オルガ・パブロ宅に泊まる最後の日であった。僕とオルガは、時々ネトゲを休憩しているパブロも交えていろいろなことを話した。それは夜中の3時まで続いた。次の日は土曜日だけど、オルガは朝からマーケットで母と妹と花の飾り売る母の仕事を手伝うため、朝9時には家を出なければいけなかった。にもかかわらず僕と3時まで話してくれていた。その内容を一部抜粋しようと思う。

日本の話

オルガ「知ってる?日本とポーランドは今年からワーキングホリデーの協定を結んだんだよ!だからね、もしできたら私は来年から1年日本に行こうと思ってる、パブロと一緒にね。」

パブロ「おいおい、本気かー?」

オルガ「今は忙しいから難しいけれど、お金を貯めて来年ぐらいかなって。日本には友達がたくさんいて、日本からポーランドに留学してた子が大阪に帰っちゃったから私は大阪に行きたい。関西弁も好きだから。もちろん京都にも行きたい。京都はもっとも行ってみたい場所の一つだよ。その時はまたカズ(僕)にも会いたい。」

僕「それはいいね。君は日本語も上手くて英語も話すし、こっちで英語の先生をしているぐらいだから日本に行っても仕事には困らないと思うよ。ただ、1年行く前に1度日本が合うかどうか確認してみたほうがいいかもしれない。気候とか文化とかね。合わない人は本当に合わないから。君は仏教徒で、禅宗の勉強もしていたよね確か。京都には禅の修行を体験できるコースもあるから試してみたらどうかな?」

オルガ「うーん、ああいうのはちょっとね。欧米人がファッション感覚でお寺の修行を体験したりしているケースが多いから、私はそういうのじゃないし。ねえ、何か関西弁でよく使う言葉を教えて!カズもポーランド語少し覚えたよね、それぐらいでいいから簡単でよく使えるの何かない?」

僕「そうだね、じゃあ僕もよく使っている言葉だけど『ほんまに?』とかどうだろう。意味は英語だと『Really?』になるのかな」

オルガ「ホンマニ↓、ホンマニ↑」

僕「イントネーションは『ほんまに?』だよ」

パブロ「ほんまに?」

僕「そう、それだ。パブロのイントネーションは完璧で一発OKだ」

オルガ「彼は音の聞き分けが得意だよ。中国語話すからね」

パブロ「例えば『マー』は音の違いだけで馬だったり母だったり麻雀のマーだったり怒ったりいろいろあるから、これを混同してしまうと会話にならないんだよ」

僕「関西弁もベーシックな日本語と音が全然違うから、少し難しいかもしれない。僕だって関西弁、というより京言葉しか話せないんだ。もし関西弁を修得するならパブロの方が早いかもね。オルガはもうベーシックな日本語を話すから、そのままそっちをマスターすればいいと思う。次会うときにはもっと流暢になっているだろうね」

オルガ「私もそう願う。でもね、ほら、今すごく日本語上手くなってない?この数日でカズと練習したからだいぶ上手くなってるよ!最近ずっとチベット語が忙しくて日本語は少し休んでいたけれど、結構取り戻せたと思う。また勉強再開しないと!」

僕「君は本当に勉強好きだね」

オルガ「うん!大好きなの!」

僕「それ、すごいカッコイイと思う。僕にはそんなの無理だ、めんどくさくてね。」

音楽の話

オルガ「カズはどんな音楽を聞くの?」

僕「音楽?なんだろう、いろいろ聞くよ。例えば僕は70年代のアメリカに興味があって、公民権運動とかベトナム戦争とかアポロ計画とか、あとヒッピーカルチャーも流行ったあの時代、あの時代のソウル・ミュージックを聞いたりするよ。例えば、ダニー・ハサウェイとか。僕はどうしてもマイノリティに心を寄せてしまう傾向があって、あの時代のアメリカに住む黒人の、虐げられたり、戦うマイノリティとしての精神性とか、そういうのにすごく惹かれるんだ」

オルガ「へえ、なるほど、そうなんだ。私はメタルが好きなの」

僕「メタル?」

オルガ「そうそう、例えばこういうのとか(facebookを開く)、あとこういうのも好きだよ(youtubeを開く)声がすごく良くて、でもメタルだけじゃなくて、このミュージックビデオはすごく面白いよ!あとこの人は去年もライブに行ったんだけど、クラクフの駅で一度見かけたことがあってパブロと二人で大騒ぎしてた!この人も好きだし、この人も、」


Lana Del Rey - Because Of You (Unreleased) - YouTube

僕「そういうのが好きだったら、これとかどうかな?(youtubeを開く)それにしても、君がメタル好きっていうのは実に意外だったよ。仏教徒の印象とメタルはかけ離れていたから」

SFの話

僕「攻殻機動隊好きなの?本棚にあるけど」

オルガ「ええ、Sci-Fi好きだから、スターウォーズも好きだからこの本も持っているよ、子供のルークとベイダーがパパの」

ダース・ヴェイダーとルーク(4才)

ダース・ヴェイダーとルーク(4才)

 

僕「意外だね。意外すぎるよ。ていうかあなた趣味の幅広すぎるでしょ」

オルガ「ブレードランナーも好きだよ。ポーランド人のSci-Fi読んだことある?スタニスワフ・レムって作家が有名なんだけど知ってるかな?彼はものすごく頭が良くてIQが185だったり、本の内容があまりにも網羅しているからCIAがアレは一人で書いた本ではなくKGBの工作員が何人かで書きあげた作品で、レムという人物は架空でスパイグループの総称なんじゃないかって言われていたんだよ!」

僕「知らないけれど、それは興味深いね。読んでみるよ。日本語であるかな(Kindleを確認する)2冊あった。どっちがいいと思う?」

オルガ「そうね、私はこの二つだとソラリスしか読んでいないからネットのレビューを見てみる。やっぱりソラリスの評価が高いね、これにしたら?」

僕「わかった、これ買って読んでみるよ」

ソラリス (ハヤカワ文庫SF)

ソラリス (ハヤカワ文庫SF)

 
手紙

僕「君は漢字も読めるんだっけ?」

オルガ「よく使う漢字だけだったら読めるよ。1000か1200字ぐらいかな、どうして?何書いているの?もしかして私達にメッセージか何か?」

僕「そう、僕はポーランド語は全くだし、英語でも自分の心情を表すのは難しいから全部日本語で書いているよ。そうだ、漢字もフリガナふれば後で検索できるね。あと、僕の手書きは汚いからfacebookでも送るよ。それだとコピーアンドペーストで意味を調べることも簡単だろう」

オルガ「ありがとう。楽しみにしている」

僕「そんなすごい内容じゃないけどね。もう既に言ったことがほとんどだから」

こんな会話は本当に一部に過ぎず、僕らは英語と日本語を混じえながら夜遅くまで話していた。僕はいつまでも話していたかった。今日のオルガは非常に元気で、最後の会話を目一杯ほおばるようにまくしたてていた。

そして次の日の朝、お別れの時を迎えた。

お別れの日

「最後に写真を撮らせてもらっていいかな?」

「私と?いいよ!一緒に映ろう」

「いや、君とパブロの写真が撮りたいんだ」

「そう、全然構わないよ!」

今思えば、彼女は僕も含めた写真を残したかったのかもしれない。僕はその時全然そこまで気が回らなくて、ただ自分が彼女らの写真を撮りたいということしか考えていなかった。

「でもパブロはまだ起きそうにないかな。私はもうすぐマーケットへ出かけないといけないから」

「じゃあ、とにかく君だけ撮らせてくれる?パブロは起きてから撮らせてもらうよ」

「わかった」

僕はカメラで何枚か撮らせてもらった。その内の一枚をここに載せる。

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「出来上がったら送るよ」

「うん、待ってる」

「それから、これ」

僕は昨日書いていたメッセージカードを渡した。それは僕がカナダにいる間に母から送られてきた葛飾北斎の絵をあしらったハガキで、母の文章は別の紙に書かれていたためこのカードを使わせてもらった。母も外国人に渡す用にこの絵を選んだのだと思う。まさか僕に浮世絵の趣味があるわけないから。

「うん、ありがとう」

彼女はカードを受け取ると、その文章をじっくりと眺めた。

「だいたい読めるけれど、後で全部の意味を調べるよ」

彼女の目は赤くなっていた。

「じゃあ、私はもう行かないといけないから」

「あ、ちょっと待って、僕は本当に君たちに感謝しているから、本当に会えて良かったと思うし、君たちの親切がすごく嬉しかった。ありがとう。君たちと離れるのはとてもさびしいよ。でも、元気でね!」

僕が手を差し出すと、彼女も手を握り返して抱きついてきた。

「元気でね、良い旅を」

オルガは僕から離れるとドアを開け、外へ出て行った。

僕は身体の中でいろんな感情がうごめいているのか、それとも真っ白なのか、よくわからない気持ちになった。そのまま少し佇み、落ち着こうと思ってコーヒーを淹れた。飛行機までにはまだ全然時間があったから、ゆっくりと部屋を見渡し、それから少しずつ家を離れる支度を始めた。忘れ物がないように、確実に片付けをしていた。寝袋をたたんだり、昨日洗濯機を借りて洗い、干していた服を取り込んでバックパックにしまったり、部屋を少し掃除したり洗い物をやったり。そうやって2、3時間も経つとパブロが起きてきた。僕の様子を見て声をかけてきた。

「もう行くのかい?ちょっと早すぎるんじゃないか?だって、飛行機はまだだろ?もっとゆっくりしていけよ」

「いや、今日は連休の最終日で、道路だったりトラムやバスが混むかもしれないから、空港までは時間に余裕を持ったほうがいいってオルガが言ってたんだ」

「そうか、なるほどな。それにしてもまだ早すぎるだろ?」

今日は彼も休みであり、予定を聞くと昼の3時頃には友達が来るということだったから、僕はそれまでに家を出ていこうと思って支度をしていた。

「なあパブロ、最後に写真を撮らせてもらっていいか?」

「え、俺のか?寝起きだぜ?」

「ああ、君さえよければ」

「俺は全然かまわないよ、じゃあ、どうする?」

「そうだね、そこに座ってリラックスしてくれたらいいよ」

僕はパブロにイスに腰掛けてもらい、写真も撮らせてもらった。時間帯による日差しの関係で、オルガよりも暗くなってしまった。

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「一体何枚撮るんだよー、これでいいかい?」

「なかなかうまく撮れなくて。ありがとう」

僕らはカメラをしまうと、メッセージカードの話をした。

「君たちあてにメッセージを書いたんだけど、日本語なんだ」

「そうか、じゃあオルガが帰ってくるのを待たないといけないな」

「本当にいろいろありがとう。僕は君たちと一緒に街で過ごせた日が、このクラクフで一番良い日だったんだ。多分それは、これからの旅行を含めても一番いい思い出になると思う」

僕はパブロに手を差し出した。パブロは僕の手を掴むと体を抱き寄せ、僕の背中をぽんぽんと叩いた。

「元気でな」

「君もね、もちろんオルガも」

「ああ」

僕は15kg程度のバックパックを担ぎ、彼らの家をあとにした。そこに詰まったものは、来た時とはいくらか違う、心地よい重さが増していた。

次回、ワルシャワ編を乞うご期待