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「1Q84」を読んだ

一週間ぐらいかけて1Q84を読んだ。率直な感想としては、村上春樹の本としては珍しい部類だった。まず、暗い話ではなかった。何事もなくすんなりとハッピーエンドを迎える。村上春樹の新しめの作品はハッピーエンドな傾向が高い。たとえば「海辺のカフカ」もそうだった。万事解決して終わる。多崎つくるはどうだったか忘れたが、ある程度解決していたように思う。それにしても、何事もなくすんなりと終わるのは珍しい。

次に、非常にわかりやすく書かれた小説だった。この本がこれだけ長くなったのは、誰にでもわかるようにしっかり説明を書いたからじゃないかと思う。これまでの小説では説明されていなかったり省略されていたようなことが事細かに描写されている。視点を変え、文量をとり、噛み砕いてわかりやすく。たとえば「海辺のカフカ」なんかは意味がわからないところが多かった。ナカタさんの役割とか、主人公の父親は一体何だったのかとか、空に浮かんでいた飛行物体がなんだったのかとか。「多崎つくる」もいろんな謎が残った。結局白はなぜあんなことになってしまったのか、とか。そういう謎を残したまま物語が終わるのは村上春樹作品の特徴だった。しかし1Q84については、教団「さきがけ」のリーダーのことやふかえりのことなど、ほとんど説明し尽くされている。語られていないのは天吾の本当の父親についてや、リトル・ピープルについてぐらいか。こんな親切な村上春樹小説は初めて読んだ。

読みやすい本だし、内容としてもわかりやすく、村上春樹の本としては今までにないハードルの低さで初心者にうってつけだと思う。あらゆる宗教団体のことが事細かに書かれていたのもおもしろかった。輸血しない証人会はまるっきりエホバの証人だし、農業コミューンのタカシマ塾はヤマギシ会で、教団「さきがけ」はオウム真理教的っぽかった。「あかつき」事件はあさま山荘事件を彷彿とさせるが、あさま山荘事件そのものがこの本の中に出てきたりもする。ここまで露骨にカルト教団批判ととらえることができる内容の本を書いて、村上春樹自身は多くのカルト教団信者を敵に回しただろう。カルト教団ではないが、NHKの扱いもおもしろかった。あんなNHK集金人なんて実際にいたのだろうか。NHKの服を着て火葬されるのは笑った。

全体的には「ねじまき鳥」なんかに比べてどうしてもシリアスさに欠ける。「ねじまき鳥」におけるノモンハンの描写にあったような真に迫る雰囲気は感じられない。それは1Q84にあるわかりやすさのせいかもしれない。あまりに安全で、先手先手にまわりすぎて物事が都合よくいっている分、1Q84には凄みが備わらなかったのかもしれない。僕の個人的な感想としては、book2で終わってもよかった。物語のおもしろさとしてはbook2で完結しているようにも思う。

読ませる本ではあった。展開が気になり、続きが気になり、どんどん読み進めていった。そういった引き込まれる要素はある。しかし、読み終えたあとにあまり何も残らない感じ。部分部分には残るところがあった。結論としては弱い。「あまりおもしろくない」という感想を聞いていた先入観もあったけれど、強く心に残る作品にはならなかった。

リトル・ピープルってなんなのか。スターリンを代表とする強い権力を持った独裁者がビッグ・ブラザーだとすれば、リトル・ピープルとは顔のない大衆のことなのだろう。誰が誰だか特定できない匿名の誰か。それぞれ個別にとらえることができない黒幕が世の中を動かし、背景にある意思として力を持ち、日和見的に存在する。そんなリトル・ピープルの流れにとらわれず、自らの意思で自らの物語を作り、日々を歩めということなのか。リトル・ピープルについての考察は、宇野常寛の「リトル・ピープルの時代」を読んだほうがいいのかもしれない。

1Q84 BOOK1〈4月‐6月〉前編 (新潮文庫)

1Q84 BOOK1〈4月‐6月〉前編 (新潮文庫)

リトル・ピープルの時代 (幻冬舎文庫)

リトル・ピープルの時代 (幻冬舎文庫)

「海辺のカフカ」に出てきた大島さんや佐伯さんがマンガ的だという感想を書いたけれど、1Q84のふかえりや編集者小松もマンガ的だった。牛河は「ねじまき鳥」にもでてきたが、今回も人物としての奥行きがあったように思う。 村上春樹『1Q84』 新潮社公式サイト