「世界史の中のパレスチナ問題」感想・書評

イスラエル訪問を予定していることもあり、パレスチナ問題について再び知っておこうと思い本を買って読んだ。イスラエル建国前後と中東戦争あたりについてはある程度知っていたから、それ以前とそれ以後、つまりアラビア半島がオスマン帝国であった時代からパレスチナ建国、それ以降のアラブの春までの歴史の流れを系統立てて整理したかった。この本を選んだ理由は入門書にも関わらずその内容量の多さと、Amazonの評価が高かったから。こういう本に関してはAmazonの評価コメントをけっこう参考にしてます。

世界史の中のパレスチナ問題 (講談社現代新書)

世界史の中のパレスチナ問題 (講談社現代新書)

 

知らなかったこと

本の感想よりは本を読むまで知らなかったことを今回まとめてみたい。なんとなくぼやけていたことから全く聞いたことのなかった話まで、知ってなくてもさして問題ないことから歴史の繋がりに重要な部分まで、いくつか掻い摘んで挙げてみよう。

19世紀にあったイスラム改革運動

ジャマールッディーン・アフガーニーという人が中心人物となる。この人の名前は聞いたことあるかなかったか、汎イスラム主義を唱えた人として有名だそうだ。アフガーニーは欧米列強の植民地支配を批判しながらも、オスマン帝国の専制政治も批判していた。彼が求めていたのは何かというと、立憲制、議会制。アフガーニーに師事したムハンマド・アブドゥフという人物も含め「イスラームとヨーロッパの近代思想は矛盾しない」という主張を元に、イスラム社会の近代化を目指していた。この時代のイスラム社会にこういった運動があったということを知らなかった。

これが何に似ているかというと、まさしく日本で起こった明治維新だ。ヨーロッパの近代思想を取り入れながらも国家神道を軸とした日本独自の体系に組換え、大日本帝国憲法を元に立憲君主制の法治国家として近代化を果たした明治日本にそっくりではないか。20世紀にこれを成し遂げたのがイラン・イスラム革命なのかもしれないが、もしこの時点で明治日本と同様のイスラム近代化が成し遂げられていたとしたら、今の中東情勢どころか世界の様相は変わっていただろう。明治維新が上手くいったのは国家単位で取り組んでいたからだろうなあ。

ジャマールッディーン・アフガーニー - Wikipedia

ユダヤ教徒はユダヤ人ではなかった

元々ユダヤ教を信仰するユダヤ教徒はいても、ユダヤ人という民族的な概念は存在しなかったそうだ。旧約聖書に登場するイスラエルの民とはイスラエル出身のユダヤ人という民族的な意味合いではなく、飽くまでユダヤ教徒を指していたらしい。現代においてもユダヤ人という人種の括りは否定されている。ユダヤ教徒がユダヤ人になったのは、フランス革命以降の国民国家形成の過程で起こった出来事だそうだ。同時期に広まっていたのが社会進化論、人種論、優生学。それ以降にユダヤ教徒は、たとえキリスト教に改宗したとしてもユダヤ人はユダヤ人で在り続けるという人種民族主義的な考え方の元に固定されてしまったとか。そういった民族主義、国民国家の思想からシオニズムが生まれるというのは自然な流れに見える。その後中東においてはシオニズムの広がりとバルフォア宣言によって民族対立が激しくなり、それまでイスラム教徒と共存していたユダヤ教徒もユダヤ人であることから逃れられなくなった。

ユダヤ人 - Wikipedia

ユダヤ人に限らず、国民国家、民族主義というのは世界各国で国境線を引く争いの種になったり、様々な難しい問題の元になっている。人種や民族、信仰といった枠組みがアイデンティティを形成し、集団をまとめ上げる効果を発揮するというのは理解できる。巨大な力に立ち向かうためには統率と集団による力が重要になってくるだろう。問題はそのまとまり方、枠組みの基準と対立構造にあるように思える。人種民族宗教、難しい。

河豚計画

これは結構どうでもいい部類の話になる。第二次大戦前、日本において河豚計画というものがあったそうだ。ユダヤ難民を満州に取り込もうという計画であり、ドイツと同盟を組むことでなくなった。こんなものが存在したことさえ知らなかったが、本の中では日本とユダヤ人との関わりについての項目で紹介されている。目的としてはユダヤ資本の取り込みとアメリカとの関係改善があったみたいで、パレスチナに出向いたり上海のユダヤ系資本家と接触したりとかなり本格的に実施されていた。これが上手くいっていたら日本の現代史は大きく変わっていただろうなあ。

河豚計画 - Wikipedia

キリスト教シオニズム

キリスト教シオニズムについては今までも何度か目にしていた内容で、僕はいまいちよくわかっていなかった。言葉しか知らない人からすれば「キリスト教なのにシオニズムってどういうこと?」と思うんじゃないだろうか。キリスト教シオニズムとはキリスト教徒がシオンに帰るという意味ではなく、ユダヤ教徒のシオニズムを一部のキリスト教徒が推進するという意味になる。

なんでそんなことをするのかというと、ユダヤ人がシオンの地に帰ることは、キリストの再臨のために必要だからだそうだ。どういう理屈でそうなったんだろう。簡単にまとめればキリスト教シオニズムとは

  1. 「シオンの地がユダヤ教徒の元に返ってくると聖書に書かれている」
  2. 「それが起こるまでキリストの再臨は無い(順番的に)」
  3. 「じゃあシオニズム推進しようぜ」

という流れらしい。こんな風にまとめてしまって怒られないだろうか。とりあえずそういうキリスト教徒は別にユダヤ人を応援しているわけでも差別やホロコーストに同情したわけでもなく、単に自分たちの利益、信仰のためにシオニズムを推進したみたいだ。利害の一致というやつだろう。

クリスチャン・シオニズム - Wikipedia

「キリスト教シオニスト」の実態

アメリカの関与

欧米目線になるが、パレスチナ問題というのはいつの間にかイギリスからアメリカへとバトンタッチされていた。それも実はかなり最近の話みたいで、第三次中東戦争後からだそうだ。第一次大戦中からイギリスが関与し、そこから数十年の間イギリスの問題として中東は扱われていた。第二次大戦が終わってもアメリカは興味を持っていなかった。では何故、何をきっかけにアメリカが関与するようになったのか。僕は石油利権とかそういう話だと思っていたら違った。冷戦構造だった。

アメリカの中東政策の原点は、ソ連が中東に影響力を持つの食い止めるための反共防衛構想から来ていたらしい。こういったアメリカの動きは当時東南アジアや中南米など、世界中のどこでもあった。よくよく考えればアメリカは反共しか頭になかったと言える。そして第三次中東戦争に勝ったイスラエルをパートナーに選んだ。

第三次中東戦争 - Wikipedia

アメリカはパレスチナ問題の仲裁に立とうとしたが冷戦構造とアラブ・ユダヤ対立のニュアンス、アラブ内でのまとまりの無さなども踏まえ事が上手く運ばず、そこにイランイスラム革命も加わりイラクへの支援、ソ連のアフガン侵攻、ソ連の崩壊、湾岸戦争へとどんどん泥沼へと足を踏み込んでいくあたりは僕らの世代であれば身近な出来事として知っている。石油利権も絡んではいると思うけどそのことはあまり書かれていなかった。

中央条約機構 - Wikipedia

まだぼんやりとしたまま

中東情勢についてはあまりにも複雑で、アラブ諸国はまったく一枚岩ではないしアメリカもイギリスも自国の利益を考えた行動を取っているだけでそれらは余計複雑に絡まり合うし、そもそもユダヤ教やイスラム教、キリスト教も含めた宗教のことがいまいちピンとこない。その関り合いも。そういった宗教の基本的なことまで含め新書で400ページ以上にわたって解説しているこの本は、ここでかいつまんだだけでは到底紹介しきれず、その内容における重要な部分でさえ一読しただけで覚えきれない。他にはアメリカにおけるイスラエル・ロビーの話とか911以降の話、アラブの春を東欧革命ではなくフランス革命の再来と見る見方など、取り上げたい項目はいくらでもあった。興味があれば読んでみてください。