「爆笑問題のススメ」に見習う

昨日のリスペクターの話のつづき。

以前にTwitterで、文学界が盛りあがらないという話を見かけた。文芸誌は売れておらず、ピース又吉が芥川賞獲ったりしないと一般読者層はついてこない。その流れも極めて一部、一時的であり、安定しているのは村上春樹が既存の文学界とは別に極めて異例の形で一般読者層にも売れるぐらい。このままでは文学界は危ういのではないかというような話だった。

しかし文学賞選考への持ち込みは多いそうだ。その中でも一部は「文藝春秋」や「文學界」「群像」などといった文芸誌を一切読まず、テレビで取り上げられる有名な芥川賞を獲って成り上がりたいだけの一般読者層だという。僕自身、小説を書いたこともなければ文芸誌を読んだことがない一般読者層だ。そもそも現代文学をほとんど読まないというのもあるが(「火花」は読んでいないが「コンビニ人間」は借りて読んだ)僕みたいなときどき本を読む一般読者層が、なぜ文学界のことを全く感知せず、文芸誌を手に取ったこともないのか。それはやはり敷居が高いから。

「ダ・ヴィンチ」は一般向けの雑誌?

そういう意味では雑誌のダ・ヴィンチなんかが一般読者層向けに成功している一例なのかもしれないが、僕はやはり読んだことがないので詳しくはわからない。webサイトを見てみると文芸だけでなくノンフィクション、新書やマンガまで幅広く取り扱っているみたいだ。

ダ・ヴィンチ 2017年3月号 [雑誌]

ダ・ヴィンチ 2017年3月号 [雑誌]

パッケージが手に取りやすい

ダ・ヴィンチニュース | 人生に、ちょっと役立つ知識と知恵を

とにかく文学界を盛りあげようと思えば、今読んでいない層、すなわち一般読者層へマーケットを拡げるしかない。そのためには文学のクオリティを上げるわけでもマスコミへ広告を打つわけでもなく、僕みたいな層を取り込むために間口を広げて敷居を下げることが必要になる。

つまり、既存の文芸誌はそのまま残しておきながらダ・ヴィンチみたいなわかりやすいパッケージで手に取りやすい敷居の低い雑誌を作ること。しかし僕はダ・ヴィンチを読んだことがないからなんとも言えない。あれはやはり本に興味がある人が手に取る雑誌であり、まだまだ敷居が高いとも言える。もっとライフスタイルに身近にする必要があるのかもしれない。そもそも僕は字を読むのが嫌いだから、雑誌よりもっと絵や映像で見せてくれたほうが入りやすい。そこで思い出したは、タイトルにある「爆笑問題のススメ」だった。

「爆笑問題のススメ」とは

「爆笑問題のススメ」は2002年から2006年にやっていた番組で(長いな)、主に作家や映画監督、漫画家などを呼んで、作品や作家を紹介したり爆笑問題が絡んでトークをするという内容だった。呼ばれたゲストはこんな人たち(一部)。

俵万智、糸井重里、中村うさぎ、森村誠一、リリー・フランキー、岩井志麻子、富野由悠季、中島らも、永井豪、乙一、福本伸行、みうらじゅん、倉田真由美、辛酸なめ子、京極夏彦、TETSUYA、平野啓一郎、野坂昭如、松尾スズキ、市川拓司 、Yoshi、大槻ケンヂ、楳図かずお、渡辺浩弐、綾辻行人、和田秀樹、小林信彦、鈴木光司、岡田斗司夫、角田光代、江口寿史、渡辺淳一、よしもとばなな、桂正和、阿刀田高

テレビなどでよく知られた人から、誰それっていう人まで幅広いが、その界隈で有名な人(もしくは有名だった人)であることは間違いないだろう。10年以上前の番組なので詳しくは覚えていないが、テレビ番組ということで今まで知らなかった作家や本を知るにあたっての敷居はかなり低かった。長く続いたため番組としての人気もあったんだと思う。これこそがまさに、一般読者層を取り込むための至上の形ではないだろうか。

爆笑問題の「文学のススメ」

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爆笑問題の「文学のススメ」 ☆☆☆ - 琥珀色の戯言

敷居を下げることの本質

テレビ番組を作るのは予算がかかり簡単なことではなく、何もこの形式を踏襲すべきという意味ではない。同じことができなくても、ここから一般読者層獲得に向けて見習うべきことはたくさんある。雑誌なんかでよくやっている「芸能人の愛読書」みたいに、一般的に名のしれた芸能人を使ってそのファン層から読者を取り込むという手段もその一部だ。少し前に流行った、有名マンガ家に古典文学の表紙絵を描かせるのも読者層を拡げる手段として貢献した。

共通しているのは、今まで文芸に興味がなかった一般読者層の目線まで敷居を下げていること。分かりやすい芸能人、マンガ家の絵、映像といった手段を用いて導入しやすくしていること。しかしこれらの手法はまだまだお金がかかる。もっと安く効果的な手段があるはずだ。例えばYouTuberなんかは無名だった人が低予算で作っているが、爆発的な人気を誇った。紹介されたゲームアプリの売上にも大きく貢献した。そこで行われていたのは、音声と映像で見せ、楽しさを演出することだった。映像ではなく、文学作品を紹介するためのマンガを作ってもいいかもしれない。もっとも大切なのは、一般の読者の目線までレベルを下げ、簡単にわかりやすく説明することだ。これは「爆笑問題のススメ」で行われていたことと、規模は違えど本質的には同じだ。文字の羅列だけで文芸を売ろうとしても、もはや一般人はなびかない。

全ては祭のために

敷居をまたいだ一般読者層が、興味を持って文芸誌へとステップアップすることも大いに有り得る。まず必要なのは人口を獲得すること、そのためには間口を広げ、敷居を下げること。これは日本人だけを対象にしなくてもいい。そして、ひいては一般読者層から次のステップを用意することなんだけど、そこは既に存在している。熱狂的なファンだけなら初めから現在あるステップへ到達してくれるかもしれないが、そこに頼っていては市場は拡がらず、縮小しているのが現状ではないだろうか。

レベルの低い人にわかりやすく解説するなんて、なぜそんな回りくどいことをやらないといけないかというと、全ては祭のためだ。「騎士団長殺し」のお祭り騒ぎを見ただろう。あれは作家の魅力やノーベル賞騒ぎなどいろいろな要素が重なって奇跡的に起こった祭だったが、自分の好きな作家や業界で同じようなフィーバーを起こすことも可能かもしれない。そのためには「騎士団長殺し」と同様の一般層を取り込むことが必要になる。村上春樹のような奇跡を待っていても祭は起こらない。一般層をファン層へと変え、お祭り騒ぎを起こすことが我々リスペクターに与えられた使命なのだ。