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「君の名は。」vs「まどか☆マギカ」

先月に見た「君の名は。」の流れでアニメ映画をいくつか見ており、新海誠は「秒速5センチメートル」と「言の葉の庭」を見た。それ以外にも亡くなられて気になっていた、今敏の「パプリカ」「パーフェクトブルー」を見た。他に何かあるかなーと思っていたら、ああそうだ、手を出していなかったなーと思いつつ遠ざけていた「まどか☆マギカ」があった。これは2011年のTVアニメで、当時話題になっていたのは知っていた。友人に勧められたこともあったが、あえて見ようとは思わなかった。今回たまたま劇場版の総集編と続編があることを知り、「魔法少女まどか☆マギカ」っていうタイトルで子供向けみたいな絵だけど、そんなに凄いと言われるんだったら見てみようと思った。

 

「君の名は。」よりも「まどか☆マギカ」だった

単純に「君の名は。」と比べるのは難しいが、まず話のスケールが全然違った。「まどかマギカ」で一番驚いたのは、そのスケールの大きさだった。しかもその大きなスケールの話が「君の名は。」よりも細部まで緻密に設計されている。「君の名は。」は話がぼやけていて、よくわからない雑なところが多かった。それは理解とか解釈というより単純に書かれていなかったから、情報不足としか言いようがない。これは映画の尺の違いもあるかもしれない。「まどかマギカ」は劇場版2本で4時間、続編もしっかり2時間あり、大きなスケールの中に話をぎっしり細かく詰め込むことができた。そういう意味でも「まどかマギカ」はSFとしてしっかり書けており、「君の名は。」はSFかオカルトか恋愛なのかよくわからない話になっていた。そう、「まどかマギカ」はSFだった。魔法少女なんてタイトルをつけておきながらファンタジーではなく、いわゆる「プリキュア」みたいなやつとか(見たことないけど)、セーラームーンみたいな話でもなく、思いっきりSFだった。設定だけ見れば何に似てるだろう、SFと言っても宇宙物でもないんだけど、こないだ見た「インターステラー」に近かった。

どっちの絵がキレイか

キャラクターの動きや表情などの表現については完全に「君の名は。」に軍配が上がる。というのも、「まどかマギカ」ではキャラクターの絵の演技というのが無いに等しかった。のっぺりとした線だけで表現されている。キャラクター以外の絵で言うと、「君の名は。」の背景や小物、乗り物の描写がしっかり描かれているのは言うまでもない。「まどかマギカ」はというと、もうデザインの世界になっている。何かを表すために絵を描くというよりは、デザインを描くことによって世界を表している。個々の物体を意識して描いているというよりは、全体のデザインを描く中で個々の物体を浮かび上がらせているという感じの統一感がある。制作会社の特徴みたいな部分もあるんだろうけど、特に近代建築と魔女の領域を描くときの評価が高い。戦闘シーンにも手間がかかっている。

「魔法少女」はちょっと…

だからと言って「君の名は。」を見た人に「まどかマギカのほうが良かったから見ろ」なんて言う気には全くならない。「君の名は。」は飽くまでライトでありハッピーエンドでもあり誰にでも見せられる万人向けの映画だから、人に勧めるとしても相手を選ばなくていい。そのあたりが興行収入130億を超えるヒットにも繋がっている。しかし、「魔法少女まどか☆マギカ」これはなかなか人に勧めづらい。「君の名は。」とは違って、いくら面白かったと言ってもオタク層以外はまず見ないだろう。タイトルと設定、何より絵の敷居が高い。大の大人が人に勧めたり感想を書いたりするのは「君の名は。」でさえ抵抗があるのに、「魔法少女まどか☆マギカ」なんて言い出したらロリコンと疑われる恐れがある。ただ実際のところ、ロリコン変態オタク向け要素があるかというと、ゼロだと思っていい。この点に関しては「君の名は。」の方がまだそういう要素が多い。さらに「まどかマギカ」は「プリキュア」や「セーラームーン」のような少女向けアニメとも全然違う。

物語の難しさ、複雑さ

どこがどう違うかというと、話の難しさが全然違う。それは勧める対象が狭まることにも関わってくる。「まどかマギカ」は大人向けとまでは言わないにしても、物心がついていて考える力がなければ理解できない。エンタメにしては設定と展開があまりにも複雑であり、その都度噛み砕いて理解していかないと、話についていけなくなる。この複雑さはエヴァンゲリオンを見たときのことを思い出させられた。考えないで見ていると、わけのわからないままストーリーが進んでいって「え?」と思っているうちに意味のわからない形で終わってしまう。エヴァンゲリオンは文脈を読まないと話が繋がらなかった。映像だけを見ていてもわけがわからなかった。見る人によってあらゆる方向に解釈が分かれた。

「まどかマギカ」についてはエヴァンゲリオンのような抽象的なところはなく、話の筋そのものは作中で詳しく説明してくれる。それがかなり難しい。考えることを要求される。「君の名は。」はそもそもそんなに難しい話じゃない。それに加えて何も考えずともただ映像を見ながらストーリーを追っていくだけで楽しめるような仕組みになっている。そのわかりやすさが興行収入にも結びついており、エンタメ作品「君の名は。」とアート作品「まどかマギカ」というわかりやすい対比ができる。

「まどかマギカ」は底抜けに暗い

「君の名は。」は現代的な世界観にオカルトを足した話で、絵や音楽の効果もあり明るく爽やかな物語に仕上がっている。恋愛要素やハッピーエンドもあり誰にでも勧めやすく、一緒に見に行きやすい。性別も世代も選ばない。一方「まどかマギカ」はと言うと、底抜けに暗い。グロや残酷趣味の描写が過剰とまでは言えないものの、子供が間違って見ようものならトラウマになってもおかしくない。終わり方はバッドエンドではないんだけど、決して明るいラストでもない。「魔法少女」「難解複雑」「底抜けに暗い」という3要素が揃えばやっぱり人に勧めにくいのだ。

それでもかなり話題になったから、僕が今更誰かに勧めたりする以前に見る人は皆既に見ているだろし、知っていても見ない人は一生見ないだろう。何らかの形でこの物語に触れ、最後まで見た人だけが「まどかマギカ」の世界に入り、語ることを許される。もし気になった人がいれば、TVシリーズ版は長いから見なくていい。劇場版の「前編」「後編」「新編」だけ見れば事足りる。また、冒頭の「魔法少女」な展開が続いても、最初の1時間は我慢して見てほしいということだった。

両方見た人ならおそらくみんな「まどマギ」の完全勝利で「君の名は。」なんて相手にならない、そもそも比較対象にならないと思っているはずだ。「君の名は。」は興行成績という点においてある種の転換期を示すような作品になったかもしれないけれど、「まどマギ」は業界全体の流れみたいなものを大きく変えた作品だった。

アニメ・イズ・デッドと非日常系

最近岡田斗司夫のyoutubeチャンネルをよく見ており、そこに山本寛というアニメーションの監督がゲストで出ていた。その山本寛が岡田斗司夫の「オタク・イズ・デッド」を踏襲する形で「アニメ・イズ・デッド」という講演を行い、ブログに動画が貼ってあったので見た。そこで「まどかマギカ」についてほんの少しだけ触れている。山本寛はアニメーション表現における類型の主流がセカイ系→日常系→非日常系というように移り変わっていったと言っている。そのいわゆる非日常系の先駆者であり代表格がこの「まどかマギカ」だった。だから「君の名は。」にあるような、普通の日常を送っているとある日突然非日常に巻き込まれるという展開も、「まどかマギカ」から続く同じ系統に則っただけの、「まどかマギカ」以降だと言える。

「ガンダム以降」とか「エヴァ以降」とか「大友克洋以降」とか、業界の流れ全体を大きく変えた作品があると、それ以降の人たちは真似をしたり流れに逆らえなかったり、自然に取り込んでいたりする中で、一つの時代が生まれる。そういった歴史的転換のきっかけとなった作品・作家を冠に「〜以降」という言い方をする。さっきのセカイ系→日常系→非日常系という転換の流れに沿うなら、セカイ系が「エヴァ以降」で日常系が「ハルヒ以降」となり2011年から続く非日常系の潮流が「まどマギ以降」になる。

非日常系「まどマギ以降」の中身を具体的に言うと、「君の名は。」や「シュタインズゲート」のようなタイムリープをシナリオ展開を使った作品は全て「まどマギ以降」と片付けることができる。シュタゲに関して原作はまどマギよりも早く、TVアニメはまどマギよりも少し後になり偶然にも非日常系の潮流を決定付ける二大巨塔になったんじゃないだろうか。シュタゲよりもまどマギの評価が高いのは、世界観のスケールも深みも表現技法も上だったから。まどマギがなくシュタゲだけだったとしても、「シュタゲ以降」にはならなかったと思う。