本気の人はおもしろい「怪魚ウモッカ格闘記」感想・書評

「もうアートなんか超えた、まったく新しいジャンルですよ」

これは当時39歳のノンフィクション作家、高野秀行が「謎の怪魚ウモッカ」を探しにインドへ向かう話だ。約10年前の現代、2006年に書かれた本である。「謎の怪魚ウモッカ」とは、日本人のモッカさん(ハンドルネーム)が1995年にインドのプーリーを訪れた際に、目撃したものだ(魚+モッカの造語でウモッカ)。モッカさんは惜しくもカメラを持参しおらず、その場で描いたスケッチだけが唯一の手がかりとなる。ウモッカのスケッチは現在確認されているどの海洋生物にも当てはまらず、図鑑にも載っていない。海洋学専門家に尋ねてもそんなものは見たことがないと言われる。もしウモッカが確認されれば、シーラカンス以来の世紀の発見になるかもしれない!「怪魚ウモッカ格闘記」の始まりだ。

こういうときに我々はどうしても結果だけに注目してしまう。

「で、ウモッカ見つかったの?」

もしウモッカなる生物が日本人作家に発見され、それがシーラカンス以来の世紀の発見であれば、世界を震撼させるニュースになっていただろう。

「あ、じゃあやっぱ見つからなかったんだ、つまんね。終了」

そうなってしまいがちだ。そりゃあ見つかるに越したことはない。高野さんも見つけるために計画を立て、インドまで向かったんだから、結果を出すことが何よりも重視されていた。しかし…というわけだ。

じゃあこの本は一体なんだろう?「怪魚ウモッカ格闘記」。謎の魚を追い求めたこの本に書かれていることとは、この本を読む意味とはなんだろう。ロマンか?そうかもしれない。冒険譚か?そうかもしれない。自己満足か?とてもそんな内容ではなかった。僕がこの本で一番の見どころだと思ったのは、「怪魚ウモッカ」にまつわる人たちの人間模様だった。

人間賛歌

「怪魚ウモッカ格闘記」は、過去にムベンベや野人を探索していた高野さんの元に寄せられた、一通のメールに端を発する。

ぜひ!インドの『謎の怪魚ウモッカ』を探してください!

ウモッカの情報元は、UMA(未確認生物:造語)を扱っているウェブサイトらしい。

手足付きの怪魚・ウモッカ

高野さんはサイトの管理人さくだいおう(ハンドルネーム)さんにコンタクトを取り、会って話をする。さくだいおう氏は40歳の男性、愛知県内の私立大学講師(生物学)兼、救急医療のアドバイザーという非常にまともな人だった。

さくだいおうさんは元来ひじょうに優秀な人である。天才肌といってもいい。大学で生物学を専攻、卒業後は医療機器メーカー研究員として世界六十ヶ国で活動、主に中東で仕事をしていた。JICAスタッフを兼任していたこともある。

こんな人がUMAのサイトを運営しているのだ。しかも1日1万PVを超えるという。未知の生物についてのウェブサイトを運営しているなんてことは、やはり世間には公言していないらしい。当たり前だが。

世間では「未知動物 = インチキ」、ひいては「インチキなものが好き = ヤバい人間」と思われがちらしい。少なくとも、さくだいおうさんに限らず、他の未知動物好きもそう警戒している人が多い。

世間に隠れて、ひっそりと好きなことをやっている人がいる。それは表に出られないような日陰者だけでなく、表の世界でまっとうに活躍している人の中にも存在する。さくだいおうさんはただのUMA好きにとどまらなかった。他にも独力で老齢学を研究しているという。

「人間は百パーセント老化し、死ぬ。それを防ぐのがぼくの夢です。この研究でノーベル賞を獲りたいですね」と微笑む。

ガチなのだ。

ウモッカの情報を集めるにあたり、高野さんは既に2回ウモッカを探しに行ったことがあるタカさんという人物にも会って取材をする。この人も40歳で国際援助関係の仕事をしているというまともな人だ。しかし、

この人もまた一般道二百キロ級の人だった。それは、「ネッシーを生け捕りにするためにネス湖に巨大な網を持っていったことがある」という逸話からもすぐわかるだろう。

ガチ勢なのだ。

いやーいるもんだねこんな人。普段会ってみれば普通の人だろうし、日常生活で関わっていたとしても気づかない。しかしやっていることはどう考えてもブッ飛んでいる。本気になって探せば、きっと身近にもいるんじゃないだろうか。

そして第一発見者であり、スケッチを描いたモッカさんにも会って話をうかがう。その後海洋生物の専門家にも会い「怪魚ウモッカ格闘記」は本格的にスタートする。

今回探索のパートナーに選ばれたのは「ワセダ三畳青春記」で高野さんと占い屋台をやっていたキタ氏だ。彼も非常におもしろい。高野さんと一緒にインドへ探索に向かうわけだが、3ヶ月の長期になるため彼は仕事を休んで参加する。

今回はわざわざ社長に事情を説明し(「友だちの手伝いでインドへ謎の魚を探しに行くことになった」と正直に言ったらしい)、長期の無給休暇(バイトだから当然だが)をとったという。

彼らはみんな40近い日本人男性なのだ。かっけー!!かっけーとしか言いようがない。よく考えてください、40近い人がインドへ謎の魚を探しに行くと言って3ヶ月バイトを休む、私立大学の講師が不老不死の研究でノーベル賞を狙っている、国際援助関係の仕事をしながら巨大な網を持ってネス湖へ行く、なんなんだこの人たちは一体。そう、彼らは間違いなく本気なんだ。カッコよすぎる…こんな人、自分の周りには全然いない。見たことがない。知らないだけかもしれない。実際にいるんだこんな人、っていう人ばかりが出てくる。うらやましい。こんな人たちと知り合える高野さんがうらやましい。何よりこれを率先してやって本を書いている高野さんがうらやましい…。

「内容がバカげている」

そう思う人は、何かに対してここまで本気になれるだろうか?本当に彼らをうらやましいと思わないだろうか?

「それで、あなたは何をやっているんですか?」

「人生楽しんでますか?」

そう言われているような気がする。

そんな本気の人たちの人間模様が描かれた「怪魚ウモッカ格闘記」、彼らはもうアートなんか超えた、まったく新しいジャンルなのだ。(ウモッカはどこへ行った) [asin:B00KRYD4DO:detail]

お題「読書感想文」