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短編小説の集い「のべらっくす」第23回:感想編

今回増えましたね、「虫」なのに。前回の「海」のほうが余程書きやすいと思うんだけど、今回も人の作品の感想とその後ついでに自分の書いたやつを解説しようと思う。

「バグの心得」 - カプリスのかたちをしたアラベスク

一言で表すなら「あーこの人こういうの好きだったんだ」というのが如実に現れている内容だった。書いたマチャ彦くんとツイキャスやTwitterでやりとりしたとき「小説で最も重視するのは文体」「小説は物語(小説世界)を楽しむもの」「人物なんていなくていい」「共感なんて詐欺の手法」「意味や解釈なんてどうでもいい」という感じの、なにが言いたいのかよくわからない言葉が並んでいたけれど、これを読むだけでその意味がはっきりわかった。読者はよく、作品に込められた意味や作者の意図、メッセージなんかを読み取ろうとする。またそういう書評を書いたりする。映画でも北野武が自分の映画について「いろいろ聞き回ったけど俺の作品を理解したのは一人しかいなかった」なんて言っていた。映画でも本でも受け手はつい作品の意味や作り手を意識てしまいがちになるが、マチャ彦くんの姿勢は全然違ったことがこれを読んだだけでもわかる。だから、こう言うと失礼なんだけどこの作品は実に安部公房的だ。ただそこにそういう世界があり、意味なんて全然わからない。数学者がいて、「虫かご理論」という理論を提唱し学会で話題になったが失踪の後に死亡した。その足取りを論文と研究から辿るという物語である。さしずめ彼は数学者という虫かごの枠内でしか観測されなかったというところか。

「虫の知らせ」 - ときまき!

「虫の知らせ」というタイトルがオチになっていることを気にせず読んでしまった。オタクの男性がオタクじゃない彼女とケンカして、妥協点を探ろうとしていたところ部屋の中を飛んでいる羽虫が鍵になる。オーストラリアに住んでいたとき、都市部ではなかったため蝿がめちゃくちゃ多くて、僕はせっせと1日15匹とか殺してんたんだけどあまりに多いとだんだん慣れてくるもんで、ヨルダンへ旅行したときも死海のビーチにいるとあまりに蝿が多いためいちいち構っていられなかった。しかし、日本に返ってくると1匹いるだけでどうにもならない。気になって気になって殺さずにはいられない。慣れって環境が変わるとあまり役に立たないなあってことを思いながら、いらだちを増幅させる羽虫の存在を追いかける登場人物の姿を見ていた。僕がオーストラリアやヨルダンにいたときのように、もし羽虫が気にならなければこの物語は成り立たなかっただろうなと思う。もしくは違う結末を辿っていただろう。自分が透ける存在であることに気づくのにもっと時間がかかったかもしれない。自分の周りだけを飛び回る羽虫が、虫の知らせの役割を果たすなんて思いもよらなかったかもしれない。羽虫が嫌な意味で生活に密接していたおかげで功を奏した。たまには役に立つね。

「BUG -Backup of Universal Globe」 - さよならドルバッキー

SFだった。脳内意識のバックアップが取れるようになり、バックアップの更新を繰り返しているうちにある日バックアップ側の視点に切り替わった話。オリジナルは今まで通り存在しており、システムの誤動作によって視点が切り替わったわけではなく、今までにも存在していたバックアップ側の視点へ話の方向を切り替えたことでSFホラーのような展開になっている。通常のバックアップとなれば電源が入っていない限りただの眠っているデータなんだけど、ここではその電源オフの状態で意識だけが覚醒してしまった、言うならば体が眠っている状態で意識だけが目覚めてしまったような状況を描いている。話はそれるけれど、SFにおいてタイムトラベル物が描かれるとき同様の事態がある。タイムトラベル物では複数のパラレルワールドが描かれることが多いが、物語の主軸は大抵一つの視点に絞られる。時間移動によって未来に起こる事件の原因を取り除き、未来を変えるというのがタイムトラベル物の定番なんだけど、じゃあ変わらなかった方の未来はどうなるのかというと、焦点を当てられることはほとんどない。ドラゴンボールに出てきた未来のトランクスの話で「たったひとりの戦士」というものしか僕は知らない。そういう、同じ存在の不幸を背負った側の物語だった。

「蟋蟀の夢」 - なおなおのクトゥルフ神話TRPG

君の名は!コオロギだったという身もふたもない話。まさか君の名を呼ぶ相手がコウロギだったというこんな悲惨な話はあるだろうか、新海誠で映画化したらとんでもないホラー作品になる。中高生カップルは見に来ないだろうし昆虫マニアかグロホラー好きばかりの集まるB級ホラー作品として話題になるかもしれない。君の名はさておき、夢を見ているときにそれを現実だと意識していることの方が僕は多い。夢の中で「これは夢だ」と気づくことが多いという話があるけれど、僕は人生の中でまだ一回しか気付いたことがない。多くの夢の中では夢こそが現実だと思い込んでおり、その状況に翻弄されている。ときどき、今この現実のほうが夢なんじゃないかと思うこともある。ほとんどの夢は短くてすぐ終わるが、長い夢を見ていればそちらのリアリティがより増していく。ノンフィクション作家の高野秀行は「怪しいシンドバット」という本の中で幻の幻覚剤ヤヘイというものを飲み、千年の夢を1時間で体験していた。その1000年間が実に長く、起きて1時間しか経ってないことを知り涙が出たそうだ。現実より長い夢なんかを見てしまうと、それはもうどちらが現実と呼べるのか、どちらの経験を主軸に置けばいいのかわからなくなる。幸いコオロギの夢は短かったものの、これがもし亀の一生だったらそちらのほうがメインの人生になっていてもおかしくなかった。

「カマキリ嬢」 - 物語る亀

事後の話だ。ベッドの上で眠る子供っぽい男と、その子供っぽさを愛でる女。女性が女らしさを演じるように、男性も男らしさ(子供っぽさ)を演出することはよくある。ただここでは女性視点から描かれているため一方的である。男性は遠回しに何か伝えようとしていて、女性は真意に気づいている。男女の姿というのはいつだってこうも、たぬきとたぬきの化かし合いなのだ。特にベッドの上ではそれが顕著だろう。まるで外交のように、表面は取り繕う限りそこに真の協力関係なんてものは存在しない。お互いが自らの利益を最優先に考え、それを引き出すための駆け引きを終始取り組んでいる。利害の一致。持ちつ持たれつ。しかしその願望は独立しており、互いが相手と同じ望みを持つことはない。同一の存在にはなれない。相容れない者同士の融合は叶わず、女はあくまで自分が主体であろうとする。相手を自分のために利用しようとする人間は、所詮同じように利用されるだけの関係で、国同士の同盟関係と同じように情勢が変わって利害が一致しなくなればそこで終わる。また、情勢に変化がなくてもどちらかの気が変わればそこで終わりだ。そこに本当の意味での相手は存在せず、自分しかいない。

「虫である前に、水であれ」 - Almost Always

なんだろう、状況としてはバーかどこかでお酒を飲み、外を歩く話だ。バーではカクテルを飲むが、会話が弾んでいるわけではない。男は眠気を感じると言いつつも、自分と女の状態を虫に例えながら考えていた。男と女とでは明らかに空気が違う。温度が違う。それが蛹と蝶として表されている。男はあまり明るく振りまくタイプではない。口数も多くない。女はどちらかというと、華やかなのに落ち着きが感じられる。そういう二人がバーを出て夜道を歩く。その情景だけが浮かぶ。

「虫男」 - ドーナツの穴

うーん、合わんかったんだね、残念と言いたくなる。僕はどちらかというと虫はすぐ殺してしまうし、道端でネコにいじられていようと気づきもしないだろうし、ましてや逃したりもしない。外で野良猫がゴキブリを追っかけまわしている状況に遭遇したことがあるけれど、僕は逃げた。だから当然ムカデなんて触れず、ここでは女の気持ちに近い。虫に対してそういう態度を取っているから、ときどき「生き物を大事に」みたいなことを言われることもある。特に仏教徒の人に。だからこの二人も相性が悪かったんだ。ムカデを取るか、女を取るか。さてどうするんでしょう。

「生き様、死に様」 - 明日は明日の風が吹く

動物や虫がとても人間臭い。これは一人の男性の妄想であり、犬やコオロギが自分と会話しているように聞こえる。彼は、ときどき街にいるそういう人だが、表立ってバレてはいないのか、もしくはそれも含めて受け入れてもらっているのか、犬の散歩というバイトをしている。統合失調症は自分とそれ以外の区別が曖昧になる病気であり、周りの音が自分に向けられているように感じたり、他人の考えが元々自分が考えていたことを読み取られたように感じる。犬が自分に向けて喋っているように感じることもあるだろうか。そしてコオロギが。元々そういう人だったのかもしれないし、もしかすると問題を解くのを辞めたからか、離婚が引き金だったのかもしれない。数学、幻聴、離婚となると真っ先に思い浮かぶのがジョン・ナッシュだが、ああいう激しさはここにはない。秋夜の散歩と寺が相まって、穏やかな空気が流れている。彼は犬とコオロギに相談する。犬もコオロギも人間臭いが、結局はそれぞれの立場に沿った答えを出す。彼はそこにヒントを得たように思いつつも、無意味であるように思う。

宴会にて

自分のは振り返りという形になる。直江兼続と本多忠勝がサラリーマン風の会話をするという設定。主題は兜の飾りについて。なんでだったか忘れたけど偶然見ていたサイトにあの、伊達成実の虫の兜の写真があり、これをテーマにしようと思った。兜となると、会話に出しやすいのがやはり愛の前立ての直江兼続。さすがに誰でも知っている前提で登場させた。本多忠勝も有名どころだが、これを読んだ人がどの程度話についていけるだろうと心配していた。他にも反省点は多く、あまりに会話劇だけになってしまったことや、設定条件があやふやで頭の中に思い浮かびにくいことなど。花の慶次でいろいろな武将が一つの温泉に浸かるシーンがあり、自分としてはああいう感じを思い描いてたんだが戦国武将に詳しいわけではないため、状況や言葉遣いに凝ることができない。結局どうしようかなーと思っているうちに知っている範囲のサラリーマンにしょうということで今の形になった。伊達成実に喋らせようかとも思ったけどやめておいた。

全体的に見て

後の方へいくと感想がだんだんてきとうになってきたけど、男女絡みの話が非常に多いですね。僕はそういうの今まで書いたことない。今回設定がおもしろかったのは「BUG -Backup of Universal Globe- - さよならドルバッキー」だった。今まで読んだゼロ助さんのやつの中で今回のが一番好きだった。次回も書けそうなテーマであれば参加します。