世界の料理好きにおすすめ「移民の宴」感想・書評

実は「知っておきたいマルクス資本論」を読んでいたのに難しくて、手を付けてしまった「移民の宴」を先に読み終えてしまった。

「移民の宴」は日本に住む外国人を訪ね、各国の食事をご馳走になりながら日本での生活を取材するという、日本にいながら海外を体験するような羨ましい企画をまとめた本だ。実際はすごく大変だったようで、取材だけで1年かかっている。著者の高野さんはどこにどうやって取材を申し込んでいいかわからず、連絡してみれば「取材協力で私にどんなメリットがあるのか?」と詰め寄られたり、「これは僕が出るテーマじゃないですね」と断られたり、「どうしてこんな連載を始めてしまったんだろう」と嘆いている。

それでも協力してくれたタイ人、イラン人、フィリピン人、フランス人、台湾人、イスラム系ビルマ人(ロヒンギャ)、沖縄系ブラジル人、インド人、ロシア人、朝鮮族中国人、おまけにスーダン人のアブディンとその奥さんたちというアフリカから中東、ヨーロッパ、東南アジア、極東アジア、日系ブラジル人まで多岐にわたる人たちの好意と高野さんの取材により、この本は日本国内のワールドガイドブックのようになっている。大変だっただろうなあ。

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日本の外国はどこにあるのか

本の冒頭に紹介されているが、在日外国人は日本に200万人いる。彼らは一体どこにいるのだろう。今まで知りあった在日外国人と言えばせいぜい在日朝鮮人何世といった人たちぐらいで、それ以外の国から来ている移民なんて接点がなかった。著者の高野さんは東京の人で、今回の取材も東京を中心に行われている。在日外国人はどこの国でも固まった場所にコミュニティを築くことが多い。この本で紹介されていた地域をまとめてみよう。

  • タイ:成田(千葉)
  • フランス:神楽坂(東京)
  • フィリピン:南三陸町(宮城)
  • 台湾:四谷(東京)
  • ロヒンギャ:館林(群馬)
  • 沖縄系ブラジル:鶴見(神奈川)
  • インド:西葛西(東京)
  • ロシア:目黒(東京)

イラン人、朝鮮族中国人、スーダン人については高野さんの知り合いだったためコミュニティという形で紹介されていない。

コミュニティを形成する要素は教会や寺、モスクといった宗教施設、学校、レストラン、職場が中心となっている。これらは必ずしもコリアタウンやチャイナタウンのような外国人街の様相を呈しているわけではない。多くは地域社会に溶け込み、地域住民への配慮も欠かさない。だから一見するだけではわからないのかもしれない。東京だけでなく我々の住む地域にも外国人は住み、そのどこかにコミュニティも存在するかもしれない。日本にいながら異国情緒というのは変だが、外国人コミュニティを訪れてみたくなったら宗教施設、学校、レストラン、職場などから辿っていくことで、日本に住む外国人たちと知り合いになれるかもしれない。

知られざる外国人の家庭料理

この本は在日外国人の家庭料理を取材することがテーマになっている。海外旅行をすると外食がほとんどで、その国の家庭料理を味わうことは滅多にないだろう。そういった異文化の知られざる一面がここで明らかになる。まず、どこの国の料理も日本の家庭料理に比べて圧倒的に手間がかかる。調理するのに3時間、4時間は当たり前、前日の下ごしらえから始まり、中には17時間かかっているものもあった。しかもそれらは大体奥さんが一人で作る、ごく一般的な家庭料理なのだ。手間がかかる分種類も彩りも味も豊富であり、もちろん量も多い。一度作った料理を何日かに分けて食べることが普通で、日本のように毎食違うものを食べたりしないというのは各国で共通していた。

そう言えば以前読んだ「恋するソマリア」で、高野さんはソマリ人の食卓に招かれていた。その際もあまりに豪勢な食事が並び面食らったみたいで、調理にも相当手間がかかっていることが伺えた。「ソマリ人は自宅に人を呼ぶと最大限にもてなすから、手間がかかってあまり呼びたがらないんだよ」と書かれていたことを思い出す。

そんな大変な祖国の習慣がある人たちも、日本に移り住んでからは簡単な日本食で済ませることが多いとか。多くの人は最初、日本の料理が口に合わなかったと言う。それが長年住み続けることで好きになり、今では日本の料理も祖国の料理もどちらも作れるという人が多い。このあたりは在日外国人といえど生まれ故郷や文化によって様々なので、読み比べると面白い。中華学校にはお弁当の保温器が設置されているのが当たり前で、その理由も「冷めた中華は不味いから」ということだった。日本人が通う学校では保温器があるなんて聞いたことがない(その中華学校も今は給食になったとか)。

外国人の発想

この本に出てくる在日外国人は日本語を話す人ばかりだったが、外国人ならではの発想がたくさんでてきて興味深かった。そのうちの一つはコスモポリタンの定義だ。コスモポリタンは国際的であるといった意味で使われており、フランス人のナビルさんから言わせると、パリはコスモポリタンだが東京はコスモポリタン(国際都市)ではない。一体パリと東京ではどう違うのか。

ナビルさんいわく、コスモポリタンの定義は同じ街にいろいろな国のコミュニティがあり、自分たちの言語、文化で生活が完結できる街のことを指す。それこそが真の国際都市であると。ロンドンもニューヨークもコスモポリタンだが、東京はまだそうじゃない。確かにそうだろう。僕は去年の春までトロントに住んでいたが、人口も経済規模も利便性も東京には遠く及ばないトロントにはイタリア人街があり、ポルトガル人街があり、ギリシャ人街があり、中華街もコリアタウンもあってまさしくコスモポリタンに当てはまる。

もう一つ、「寛容」と「排他的でない」ことの違いを挙げておく。これは外国人の考え方と直接関係ないが、ISKCONというヒンドゥーの新興宗教を受け入れるインド人のチャンドラニさんに対して高野さんが「インドの人は寛容なんですね」と言ったところ「寛容とは違います」と返ってきた。

「排他的でないんです。いろいろな考え方があって、どれが正しく、どれが間違っているとかではない。どれも正しい。それを理解するということです。」

ハッと目が覚める思いだった。確かに寛容とは「間違った存在や行動を大目に見る」という上からの目線がある。だがインドでは自分とは違うものが同居していることが常態なのだ。それをわざわざ追い出す行為が「排他的」である。p262

日本人に限らずどれだけの人がここまで意識できているだろう。むしろインドではみなこのような意識を持っているのだろうか、疑いたくなる。寛容ではなく「排他的でない」人なんてどこにいるんだ?

震災下の在日外国人

最後にこの項目に少し触れる。取材当時は2011年、震災のあった年であり、高野さんもボランティアに向かっていた。訪問先にフィリピン:南三陸町(宮城)があるのはそのためだ。在日外国人も大きな被害にあっていたが、フィリピン人の女性たちは非常に明るかったことが紹介されている。また、震災の二日後か三日後にはパキスタン人を中心とするムスリムが日本中から現地を訪れ、炊き出しを行っていた。異常に行動が早い。その理由は篤い信仰心だけでなく

「ふるさとのような気仙沼がこんなことになり、涙がとまらない。05年にあったパキスタンの地震でも日本をはじめ世界中から支援があった。少しでも力になりたい」p79

こういう声が数多く紹介されていた。彼らは助ける機会に躊躇せず、すみやかに行動した。自分は今までそういう機会を見逃してこなかっただろうか。遅れを取っていないだろうか。考え直させられる内容だった。

世界の料理が好きな人におすすめ

いろいろ脇道にそれたけどこの本は料理がメインです。レシピはないけれど各国の料理の特色、意外なことが紹介され、食事を囲む様子は写真も何枚か掲載されており、日本にある身近な異国の姿がありありと描かれている。外国料理のレストランによく行く人は間違いなく楽しめるでしょう。

移民の宴 日本に移り住んだ外国人の不思議な食生活 (講談社文庫)

移民の宴 日本に移り住んだ外国人の不思議な食生活 (講談社文庫)

 

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