前回の続き
疲れていたにも関わらず朝早く目が覚めた。他に安い宿を探すのも大変だったため、ここにもう一泊しようと思い受付に行ってその旨を伝えた。そしてお金を払い荷物だけ置いて外に出た。
昨日の賑わいが嘘のように、街は静まり返っていた。朝だからだろう、人を全然見かけず、店という店はシャッターが閉まっている。しかし駅には早朝からたくさんの人がいた。通勤客だろう。僕は予定も目的地もなく、またてきとうに行き先を決めて電車に乗った。運賃は45ディルハムだったかな。電車はエアコンが効いており、2等席のチケットでもコンパートメントに乗れた。指定席でも貸し切りでもなかったけれど。エアコンと言えば、アフリカと言えど暑さはそれほどでもなかった。むしろ日差しのことを考えるとドゥブロヴニクの方が暑かったかもしれない。
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電車で会ったモロッコ人
電車の中で、カラフルな帽子をかぶった男性を見かけた。シャツにジーンズ、顔立ちは地元の人だ。大きな旅行カバンを2つ持っている。これからどこかへ旅立つのだろう。いかにも英語を話しそうだったから僕は話しかけてみた。
「カサブランカは次の駅ですか?」
「そうだね、次の次かな?旅行者かい?どこから来たんだ?」
「日本人ですけど、カナダに住んでました」
「おお、そうかい。実は僕はこれからモントリオールに行くんだ、仕事でね。親族はもう向こうに住んでいる。カナダのどこにいたんだい?」
「トロントですよ。モントリオールにも行ったことあります。冬は寒いですけど向こうもフランス語だし、街もきれいでいいですよね」
「そうか、トロントなら確か近かったね」
「はい。バスで2時間ぐらいです。その帽子いいですね」
「これはモロッコの伝統的な帽子なんだよ。北の方のね。モロッコなら北のタンジェとかがいいよ。あとは首都のマラケシュかな。行った?」
「行ってないです。実は3日しかなくて、遠くまで行けないんですよ」
「なるほど、それは残念だ。では次の機会にでも行ってみてよ。他にも行くところはたくさんあるから。そろそろカサブランカだ」
僕らは一緒に電車を降りた。
「じゃあ、僕は空港に行くから。楽しんでね」
「そちらこそ、カナダ楽しんでください」
カサブランカ
僕はカサブランカの駅に降りた。時間はもう昼近くになる。タクシーの勧誘にあったものの、街は静まり返っており相変わらず人は少ないままだった。どの店もシャッターが閉まっている。どれもこれもラマダンのためだった。駅の近くを30分ぐらいかけてぐるっと歩きまわってみたけれど、どこもそんな調子だった。これでは埒が明かないと思い、一度駅まで戻ってトラムに乗ることにした。トラムに乗ると言ってもどこか行く宛があるわけではなく、チケットを買って改札し、トラムが来るのを待っていた。カサブランカのトラムは異常に近代的だった。チケットはタッチ式の非接触チケットで、それも紙で出来ている使い捨てだ。これはまさにモントリオールの地下鉄と同じ仕組みだった。車両もワルシャワで見たような近未来を思わせるきれいで新しいものだった。あまりにも街に似合わない。
トラムで街中へ
トラムがどこに行くのかわからなかったため、駅員らしき男性に聞いてみた。そして当然にように英語は通じなかった。近くに路線図の案内板があったため、僕は指をさしてどちらに進むのか聞こうと試みた。片方は街の中心地へ、もう片方は沿岸部へと進んでいた。僕のサインは通じたようで、駅員は沿岸部の方向を指していた。逆だ。トラムの反対側を渡ろうとすると止められた。「出口から改札を出ろ」と言っているようだ。僕は「ただ間違っただけだから反対側に渡るだけだ」ということを伝えようとしたが頑なに拒まれる。言葉が通じないことに業を煮やした駅員のおっさんは近くにいる人に話しかけ、英語の通訳をさせようとした。
「出口は向こうなんだ」
「僕はただ間違えて入っただけで、反対側に渡りたいんです」
「ダメなんだよここでは。カサブランカのトラムはフレンドリーじゃないんだ。もうこのチケットは使えないよ」
「ええ、なんじゃそれ」
しかたなく僕は改札出口からチケットを通して出た。チケットは往復2回分を買っていたため、反対側に渡りまた改札口からチケットを通して入場することになった。最悪だ。
トラムを待っていると、爺さんに話しかけられた。英語だ。
「どこに行きたいんだ?」
「どこがいいんでしょうね、どこか観光地みたいなところってありますか?」
「そうだね、メディナとかどうだい?ここから5つか6つ目の停留所で降りたらいいよ」
「ありがとう」
実は初めからそのあたりで降りようと思っていた。トラムの路線図には絵が描かれており、そのあたりがいかにも観光地っぽかったから。それにしてもこの路線図は改札を通らないと見れないという最悪な仕様だ。無駄に近代的なトラムは10分ぐらいで来た。そして5つか6つ目の停留所までも15分ほどで着いた。
客引きに連れ回される
観光地っぽいところに来たところで、街は静まり返っていた。車は多かった。でもシャッター街は相変わらずで、道行く人もやはり少ない。僕は行くあてがないためぶらぶらしていた。すると、やはり観光地だからか客引きに声をかけられた。
「レストランあるよ。ラマダン中でも営業している」
ラマダンは簡単に言うと日が昇っている間飯を食わないみたいなイスラム教の修行みたいなもんだ。詳しくはWikipediaでも見てください。
「腹は減ってないよ」
「おみやげ見ていかないか?マーケットがあるんだ」
「興味ないからいいよ」
「じゃあどこに行きたいんだ?モスク行くか?」
「行かないよ。特にどこというのはないんだ」
「マーケット行こうよ」
「何も買わないよ。金ないから」
「いいんだ買わなくて。客連れて行くだけで店から金もらえるんだ」
僕はどうせ行く宛がなかったから、別についていってもいいかと思った。マーケットとは行ってもただ店が集まっているだけで市場ではなかった。絨毯やアルガンオイル、土産物っぽいのを順番に見せられた。おっさんは熱心に説明していたけど僕は「何も買わないって最初に言ったよね?」を通していた。「いくらなら買ってもいいと思うんだ?」と聞かれたから僕は「50ディルハム(約700円)」と答えた。おっさんは呆れたように「50ディルハムじゃ飯も食えないよ」と言っていた。僕は「知っている」と答えた。
「ピンバッヂなら買うよ」
と僕はおっさんに伝えた。
「そうだな、じゃあメディナに行ってみるか」
僕はおっさんにメディナを案内された。メディナとは、よくわからないけれどモロッコにおいては旧市街みたいなものらしい。
メディナもさらっと連れ回された。僕が何も買わないことをわかっており、おっさんも粘らなかった。そして最後にピンバッヂが売っている売店に連れてきてくれた。
「いくら?」
「15ディルハム(約200円)」
僕は20ディルハムわたしてお釣り5ディルハム受け取った。
「じゃあもう行くよ」
「チップとかくれるかい?」
まあ、こうなるのはわかっていた。
「これぐらいしか渡せないよ」
僕はお釣りの5ディルハム(約70円)を渡した。おっさんはそれでいいと言ってにこやかに去っていった。これ以上ここにいても何もやることが思い浮かばない。それもこれもラマダンのおかげだ。僕はカサブランカを去ろうと思った。トラムに乗ってきた道を戻ろうと停留所で待っていると、多くの人が改札を無賃で入ろうとしていた。その度に監視員のような男が目を光らせ、注意していた。向きを間違えただけで反対側に渡らせてくれなかったこのトラム終わってるなあと思ったけれど、利用する方にも大いに問題があった。
帰りの電車で会った男
カサブランカから電車に乗りコンパートメントに一人でいると、一人の男性が入ってきた。アフロヘアーのような髪型にジーパン、ネルシャツ、ピアスをしたここモロッコには珍しい格好の男性だった。モロッコはアフリカだけど人種的にはおそらくアラブ人が圧倒的に多く、イスラム教の国ということもあり服装などもアラブ人特有の格好をしている人が多かった。若い男性などは必ずしもそうではなかったが。
その男性はしばらく無言で席に座っていると、僕に話しかけてきた。
「なあ、水持ってないか?」
「持ってないんだ。タバコならある」
「電車でタバコは吸えないよ」
彼は笑っていた。モロッコでは珍しく英語を話す男性だった。
「ああ、俺はムスリムじゃないから、ラマダンは守らないんだ。でもこの国じゃラマダンを守らないと1年の禁錮刑なんだぜ。外国人でも罰金刑だ」
「それはひどいな」
「ああ、この国はひどいんだよ。どこから来たんだ?」
「日本人だ。けれど今は旅行中でバルセロナの空港から来たよ。あさってにはスウェーデンだ」
「スウェーデン!いいな俺もスウェーデンに行く予定なんだ。就学プログラムみたいなのがあってね、飛行機代も出れば1ヶ月学校に通う事もできる。ビザは1ヶ月で切れるけれどそのままい続けようと思うんだ。ここにいても未来はないからね。知ってるか?この国は終わっているんだよ。前の国王がひどく独裁者でね、今はまだましなんだけど、俺らは学校行ってイスラム教のことを学ぶだけなんだ。学校を終えても仕事がない。俺はホームレスなんだよ。みんな仕事がなくてこの国を出て行く。ここは民主主義でもないからさ、俺らは国を批判することもできない」
「それはひどいね。ところで、どこで英語を学んだんだ?」
「ああ、音楽だよ」
「すげえな」
「見回りが来た。俺はチケット買っていなんだ、高いから買えなくてね。だからあいつらに見つかると降ろされてしまうんだよ、もう行くよ、またな。地獄で会おうぜ!!」
そう言って彼はコンパートメントを出て行った。
次回、24・25日目ラバトを歩く