スピードよりもクオリティ重視で行きたいよねって話

またマックス・ヴェーバーの話になるけれど、プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神を読んで、その後の世界みたいなのを検索して調べた話を前に書いた。そこでは顧客満足度を重視するあまりか、それとも商業的成功を重視するあまり、職業倫理を見失い、それによって物やサービスとして本来の価値を損なった商品が市況に出回り、席巻するというような話が書いてあった。これってまさに、クオリティよりもスピード重視の話だなと感じた。物としての完成度よりも市場を制する事が優先される。「悪貨が良貨を駆逐する」ではないけれど「安かろう悪かろう」が安いから出回り、売れ、重宝される。そのような煩悶は特に、仕事をしている時によく抱えていた。会社やクライアントはスピードを重視してくるけれど、いや、クオンティティよりもクオリティだろうって。量の話になっているけれど、スピードっていうのはすなわち量だろう。違うか。 

 

京都の老舗

京都では企業の資本金や利益や規模よりも、いかに長く続いているかが重視される。すなわち、老舗であることが至上の価値とされる。有名な和菓子屋なんかは室町時代や江戸時代からずっと続いていることがあり、それらは世界的な有名企業になっている任天堂なんかよりも京都において格式が高いとされている。長く続いているのはその商品のクオリティが高いからなのか、市場戦略が強いからなのか、そのあたりは実のところ知らない。でも「いくら利益上げてる言うたって、まだ数十年でっしゃろ?いつ潰れはるかわかりやしません、せやけどうちは創業500年越えてまっさかい」というのは少し説得力ある。経営が苦しくなったら潰れるのは利益が低い方じゃないかって思うけど、まあどうなんだろ。どれだけ救いの手が挙がるかどうかはわからない。とにかくそこは、短気利益目標達成シェア拡大の市場原理とは別のところで動いているように見える。利益をあげる事よりも伝統が重視されているのではないだろうか。

ベストセラーと文学的名作

日本で一番売れた小説は「世界の中心で、愛をさけぶ」だそうだ。単行本売上部数306万部らしいけれど、僕は読んだことないし今後読むこともないと思う。そしてこの本が50年後も愛されているだろうか、わからない。この本のクオリティが低いかどうかは、僕は読んだことがないから知らない。ただ、クオリティが高い本であれば、50年後であろうと100年後であろうと読み続けられ、また、いろんな国の言葉にも翻訳され世界中で読まれるはずだ。もしくは世界的な賞を取ったり、あらゆる場所で名を挙げられたりするかもしれない。僕が大阪に住んでいた頃、旅行者としてうちに泊まりにきたノルウェー人の青年は翻訳版の太宰治をかなり読み込んでいた。僕は日本語の「晩年」をお土産として彼にあげた。長く広く読み継がれる文学作品は、果たしてベストセラーのようにビジネスとして成功しているだろうか。そこには売上に換算されない何かがあるように思える(長期的に見れば名作のほうが利益をあげているだろう)。

ディテールに神は宿る

これはデザイナーの間でよく使われる言葉らしい。デザイナーと言っても僕が聞いたのはウェブデザインの人で、1pxにこだわるのがデザイナーの仕事みたいなことを言っていた。そこには職業倫理が感じられる。もちろんその上でクライアントの意向だったり納期だったり予算を重視したりはするんだろうけど、そのせめぎ合い、対立というのはまさに商業主義と職業主義の対立に見えなくもない。高品質な、優れた商品を提供するためにはそれなりの犠牲が必要であり、そこには犠牲にしただけの価値がある、というものだろうか。彼らはクライアントの意向でも納期でも予算でもなく、自らを犠牲にしているという悲しい現実。そうやって作られた商品も、評価するのは本当は依頼主ではなく作り手自身であり、プロモーションの問題かもしれない。そのあたりは非常に難しいところだろう。

職業倫理を重視することは理想主義なのか

ビジネスの競争はやはり商業主義側に立っており「甘っちょろい考えでは食っていけない」という現実が存在する。そうやって顧客のハートを掴み、バカ売れしてはすぐに忘れ去られる商品やサービスもあれば、物はクソでもビジネス的に成功してスタンダードになってしまい、文句たらたらながら使わざるを得ない商品もあったり、中途半端な商品を納入した結果あまり評価されなかったり、致命的なミスを犯したり職業規定を犯したり、どこそこの大企業みたいに不祥事を招いたりするのかもしれない。それも全てが、良くも悪くも商業主義に陥った結果のように見えなくもない。

プロテスタンティズムの倫理というのは一つの基準でしかないけれど、日本企業も過去にそういう利益至上主義ではない何かで躍進して成り立っていたところがあったと思う。このブログなんかはビジネスでも神に与えられた使命でもなんでもないから、クオリティも市場に合わせたスピードも何もあったもんじゃないこういう雑な感想文になっている。ただ、何かを考えたり作ったりする時には急いで取り繕った上っ面よりも時間をかけて作り込んだ中身を大事にしたいなあって思うという話でした。雑。