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短編小説の集い「のべらっくす」第10回に参加

テーマは「旅」

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「全然変わってない」

縞は大学生だった頃、この土地に一度訪れた事があった。ちょうど就職活動が終わり、入社を迎えるまでの間に出た旅行だったため、4年ほど前になる。そこは彼の旅の目的地ではなく、旅先と旅先を結ぶ中継地点だった。移動距離が長く、日をまたぐことになるためその街で一度バスを降りて一泊する予定だった。バスを降りた後バスターミナルのチケット売り場へ向かい、チケットを購入しようと聞いてみたところ、旅先へ向かうバスは出ていないと言われた。

「あそこにはもう行けないよ。ほら、あっちで紛争が終わっただろ?向こうから道を封鎖してしまってね」

引き返すか、もしくは行く予定だった土地を迂回して進むバスを待つかどちらかしかないそうだ。迂回するバスはそのうち来ると言われた。「そのうちって何だ」と縞は思いながらも引き返す気にはなれなかったため、バスが来るまでそこに滞在することになった。迂回のバスが来るまで、彼は結局一週間滞在していた。

そこはまさしく中継地点としての街だった。おそらくその、あっちが紛争中だった頃は活気があったのだろう。レストランや売店、ネオン、英語の看板や乗り捨てられたジープからその名残が見て取れる。時々兵隊も見かける。彼らは帰りそびれたのだろうか、あまり数は多くなかった。紛争と直接関わった街ではなく中継地点として栄え、紛争が終わり、ルートも封鎖された。外から来た連中はこの街にもう用がなくったのだろう。ここは見捨てられ、これから寂れていくのかもしれない。その様相はまるで祭の後のようだった。

バスターミナルでは多くの人がバスを待っていた。来た道を往復するバスは1日に1本だけ巡回しており、多くの人が乗り込んではここを離れていった。この街に来る人と出て行く人の割合は1:2ぐらいだっただろうか。同時に、多くの人がバスターミナルに残ったままだった。縞と同じバスを待っているのかもしれない。彼らは一見するとこのバスターミナルに住んでいるかのようにさえ見えた。ここで飲み食いし、顔を洗い、トイレを利用し、寝泊まりしている。時々洗濯している者も見かける。彼らにはこの土地に住居がないのだろう。縞も彼らに倣い、バスターミナルで夜を明かした。朝を迎え、今日もバスを待っていると、バスターミナルには宿の客引きが訪れた。そして周りの人たちと明らかに違う縞を見かけては声をかけてきていた。

「あなた、旅行者ね?部屋は決まっているの?」

サングラスをかけ、黒髪をライトグレーのヘアバンドでまとめた女性だった。Tシャツとタイツ姿で、客引きというよりはインストラクターか、もしくはジョギングの帰りと言われた方がしっくりと来る。

「ここに泊まっているんです」

「ここ?バスターミナルに?なんで?」

「なんでって、みんな泊まってるじゃないですか」

「あの人達は違うから。あなたは旅行者でしょ?いい部屋があるんだけど見にこない?今だったらお得だよ」

「バスを待っているんです」

「バス?どこに行きたいの?」

縞は行き先の名前をどう発音していいかわからず、地図を出して迂回する先を指差し、客引きの女性に見せた。彼女は地図を覗きこんで縞の指先にある文字を見た。

「うーん、そこに行くバスは今日は来ないよ」

「なんでわかるんですか?」

「3日前に来たばかりだから、次来るのは早くても来週」

「そんなに?」

縞は思わず声が大きくなり女性に詰め寄った。女性は驚いて少しのけぞったが、またすぐ縞に顔を近づけ肩に手を置いてきた。

「同情するけど、今そういう時期だから。ねえ、部屋見にこない?ずっとここには泊まれないでしょう」

「でも、そんなに長く泊まるお金は持ってないんだ」

「大丈夫だって、安くするから。さあ、行こう!」

縞は言われるがまま立ち上がり、荷物を背負い、彼女の後についてバスターミナルの人混みを掻き分けていった。今までに断った何人かの客引きが縞の方を見て一瞬目が合ったが、彼らはすぐにまた別の方を向いて客を探し、声をかけるのに精を出していた。バスターミナルを出て前の道路を渡り、大通りを真っ直ぐ進んだ。この街には依然として人が多く、街の作りも華やかなのにどこか皆沈んだ様子で、あまり生気が感じられない。

「もうすぐだからね!」

客引きの女性は歩きながら後ろを振り向き、縞に声をかけた。縞は街に抱いていた印象と彼女の態度の差異に違和感を覚えた。客が見つかって喜んでいるのか、単に接客だからか。彼女はその運動に適したような身なりに見合った、軽やかな足取りで通りを歩いた。縞はやや急ぐようにその後をなんとか着いていった。通り沿いにはたくさんのホテルがあった。少し前までは賑わっていたのだろう。高級なものからお手頃そうなものまで揃っている。そして今はそのどれも、あまり客が入っているように見えない。バスターミナルの人だかりがその答えの一つかもしれない。

「着いた、ここ。さあ中に入って!」

彼女は立ち止まり、建物を指差しながら縞の顔を見ると、エントランスのドアノブに手を添えた。

「ちょ、ちょっと待って、僕には払えないよこんな高級そうなところ」

縞は彼女を呼び止めた。それはいくつかのロッジが組み合わさって一つの棟になったようなホテルだった。外から見える屋外の通路や庭は手入れが行き届いており、花も植えられている。こういうタイプのホテルは部屋数はそんなに多くない。一つ一つの部屋が広く、それぞれに充実した設備が整っている。

「そう?でもあなた日本人でしょ?」

彼女はドアノブから手を離し、縞に向き直った。

「なんでわかったの?」

「顔とか、服装とか。私日本の映画見るから、だからあなたに声かけたんだよ。きっと日本人だろうって」

「お金持ちだと思って?」

「そうね、それもある」

「全ての日本人がお金持ちではないんだ。だってほら、僕はバスターミナルで寝ていたんだよ?」

「うーん、実際いくらだったら泊まる?」

「えーっと、€5…」

縞は宿泊する気がなかったため、自分が支払える程度の金額をふっかけた。

「あはは!あなた本当にお金ないのね!わかった、あなたにうってつけの部屋を用意してあげるから、ついて来て!バスターミナルで寝るよりはましでしょ?」

彼女はそう言ってドアを開け、中に入っていった。縞は状況がよく飲み込めていなかった。€5で泊めてくれるということだろうか。こういうロッジは安くても€100はするから、部屋に泊めてくれることはまず有り得ないだろう。客が少ないから使っていいということだろうか。うってつけの部屋を用意すると言っていたから、€5相当の部屋を割り当てられるということかもしれない。そんな部屋がここにあるとは思えない。物置かどこかで寝かせてくれるということか。外国だから、屋根裏部屋とか?童話みたいだな。

「ねえ、何やってるの?」

中からドアが開けられ、ドアの前で呆然としている縞と目が合った。彼女はサングラスを外していた。黒い髪とその明るい眼の色は対照的で、エキゾチックな印象を与えた。

「ああ、ごめん」

縞はドアを引いて中に入った。そこは受付のためだけにある、家のような小さな建物だった。宿泊用のロッジとは、屋外にある廊下を通じて繋がっている。他の従業員は見当たらない。彼女一人で客引きから受付までやっているのだろうか。暇な時期だとそういうこともあるかもしれない。ここも他のホテルと同様に客が多そうには見えない。

「こっちだよ」

彼女は受付の奥へと入っていった。受付の奥?やはりそう来たか。縞は予想が当たったと思った。物置かどこかを使わせてもらえるのだろう。シャワーも使わせてもらえたらいいな。縞はもう3日ほど風呂に入っていない。

「ここ。入って」

彼女がドアを開け、勧められて入った部屋は、部屋だった。木製の二段ベッドがあり、机があってその上には閉じられたラップトップやコーヒーカップが置かれている。その他、部屋にはスチールのロッカーが並んでいるだけ。簡素ではあったが物置のようなものではなく、十分な居室だった。

「ここ使っていいの?€5で?」

「€5はいらない。その代わり掃除手伝ってくれない?」

「もちろん。それぐらい全然やるよ」

「本当?実際ここ結構広いよ?」

掃除ってこの部屋の掃除じゃなかったのか。そりゃそうか。この部屋は掃除するほどの物もない。ここの建物全部となると結構な広さだ。室内までやるとすれば一日かけても終わらないだろう。まさか彼女一人でやっているのだろうか。そんなことはないだろう。いずれにしても客がいなければ毎日全部を掃除する必要もないだろうから。

縞が床に荷物をおろしていると、スチール製のロッカーが大きな音を立てた。縞は驚いてそちらを見た。何も変わったところがない。おそらく中で何かが落ちた音だ。しかし再び中で物音がした。何かいる。彼女がロッカーを開けると中から猫が出てきてそのまま部屋を出て行った。

「ミロって言うんだけど、時々この上で寝てるの。それでいつも落ちるの」

彼女は何事もなかったかのように淡々と説明した。彼女がロッカーを閉める際、ロッカーの上段スペースにクッションが置かれているのが目に入った。

「そうだ、私はコリーナ。あなた名前は?」

「哲朗」

「え?」

「テツオ」

「テ…テゾー?」

「テツでいいよ」

「テ、tits(おっぱい)?」

「ああ、もうそれでいいよ」

「ふふふっわかった…tits(おっぱい)ね、よろしく!」

「よろしく」

「ねえtits(おっぱい)ふふふっ、おなかすいてる?」

「そうだね、少し。でもいいよ、パンがあるから」

「気にしないで、私も食べるから。またあとで呼ぶね」

コリーナは部屋を出ていこうとした。

「ねえ、シャワー借りれるかな?」

「シャワーだったら、廊下の奥を右に曲がったところにあるよ。タオルは持ってる?」

「持ってる。ありがとう」

縞はタオル、シャンプー、石鹸と着替えを持ち、廊下からシャワー室へと向かった。さすがに浴槽はなかったが、トイレとシャワー室は分かれており、いずれも清潔に保たれていた。縞はこの掃除も自分がやることになるのか、綺麗に使おう、ということを考えていた。3日ぶりのシャワーは時間をかけて念入りに行なった。それにしても臭くなかっただろうか。いまさら心配したところで意味はなかった。

シャワーを終えて部屋に戻るとコリーナが部屋にいた。イスに座っている。

「ベッドは上を使ってね」

二段ベッドの上の布団はシーツが新しく変わっていた。

「わかった。ここは他に誰かいるの?」

「他?」

「その、カップとかラップトップがあるから」

「これは私の。使いたいの?」

「いや、自分のを持っているよ。そうだ、Wi-Fiは使える?」

「あるよ、ちょっと待ってね。ハイこれ」

コリーナは机に置かれていた紙にWi-Fiのネットワーク名とパスワードをメモしてくれた。

「ありがとう。助かる」

縞はもらったメモをポケットに突っ込んだ。

「もうちょっとしたらできるから、ダイニングに来たら?」

コリーナは立ち上がって部屋を出て行く。食事のことを言っているのだろう。縞は彼女のあとについて部屋を出た。廊下をシャワー室と反対側に曲がり、そこにはキッチンとテーブルのダイニングスペースがあった。鍋の中で何かが煮こまれている。スープだろうか。この短時間で調理できるはずもなく、元々ある程度用意されていたのだろう。彼女はキッチンに立ち、味見をすると火を止め器に盛り付けた。器に入ったスープの中に、何かの野菜や何かの肉が浸されている。

「あなた、こういうの食べる?」

「さあ、どうだろう。でも頂くよ」

縞がテーブルに着くとコリーナは器を二つ持ち、一つを縞の前へ置き、もう一つを縞の向かいの席に置いてそこに座った。テーブルには既にスプーンとフォークが並べられており、縞はスプーンを使ってそのスープを食べ始めた。味は特別うまくもまずくもなかったが、長時間バスに揺られて辿り着き、その後もバスターミナルで過ごしていた縞にとって、3日ぶりの温かい食事だ。その薄い味付けも相まって、身体がほぐれるような心地だった。向かいの席に座っているコリーナとは時々目が合い、しかし何も話すことなく、お互いゆっくりと少しずつ食事を口に運んでいた。

食事中、ふと一つのことが縞の頭をよぎった。もし自分がここに来ていなければ、コリーナは一人で食事をしていたのだろうか。

「ねえ、その、今日は君一人なのかい?」

「一人?あなたがいるじゃない」

 

続く!!(5000字を越えるため)