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惚れるってすごく単純なことで

これは本当に、幼少期の頃から大して変わっていない単純なことで、なぜそうなのかっていうのは考えたこともないからよくわからないけれど、仕組みはわからずとも原因と結果ははっきりしている。

この歳になって惚れたっていう話でもない。ただまあ、なんというか久しぶりにそういう感覚を認識した。ああ、こういう感じだったなっていう。見た目は確かに美しかった。しかし今の世の中には見た目が美しい人など掃いて捨てるほどいる。その人の美しさというのは、無駄のない美しさだった。どこにも無駄がない。無駄な化粧、装い、飾り、無駄な肉さえない。顔の造形は目が大きいとか鼻が高いとか、唇が分厚いとか歯が出ているとか顎が出ているとか、サイズが大きいとか頬骨が出ているとか、これといった特徴は何もない。背は高くなく、低くもない。無駄な言葉もない。それどころか無駄な声量もない。無駄な音程もリズムもない。これはじつにめずらしいことで、なかなかに驚いた。僕はよく、ぼそぼそ何喋っているのかわからないと言われる。その人もすごく小さな声で話す。しかし、僕とは違いぎりぎり聞こえるぐらいの声量で話すから聞き返すことはない。言葉数が多くなく、少なくもない。こういうのを均整のとれた美しさと言うのだろうか。

見た目の印象は確かに大きかったが、それよりも心惹かれたのは人物の中身だった。数時間話しただけだから、印象はわかっても性格とかそういうのはよく知らない。では中身とは何かというと、経歴のことだ。まず第一に、アーティストである。弱いなーアーティストにはすごく弱い。憧れる。その人は美術品を造っている。作品を売って生活している。とてものめり込んでいたようで、あまりに多忙だったのを最近は少しおさえているそうだ。作品はとても美しい。その道のことはくわしくわからないが、何かこう手元に置きたくなる魅力がある。学生時代にその道に足を踏み入れてから長年修行され、技術を学ぶために留学もされていた。そしてアトリエに入り、今は独立され自宅で創作されている。

上手いことよりも、有名であることよりも、認められていることよりも、稼いでいることよりも、好きでやっている様子がすばらしい。人が何かに魅せられ、長い時間と労力、人生と魂をかけて取り組んでいる姿に何よりも魅力を感じる。実際に取り組む姿まで見たわけではないが、その道における造詣と経歴、姿勢と態度、そして作品からなんとなく伝わってくる。

人が何かに没頭する姿は総じて美しい。その期間が長ければ長いほど、その深度が深ければ深いほどに。誰かから好意を寄せてほしければ、小手先の技術で表面を磨くのではなく、自分自身が何かを好きになり芯から魅力的な人物になったほうがいいんじゃないか。たとえその好きな対象を理解されなくても、好きである姿そのものが輝いている。