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ケチな私は何故ケチなのか

お金の話。お金に細かいというか、うるさいというか、ケチである。何かとお金に換算して物事を考えるし、割に合わないとか割安だとか割高だとかいう考え方が根底にある。金に汚い…のか?お金を出し惜しみはするものの、自分では金に汚いとは思っていない。というのも、僕がケチなのはお金が好きだからではなく、嫌いだからだ。普通ケチと言うと、お金が好きでお金を稼ぐことに最大限の関心を寄せ、稼いだお金を貯め込んで手放さない、というイメージがある。貯金が趣味だという友人は、飲み物は必ず持参する、昼は納豆とご飯だけ、通帳の残高を眺めるのが趣味で、働いて節約してときどき贅沢をして喜んでいる。彼女もケチだが、僕とは種類が違う。僕はお金が嫌いだから、稼いだり貯めたり使ったりすることに興味がない。

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お金を嫌いっていうのはどういうことかというと、厳密に言えばお金そのものが嫌いというわけではない。お金を得るために対価を支払わないといけないのが苦痛なのだ。例えば労働力であったり、ストレス、神経をすり減らしたり、拘束時間、そういった苦痛と交換してお金は得られる。そういうのが全部嫌だ。そこまでしてお金ほしくないなーと思う。お金なんか得てもうれしくない。働いて得られるお金よりも、働くことによって受ける苦痛の方が大きいと感じる。かと言って、お金なしでは生きていけない。だから割に合わないと感じ、いやいやながらも仕方なく、苦痛をお金と交換する。手元にあるお金を出し惜しむのは、それを得るために支払った対価である苦痛を出し惜しんでいるのだ。お金を使ってしまい、また得ようと思うとまた苦痛に耐えなければならない。それが何よりもつらい。だからなるべくお金は使いたくない。

苦痛と交換で得たお金でも、それ以上に価値があると思ったことには簡単に使う。でもあまりそういうことがない。消費することによって得られる喜びや対価が、お金を得るために費やされた苦痛を上回ることがあまりない。だから、何かを得るときはなるべく安く手に入れるか、タダで得ようとする。それは得したいからではない。苦痛のストックであるお金を手放して、またお金を得るために新たな苦痛を背負いたくないからだ。痛みに対する怯えに近い。だから、なるべくストックの減らない割安な手段・物を探す。それでもお金を払ったほうが手軽なときは、お金を払って済ます。例えば旅行するとき、スウェーデンやポーランドみたいに泊めてくれる人が簡単に見つかるところでは、人の家に泊めてもらった。モロッコやボスニアは敷居が高かったから、ホステルに泊まった。

お金を稼ぐ過程で苦痛を感じない人、平気な人、苦痛を帳消しにする喜びや楽しみを得られる人がうらやましい。そんな人生だったらどれだけよかっただろう。そんな過程を経て得られたお金なら、いくらでも無駄遣いしていた。しかし現実はそうではない。お金を稼ぐために苦痛を背負い込み、背負い込んだ苦痛を解消するためにお金を使う、その自転車操業によって心身は摩耗していく。資本主義経済に生きる現代人の生活は、お金を中心に周っている。つまり、人生は苦痛を中心に回っている。生きるということは、ただの苦痛でしかない。それはとらえ方次第で変わるという発想もあるが、そもそも強引に見方や発想を変えなければいけない時点で、根源的にやはり苦痛なのだ。そして苦痛を回避しようとすれば困窮し、生きることがより困難になり、さらなる苦痛にさいなまれることになる。かと言って苦痛を甘んじて受け入れていけば、その分だけ生きることが楽になるほど単純でもない。生きることは苦痛と、その先にある死に向けて一方通行である。

言い換えれば、苦痛さえ感じなければタダ働きでもなんでもやる。苦痛を帳消しにする喜びや楽しみを得られるなら、お金を払ってでもやる。最低限の生活をおくるために苦痛を背負わなくてよくなれば、生きることがどれだけ楽になるだろう。セーフティーネットがあれば、僕はケチじゃなかったかもしれない。

仏教・インド哲学

「生きること=苦しみ」という考え方は、仏教やその源流であるインド哲学にも見ることができる。死を迎えてもまた新たな生が始まることを輪廻転生と言い、我々は転生を繰り返すことで「生=苦しみ」の輪に囚われている。その輪から逃れることを解脱と言い、解脱するための方法を研究し、取り組むのが仏教でありインド哲学だと言える。

この考えの中では、「生=苦しみ」が固定されている。苦しみから逃れるためには解脱するしかない。生きながらも苦しみから逃れるなんてことはありえないのだ。だから僕も現世の苦痛に苛んでばかりおらず、先の解脱に向けて早くインド哲学を勉強し始めた方がいいのかもしれない。

インド哲学・哲学早わかり | Philosophy Guides

お金を使わないひろゆき

ニコ生でひろゆきがお金に対する考え方を話していたんだけど、僕とかなり近かった。彼の考え方は「お金を使ったらまた稼がないといけないから面倒」というものだった。彼は僕なんかより徹底していて、安いか高いかではなく基本お金を払わない。「外食は奢ってもらう」「服は友達からもらう」「月1万5千円しか使わない」などとなかなか真似できるものではない。そういうのを全部相手の心象を害さず、コミュニケーションでこなしてしまう。しかも20代後半で月収2000万あったぐらいの億万長者だから、金がないわけではない。状況も全く違う。

ひろゆき ニコ生 2016/12/22 - YouTube