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ポスト電気

ポスト電気について、いまだに想像がつかない。それよりも、電気がなかった時代のことさえ想像つかない。電気がない時代にどうやって日常生活を営み、仕事をし、この世の中は回っていたのだろう。きっと今よりずっと遅い速度で回っていたに違いない。

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電気が存在しない時代には、今ある物のほとんどが存在しないと言ってもいい。照明、なんかは大した問題ではない。街灯はランプであり、昔は火を灯す係の人がそれぞれの街灯を回っていたそうだ。水道も今あるようなものではない。電気がないと今のような水道は動かない。これは大きい。日本だと井戸水が中心になるだろうか。電話なんてもちろん存在しない。人力で運ぶ手紙のやり取り、郵便が中心となる。車もない。ガソリンがあっても電気がなければ車は動かない。その前というと、蒸気機関になる。日常生活においては馬か馬車か、自転車か、船か、そういった自然エネルギーを用いるのが一般的だっただろう。身の回りでは、冷蔵庫も洗濯機も掃除機もエアコンも存在しない。コンピューターなんてもちろん無い。電気どころかコンピューターが無い時代でさえ想像がつかない。コンピューターの無いオフィスでどうやって仕事をするのだろうか?今の世の中はコンピューターに支配されていると言っても過言ではない。インターネット?なにそれ?

コンピューターはともかく、石油といった地下資源や原子力も太陽光も、電気を作るために利用されている。新しいエネルギーなんて言っても所詮全てが電気に変換される。電気が世界の中心であり、基本であり、電気のために人が動き、金が動き、争いが起きる。電気が実用化されだしたのは19世紀であり、一般的になったのは20世紀のこととなる。僕も20世紀生まれであり、つい最近の話だ。いわゆる古典文学なんかだと電気が無い時代に書かれたものも多い。曽祖父あたりの世代では電気が一般的ではなかっただろう。

もしかすると近い将来、それは僕が生きている間かどうかはわからないけれど、今の世界の基盤になっている"電気"というものは、別の何かにすげ替わっているかも知れない。それは電気よりももっと汎用性があり、速く、効率的で、安全なエネルギー源かもしれない。それがブラックホールなのか量子なのかなんなのかは僕にはわからないけれど、電気ではない何かで動く世界というのは、電気が無かった時代のように、今と全く違ったものになるだろう。想像がつかない。電気で保存されていたアーカイブなんかも全てすげ替えられ、電子記録なんかはもう読み取れなくなるかもしれない。

よく、過去の文明は核戦争か何かで一度滅びているといったようなオカルトめいた話がある。仮に今の人類が滅び、新しく別の文明を持った人類が、我々と全く違った形で発展したとしたら。そして我々の文明の遺産が発掘されたとしたら、遺跡や紙といったものは解析されるだろう。しかし、電子記録は?電気と同程度か、もしくはそれ以下か、別の媒体で発展を遂げていたとしたら、電子記録というのは単にわけのわからないものとして、その一切が解析されないかもしれない。今の世の中は、そのほとんどが電気を媒体として動いている。新しい人類が電子記録を読み取れなかったとしたら、今の人類はさぞ不可解に映るだろう。

古代核戦争説 - Wikipedia