前回の続き
朝、雨が降っていた。僕は傘なんて持っていない。この旅行ではとことん雨に降られる。日本では確かに梅雨の季節だけど、外国にいてまで雨に悩まされるとは思わなかった。
「今日はどこへ行くんだい?」
「フォトグラフィスカに行こうと思っている。けれど雨だ」
「そのうち止むよ。僕はもう出勤だから。それから、電車に乗るんだったらトラベルカードを買ったほうがいいよ。電車代は高いから」
「トラベルカード?」
「そう。電車もバスもトラムも乗れるパスだ。3日分ぐらいがいいだろう。キオスクで買えるよ」
「ありがとう。調べてみるよ」
このトラベルカード、そして観光のためのストックホルムカードは実に優れたシステムだった。
トラベルカード
トラベルカードというのは公共交通機関の乗り放題パスだ。バス、地下鉄、電車、トラム、どれでも同じカードで乗り放題になる。カードは非接触式ICカード、これがどこでも使えるというのは実に優れている。もちろんこれは乗り放題パスだけでなく、チャージして定期のように使うこともできる。また、カードだけでなくスマートフォンのアプリでも同じ機能が使える。
パスとして利用する場合、24時間が115kr(1,645円)、72時間が230kr(3,291円)、7日間が300kr(4,292円)、高いと思うかもしれないが北欧は基本的に日本より物価が高い。普通に電車を利用するよりはましだろうと思って僕は72時間分を購入した。
ストックホルムカード
トラベルカードは確かに優れているけれど、他の国の都市でも似たようなのはあるだろう。本当に優れているのはこっちだ。ストックホルムカード。これは、ストックホルムにある美術館、博物館、宮殿、公園、教会、ツアーなど70ヶ所の観光地に対応したフリーパスカードとなる。さらに、これにはトラベルカードの中身も含まれている。つまりこのカードで公共交通機関も乗り放題となる。これをやってのける行政がすごい。そしてこの観光への力の入れ方。ウェブサイトを観るだけでも明らかだ。京都市には悪いが京都市の観光サイトと比較してみよう。
This is Stockholm ! このクオリティの差。しかしストックホルムカードはその分値段も高い。2日間765kr(10,945円)、3日間895kr(12,804円)、5日間1150kr(16,453円)、美術館など1ヶ所入るのに大体120kr(1,717円)かかるため、2日で5ヶ所ぐらい回るなら交通費も含め十分に元が取れるだろう。70ヶ所も候補があればいくらでも行ってみたい気もする。ただ僕は貧乏旅行者だからそもそも有料の観光地を次々と巡る予定もなく、ストックホルムカードは買わなかった。何よりも、この交通機関と観光地、そしてすべての場所でフリーパス、ICカード活用という連携をやってのける行政とその観光への力の入れ方がすごいと思った。京都で寺や神社といった観光地と美術館や博物館、水族館並びに公共交通機関の連携をICカード1枚で成し遂げるなんて20年かけてもできない。でも観光に力入れるってこういうことだと思う。クールジャパンとかゆるキャラとかおもてなしとかではない。
フォトグラフィスカ
天気は依然としてよくなかったけれど、雨は上がった。最寄り駅でトラベルカードを購入し、ストックホルム2日目となる今日はフォトグラフィスカというストックホルムの写真美術館へ向かった。特に目的があったわけではなく、旅行先に写真館があれば大抵行くようにしている。トリップアドバイザーの評価も高かったから。
ストックホルムセードラ駅で電車を降り、そのままセーデルマルムを横切り真っ直ぐ東へ歩いた。iPhoneに保存した地図を見ながら歩いていたら、いつものことながら道を間違えた。僕は丘の上を歩いていた。フォトグラフィスカは丘の下の海沿いに建っていた。
入場は120kr(1,717円)、もちろんクレジットカードで支払える。入場券はレシートに印刷されたバーコードで、ゲートにあるバーコード読み取り機にかざすと地下鉄の改札のようにゲートが通れるようになる。
僕は今までにそれほど多くの写真展、写真館を訪れていない。日本でいくつかと、ニューヨークやその他、期間限定の場所や小さなところが多かった。今回訪れたフォトグラフィスカはなんと言うか、今までで一番良かった。展示されていたのは僕が好きなジャンルの写真ではなかったんだけど、何よりもその見せ方が素晴らしい。展示のしかた、配置、照明、そして展示は3フロアほどある。この規模の写真館は今までに見たことがなかった。こういう写真を見ていると、自分には撮れないなあと思う反面、もっと撮りたい、撮らないとという気持ちに駆られる。
中にはカフェが併設されており、食事もできるようになっていた。
僕はここへ訪れた記念品としてキーホルダーを買った。
海辺の巨大な写真美術館『フォトグラフィスカ』 | 北欧 triP
市街地へ
フォトグラフィスカを出た後、僕は北の方へ歩き、旧市街へと向かった。定番の観光コース。どこかの建物に入るということはしなかったものの、僕はそのあたりをブラブラ回りながら写真を撮った。さすがに観光客も多い。
旧市街から新市街へ抜けた。どこを歩いても洗練されているデザインの街、ストックホルム。街を歩いていて思ったのが、やたらとヘッドフォンをつけている人が多い。これは日本なんか比較にならず、ニューヨークよりもトロントよりも圧倒的に多くの人がヘッドフォンを着用していた。音楽好きが多いのだろうか。
夕方の7時頃になり、僕はスーパーで食材を買った後ストックホルム中央駅から宿泊先へ向かう電車に乗った。
この季節ストックホルムでは日が長く、夜10時を超えても暗くならなかった。しかし、ドゥブロヴニクで会ったスウェーデンに留学していた日本人いわく、冬至の頃になると1日30分しか太陽が出ていないこともあり鬱になるらしい。あまりにも両極端だ。
メキシカンのカウチサーファー
電車の中で英語の会話が聞こえた。ストックホルムではどこへ行っても完璧に英語が通じて旅行には非常に楽なんだけど、スウェーデン人が英語で会話をしているということはまずなかった。だから英語が聞こえてくるというのは非常に珍しいことでもあった。僕は立ち上がって電車の席を移る拍子にそちらを向くと、ヨハンだった。
「おお、カズじゃないか。彼が一緒に泊まる人だよ」
「やあ」
僕らは席が離れていたためその場で挨拶だけ交わし、駅へ着くと再びお互いに自己紹介をした。彼はメキシコ人だけどイギリスに留学していたため英語が堪能だ。そしてシャツにスーツケースに革靴、身なりが立派だった。僕のようなジーンスにパーカという薄汚い格好ではない。ヨハンの自宅に着き、どこかで食事をしようという話になった。近くにピザ屋があるといういことで3人でそこへ向かった。ピザは特にうまくはなかったし、もう閉店の時間だということでメキシカンはまだ食べている途中だったのに最後食べながら帰ることになった。
映画を見る
ヨハンとメキシカン(彼の名前が難しくて覚えられなかった)はずっと映画の話をしていた。ヨハンがジャッキーチェン好きだということからラッシュアワーの話になり、ラッシュアワーと言えばクリス・タッカー、クリス・タッカーといえばフィフス・エレメントの彼の演技はすごかったとか、ジャッキーチェンと中国人つながりでジェット・リーの話になり、リーサル・ウェポン4で初めて敵役をやったとか、エクスペンダブルズではドルフ・ラングレンが彼に負けるシーンがあり納得いかないとか、ドルフ・ラングレンはスウェーデン人で頭も良く空手も黒帯なのにポンコツの役をやらされることが多いとか。ドルフ・ラングレンと言えば他にどんな映画があったかというとユニバーサル・ソルジャーとか。ユニバーサル・ソルジャーと言えばジャン・クロード・ヴァンダムもエクスペンダブルズ2に出ていた話。ジャン・クロード・ヴァンダムと言えばストリートファイターの実写版映画があったとか。映画の話はこんなもんではなく、もっともっと広がり、だったら僕がそこで提案した。
「僕らは今から一緒に何かの映画を観るべきだよ」
ヨハン宅にはたくさんのDVDがある。偶然にもこれだけ映画好きが集まり、映画の話だけをして映画を見ないなんてちょっと変だ。
「よし、じゃあ何を見よう?」
僕らは3人で選んだ。有名で、3人とも馴染みがあり、最近見ていないもの。どの映画に決まったかというと、バック・トゥ・ザ・フューチャー。
僕らは既に何度か見ているバック・トゥ・ザ・フューチャーについて、お互いあれこれと話しながら見ていた。例えば
「ドクの家はやたらとリッチだ」
「犬の名前なんだっけ?」「アインシュタイン」
「ジェニファーは2以降女優が変わったけれど1の女優の方が良かった」
「リビア人からプルトニウムを買うって発想は今思うとすごいね」
「バック・トゥ・ザ・フューチャーの壮年メイクはすごいよ。初めて見た時同じ俳優だってわからなかった」
「ジョージ・マクフライ役の俳優はいい演技だよね」
とか。序盤にそういうのが続いたけれどそのうち3人とも映画に見入っていた。3人で映画を見終わった時、夜の1時だった。
次回、28日目セーデルマルム→現代美術館