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13日目、サラエボで出会った人たち

前回の続き

この日は朝から雨だった。雨の中わざわざ外に出ることもなく、朝のうちはベッドに寝そべっていた。その後も朝食を食べたりコーヒーを飲んだりしながら11時頃までくつろいでいると、雨はいつの間にかやんでいた。外へ出ようと思い用意を始めていると、宿のオーナーとヨーロピアンの若い女の人が入ってきた。オーナーは彼女にホステルの設備などを説明していた。僕は用意を終えるとホステルを出ようとした。その時カウンターに座っていた先ほどの女の人とすれ違い、挨拶だけして立ち去った。

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川辺りにたたずむおじさん

外に出ると、川に沿って歩いた。上流の方へ歩いて行けばそこは本当に京都に、と言うよりもまさに賀茂川に似ていた。そんなことを思いながら歩いていると声をかけられた。

「ジャポネ!ジャポネ!」

その男は40代ぐらいのおっさんで、昼間からビールの缶を片手に持ち川べりのベンチに座っていた。通りすがりの人が彼にタバコを渡していた。彼はボスニア語で何か言っていたが、僕は当然ボスニア語がわからないから、単語単語を英語で聞き返し、なんとか意思疎通を図ろうとしていた。彼も知っている英単語に反応し、頷いて話を先に進めていた。彼は日本が好きだと言っていた。そしてアメリカが嫌いだと言っていた。アメリカは日本に核を落とし、今でも色々な国を爆撃していると。そして日本の津波のことを悼んでいた。僕は何故か、どうしても彼を無視することができず、彼の隣に腰掛けてお互い片言ながらも懸命に会話を続けた。よく見ると彼は、全身傷だらけだった。それもかなり深くひどい傷だ。

「これはチェトニックにやられたんだよ。これだけじゃない」

彼はシャツをまくった。ナイフで切り裂かれたような、おびただしい数の拷問の跡があった。

「これ以外にもあいつらはあの山の上から街をめがけて砲撃してきたんだ。街中に跡が残っている。沢山の人が殺された。あいつらはアニマルだよ」

「そのことは知っている。カラジッチに、ムラディッチだよね」

「そうだ、知っているのか」

彼はどうやらボスニアの兵士だったようだ。彼の傷を悼み、通行人たちも彼に敬意を払って物を分け与える。彼の傷が癒えることはないのだろう。僕は彼に同情することなんてできない。彼の痛みの、そのほんの僅かでさえ共感することはできない。それでも彼の話を聴き続けた。1時間以上その場に座り、僕は相槌を打ったり英語とジェスチャーを交えて答えたり、日本のことを伝えたりもしていた。ただそうしたかった。彼の肩に手を置いた。彼は微笑んでいた。

川に沿って歩く

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さらに川の上流へと歩き、向こう岸に渡って川を折り返した。山の斜面のような坂を歩いていると、突然大きな墓地に出くわした。墓地を通り過ぎ、今度は教会が見えてきた。教会、ということはこのあたりにはセルビア人が住んでいるのだろうか。彼らに人種的差異はなく、ボシュニャチかセルビア人かの違いはムスリムかセルビア正教徒かの信仰の違いだけだと言われている。そのまま僕は山の斜面を降り、川の向こう岸を引き返す形で歩いた。川に沿った廃墟が見える。こういった廃墟の多くは紛争時に廃墟となり、それがそのまま残っているのだろうか。

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フランス人の旅行者

ホステルに戻ると、出る前に見かけた女の人がカウンターで携帯をいじっていた。

「今日サラエボについたの?はじめまして」

「はじめまして。そう、電車でザグレブから来たんだ。明日はスプリットに行くつもり」

彼女はフランス人の旅行者で、歳は僕より少し下だった。

「今1ヶ月の休暇中で、スプリットからモンテネグロへ抜けてその後アルバニアを通ってイスタンブールに行こうと思っている。サラエボは一通り回ったからもういいかな。私、ツーリスティックな観光って苦手で、どこ行っても教会とかモスクとかミュージアムとか、旧市街とかそういうのばかりじゃない?もう飽きちゃって。だから街の滞在は短くして、それよりも移動中の景色とか自然を満喫している。私の仕事は電車の運転手なんだ。電車の旅が好きで、ヨーロッパのいいところは電車やバスを乗り継げばどこでも行けるところだね。前の休暇にはドゥブロヴニクにも行ったよ。ドゥブロヴニクへ行くんだったら朝の10時までに街を歩くのがお勧めかな、その時間だと人が少なくて、それ以降は観光客だらけになってしまうから。友達と旅行することも多いんだけど、今回ボスニア・ヘルツェゴビナって言ったら誰も一緒に来る人がいなくてね、でもそれも悪く無いと思う。前もレバノンに行った時は誰も一緒に行く人がいなかった。」

日本の休みは長くても1週間前後しかないという話をしたら、「そんなに短いとどこにも行けない。日本には住めないね」と言われた。ヨーロッパだとバカンスなどがあり、働きながらでも休暇中に長期旅行ができるという話は彼女以外からも聞いている。実に羨ましい話だ。休暇中に電話がかかってくるようなこともない(もしかしたら職種によってはあるかもしれないけれど)。彼女も今回の休暇に、電車やバスを乗り継いで宿泊先も決めない気ままな旅行を楽しんでいる。

「明日は朝6時のバスに乗らないといけないんだ。だから4時半には起きないとね」

「僕も明日バスで移動しようと思うんだよ、日帰りだけどね。バスターミナルまで一緒に行かない?本当は今日行こうと思ったんだけど朝は雨が降っていたから」

「いいよ。どこ行くの?」

「スレブレニツァ」

「どこそれ?」

「サラエボからバスで3時間ぐらい東に行ったところ。その、紛争の跡地みたいなのがあって」

「何しに行くの?戦争が好きなの?」

「そういうわけじゃないんだけど、追悼かな。あとはその地を見ておきたくて。スレブレニツァの虐殺って1995年にあったことで、歴史的にはすごく最近の事件なんだ」

「そうなんだ。その時私はまだ2歳か、さすがに覚えていない。バスは何時なの?」

「7時かな。朝食や朝の支度とか、駅まで歩いて30分以上かかることも考えると5時台には起きないといけない。一人だと、ほら、だらけて起きる自信がないんだよ」

「それは言えてるね」

僕らはビールを飲みながら、結局夜の2時ごろまで話し合っていた。朝早く起きないといけなのにも関わらず。

次回、14日目スレブレニツァは見る場所じゃなかった