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会った人たち

最近と言えば最近だけど、日本に帰ってきてからここ一ヶ月以内の間に会った人たち。旧友、前の会社の先輩、ネットの人、外国で知り合った日本人、初対面の外国人など短い間に様々な人と会ってきた。

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小学校の同級生

彼は3年ぐらい前ニューヨークに住んでおり、僕がカナダへ行く時についでに泊めてもらった。その半年後にもニューヨークで会い、それから彼もトロントに来て働きだした。トロントでは多い時に週1のペースで会い、よくティム・ホートンズでコーヒーを飲みながらダラダラと何時間も雑談していた。トロントからキューバにも一緒に行った。僕がカナダを離れてからは会っておらず、東京で1年ぶりの再会となった。

彼とは元々そんなに親しかったわけではない。地元が一緒で小中学校は同じだったが、お互い会えば話す程度で一緒に行動するようなことはなかった。高校は別で、大学生の時に共通の友人の家で再会した。僕が無意味な大学生活を送っている間、彼はイタリアでシェフの修行をしておりイタリア語が堪能になっていた。イタリア人の友人と囲んでいるビデオを見せてっもらったのを覚えている。当時(10年ほど前)彼は既に一眼レフを持っており、再会した我々や地元の風景などを撮影していた。僕はそんな彼に憧れていた。社会人になってからも一度だけ共通の友人経由で再会した。地元の友人同士で年に1回集まる機会があり、その時は温泉旅行に行った。彼は台湾人の彼女と別れた話などをしていた。

ニューヨークで会ったのが5年以上ぶり、きっかけはfacebookだ。その時僕はニューヨーク経由でトロントへ行くことを決めていた。彼がニューヨークにいることをfacebookで知り、ニューヨークで会おうということになった。彼はブルックリンに住んでいた。プエルトリコ人の元彼女と同棲しているが、その間は彼女が留守にしているということで泊めてもらった。高城剛の本を勧められ、今まで全然知らなかった高城剛のことを知ったのも彼がきっかけだった。

先月東京で会った時は「お前も日本にいるなら東京に来い」と言われた。外国人と関わることがしたいなら、京都にいるよりも東京に来たほうがいいということだ。それは確かに、思い当たるフシがある。海外で会った人たちは日本=東京だった。東京なら知ってる、東京なら行ったことがある、という人ばかりだった。京都にも外国人はたくさん来ているが、東京とは比較にならないだろう。しかも京都に来ている外国人は短期の観光旅行者ばかりだった。もしかしたら僕も東京へ行く羽目になるかもしれない。東京で外国人が集うシェアハウスをやりたいという人がいたら教えてください。

中学の同級生

彼とは中学を卒業して高校が別になってからも時々連絡をとっていた。彼もやはり地元で集まるメンバーの一人だった。元々はパソコンの話が合うような仲だったが、彼は高校生の時にバイクにはまり、サーキットでやるようなバイクレースに参加したりしていた。僕がバイクを買った時も彼に店を紹介してもらった。一度だけ周山街道を一緒にツーリングしたが、僕は彼を追いかけるのに必死なのに彼は立ち乗りしながらケツを振って曲がっていた。

彼は一度仕事を辞めてからバックパッカーになり、アジア、ヨーロッパ、アフリカを回っていた。その様子は随時facebookに投稿されており、僕の印象に残っている彼の旅行と言えばインドとエジプトだった。インドは長期いる間にインド人に何度もキレていた。エジプトはダハブやギザなどに2回訪れている。その間にダイビングのCライセンスも取っていた。エジプトはよく勧められるがまだ行っていない。スペインやモロッコなども僕より前に行っていた。バルセロナはもう一度訪れたいと言っている。台湾も一周しており、最近また行っていた。彼の旅行というのは国であったり土地であったり町であったり、その滞在する環境が中心みたいで観光が目的という感じではない。

僕がトロントから日本へ一時帰国した時も会っており、別の友人と一緒に彼の家に泊めてもらった。彼は戸建てをローンで購入している。バイクは今一周回ってSRに乗っている。僕が言うのも何だが彼は刹那的な生き方をしており、「思い立った時にすぐ行動したいから」などという理由で金を貯める毎日を過ごしている。これからどうする、なんていう予定はない。

オーストラリアで仲良くなった人

彼女はオーストラリアの農場で働く同僚だった。オーストラリアに来る前に世界一周している人で、旅先の話をすれば大体「知ってる」「行ったことある」と言う人だった。それが何故か僕のことを面白いと思ったみたいで、今でも交流が続いている。僕は世界一周もしていなければ、旅行もそれほどしていない。多分そういう面ではなかったのだろう。「見た目や雰囲気がおかしかったから」と言っていたような気がする。知り合った序盤から食いついてきていた。そういう好奇心旺盛な人だ。

同じ職場で働いている間、時々彼女の相談に乗っていた。打ち明けられた悩みというのは僕にとってあまりよくわからない話だったが、僕は相手の話を噛み砕いて読み解いて理解しようとする癖があり、話を聞いているうちに彼女は途中泣き出したりしていた。そうやっていつの間にか僕のことを、ある程度信頼するようになったりして打ち解けた。そういえば同じ職場の別の人の話を聞いていた時にも、相手の言うことを読み解いて「それってつまりこうじゃんじゃないですか」みたいに心理を探っていたら、幼少期の話や旦那、子供との関係の話までされていつの間にか泣き出された。僕は人の話を聞くのに向いてないのかもしれない。

彼女はちょうどフランスからスペインのサンティアゴまでの巡礼旅が終わったタイミングで、日本に帰ってきていた。1ヶ月ぐらいの間毎日30kmほどの巡礼路を歩いていたみたいだ。その間に様々な国の人と出会って友達になったらしい。彼女はその好奇心のおもむくままに移動する、典型的な外向けのバックパッカーだ。僕とは全然違う。オーストラリアのビザが残っており、これから戻ってまた働くということだった。またそのうちインドの方にも行くと言ってたっけ、カナダでワーホリするんだったかな。

オーストリア人

僕はカウチサーフィンにプロフィールを載せており、今現在自宅に泊めることはできないが会って話すことぐらいならできるという設定をしている。そこを見た人に「京都に行くから会って話でもしないか?」と誘われた。カウチサーフィンは通常宿泊を目的としたサービスだけど、宿泊先を提供していない僕のプロフィールを見て連絡してきた。そこに書いていたこととは、カフカが好きだとかドストエフスキーが好きだとか村上春樹を読むとかそういう本のことばかりで、彼も本や音楽、映画が好きだということだったがその好みが似通っており、こいつ暗いなと思った。

その日も雨だった。京都駅で待ち合わせ、そのあたりをブラブラと歩いた。彼は既に2度日本を訪れており、主要な観光地は大体周ったと言っていた。日本語も少しだけ知っていてなかなかの日本通だ。大都市よりも京都みたいな中堅都市、もしくは地方が落ち着くそうで、このあとは仙台まで行ってからそのまま東北を周ると言っていた。今年のバケーションは2週間らしい。「それって短くない?」と聞いたら「僕の会社は通常25日もらえるんだけど、今の立場上そんなに長く休むことができなくてね。でもその短くなった分は来年に持ち越せるんだ。だから来年のバケーションは長いよ」というようなことを言っていた。彼は大学で経済学を学び、今銀行員として働いている。大学には専攻科目を教える人がいなかったため、その間だけ別の大学にも通っていたと言う。

日本の小説も読むということで鞄の中から英語版の人間失格を取り出した。今読んでいる途中だそうだ。日本の小説で好きなのは夏目漱石のこころだと言ってた。やっぱりこいつ暗い。「暗いの好きでしょ?」と言ったら「確かにそうだ」みたいな事を言う。本についてはもっと踏み込んだ話をしたかったが、僕がそんなに英語を話せないためなんとなくで終わってしまった。映画は黒澤明をほぼ全て見ていると言っていた。どれが好きか聞いたら「赤ひげ」と「乱」だと言っていた。そのあたりもあまり踏み込んだ話をできなかったが、僕は「生きる」が好きだよとか言った。また、僕ら二人ともキューブリックが好きで、何かと共通の話題が多かったはずなのに僕の英語が下手なせいでもったいないことをした。

その代わり国際情勢についてよく話した。喫茶店で座って話したからかもしれない。その頃はイギリスのEU離脱を決める国民投票の前であり、ヨーロピアンとしてはどう思うかとか、僕らは二人共離脱しないだろうと言っていたから結果大きく外したことになる。難民問題の話もした。ヨーロッパではもうドイツとオーストリアしか難民を受け入れておらず、どこもシャットアウトしてしまっている。そのおかげでオーストリアに押し寄せる難民も増え、同じように外国人排斥のようなムードが高まっているとか言っていた。このあたりはイギリスのEU離脱問題とも重なり、さらに日本にとって深刻な北朝鮮問題とも絡めて話していた。ちょうどミサイルが上がった頃だった。もし北朝鮮が崩壊したら難民の世話をしないといけなくなるため、各国は現状維持を図っているなどと話していた。

また会いましょう

他にも会った人はたくさんいて、もっと普通の日常を生きている人たちの方が多いんだけど長くなったからこれぐらいにしておく。会って話すこと、話したことはたくさんある。またいつかどこかで会いましょう。