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日本を離れて1年が経った

まだ旅行記は書いているけれど10日ほどタイムラグがあり、今はもうオーストラリアに来ている。今書いているドゥブロヴニクとオーストラリアの間に残された国はモロッコ、スウェーデン、そしてタイのみ。旅行を終えて実に残念であり、今は暗い気持ちでいっぱいだ。自分がやりたかったことで、実現できることは大体やり終えた。もうお金がなく、余裕もなく、生きる目標もない。ただ仕事を探さないといけなかったりするだけ。とにかく働きたくない。

それはともかくカナダに1年半いてその後1ヶ月旅行をし今に至るわけだけど、ちょうど1年ほど前に10日間だけ日本に帰っていた。10日間の印象というのはあまりない。懐かしさを覚え、また今までと違った視点から新鮮さを感じたのは初日だけだった。あとはすぐ元に戻った。実に短い帰国だったけれど、僕には十分だった。そしてやることもなかったため、すぐに飽きた。

1年間全く日本に帰っていないということが長く感じる。「長いようで短い」なんて言うけれど1年は僕にとって十分に長い。この1年間に日本であったことは全く馴染みがない。消費税8%でさえ10日しか知らない。日本のことはネットでずっと見ていたんだけど、実感はまるでない。体感がないから。やはり年に一度ぐらいは日本に戻り、感覚を同期したい。幸いマイルが残っているため、戻ろうと思えばいつでも戻れる。ただもったいないから日本へ戻るぐらいならどこかへ旅行するだろうけれど。

先日、外国へ行ったからといって自分は何も変わっていないという話を書いたけれど、日本以外については今までと同様、日本以上に疎いままだ。海外通になどなっておらず、世界で起こっていることなんてまだ全然わからない。今までより視野や世界観が広がったかというと、多分1ミリぐらい。相変わらず僕は日本人でしかなく、同時に日本にも馴染めていない、それどころか今は日本のことさえピンと来ていない。実に拠り所のない厳しい現実はこれまでとずっと変わっていない。いわゆる大前研一さんの言葉で、「人間が変わるには1番目は時間配分を変える。2番目は住む場所を変える。3番目はつきあう人を変える。この3つの要素しかない。」というのがあるけれど、3つともかなり大きく変えたと思うが僕には効果がなかった。そして最も意味が無いと言われる決意を新たにすることもなかったが、どちらにしろ結果的には何一つ変わらなかった。良い方向に変われるもんなら変わりたかった。自分の無能さを呪う。

今の気分が余りにも不安定であり、金が無いというのに3日で8000円する6人部屋の汚いドミトリーに泊まり、昼間、憂鬱な気分とともに寝ていた。昔の夢を見てしまった。夢の中の僕はまだ若く、当時付き合っていた彼女とテーマパークにいた。夢の内容は詳しく覚えていないけれど、僕はその時多幸感に満たされた。目を覚ますと現実との差に泣き出しそうになりながらも、少し落ち着いていた。あの時間というのは僕にとって数少ない幸福な時間の一つだったのだろう。僕があまりにも落ち込んでいるため、危険を感じた脳が僕自身にこの過去の映像を見せ、非現実によって落ち着かせたのはわかりきっている。僕はもう、時間の問題なのかもしれない。