蚊柱、夕方、ベストシーズン

蚊柱

河川敷を自転車で走っている。花粉症の季節も終わり、サングラスにマスクの自転車姿が終わった。サングラスは今もつけているが、マスクが外れた分あやしさが緩和された。5月のこの季節、今まで始まりの春だったのがそろそろ本気を出した。真っ盛りである。太陽は照り返し、周囲を温めながら肌を焼く。花咲き乱れ、草木生い茂り、夏に向けての生命活動に満ちあふれた河川敷は、虫だらけだ。いわゆる蚊柱という、立ちのぼる煙のような虫の大群がそこらじゅうでもうもうとテリトリーを築いている。そして、僕は自転車に乗っている。自転車に乗っている人が蚊柱を避けて走っている姿を見たことがあるだろうか。当然ながらその虫の大群の中へと突っ込んでいってしまう。何度も、数メートルごとに。蚊柱と言うが、実際はブユとかブヨとか呼ばれる蚊の幼生だ。あれの大群が、まるでそこだけ竜巻が起こっているように、そこにセーブポイントがあるように、らせんを描きながら飛び交っている。そこに自転車で突っ込むのだ。

その間だけ息を止めていないと鼻の穴から入ってくる。口を閉じていないとクジラのイワシ漁みたいにたくさん食べてしまう。呼吸のタイミングがずれて口の中に入った虫をつばと一緒にペっと吐き出すことが一日に一回ぐらいある。サングラスをしていない日にいっぴき目の中に入って目が腫れた。

河川敷なんか走らなければいい。道路を走れば虫の大群に悩まされることはない。しかしながら、道路には信号がある。信号で止まって信号待ちをしなければならない。河川敷には信号がない。さらに、自転車にライトがついていないため、夜走っていると警官に止めらたとき無灯火でややこしいことになる。河川敷に警官は現れない。

あの蚊柱はとくに夕方ぐらいがやばい。日の沈む時間帯に何か虫たちのもよおしものがあるのだろうか。

夕方

そんな、夕方。近頃写真を撮って載せていたりする。路上の写真を撮るとき、通行人にレンズを向けたりシャッター音を鳴らすことにまだまだ後ろめたさがある。だから、なるべくなら人に紛れたい。しかし昼間は通り過ぎる人が多いだけで、チルアウトしてる人はあまりいない。おそらく暑いからだろう。そして忙しいからだろう。昼にカメラを持ってウロウロしても、人に紛れることが困難であるため撮れ高がない。見ず知らずの人の真正面に立って「Say CHEESE!」とはなかなかやれない。

今日は撮れなかったあと思いながら、自転車に乗って河川敷を走っていると、座り込む人たち。道路わきからぞろぞろと河川敷へ降りてくる人たち。じゃま、じゃまだよ、自転車通れないでしょ、この自転車には呼び鈴も無い。歩行者優先だからあっても鳴らさないけれどね、かわりにブレーキがイカれていて後ろブレーキは効かない。前ブレーキはかけるとキィキィ鳴る。それが意図せずして呼び鈴の代わりとなり、ときどき気づいて避けてくれる。ときどき避けてくれない人(大抵は集団の中で調子に乗っているバカ)の前で思いっきりブレーキをかけてキィキィ鳴らす。わざとじゃないよ、だってブレーキかけると音がするのはメンテ不足だけど僕は自転車技師じゃないから。自転車も拾い物だし(盗んだわけではない)。

帰る時間帯、つまり夕方になると人がいる。夕涼みに河川敷へと集まっては工場のブロイラーみたいに等間隔にならんでいく。並ばない人も、ただゆっくりと通り過ぎたり、写真を撮る観光客だったり、夕方には人が集まる。これ幸い、ブレーキ音なんか鳴らしている場合じゃない。僕は自転車は降りてリュックからカメラを取り出した。

ベストシーズン

5月だ。5月初旬は黄砂に悩んだ人もいたかと思うが、ベストシーズンは5月である。花見や紅葉はないが、いずれにせよあんなものは一週間ぐらいしかもたない一瞬のイベントみたいなものである。5月は寒さがなくなり、花粉症もなくなり、日照時間が延び、まだ暑すぎない。夜薄着で出歩けるようになるのが5月だ。夜型の僕としてはなんともありがたい。これが6月になると梅雨入りしてしまい、出歩くのが億劫になる。7月はもはや暑すぎてベストシーズンとは言い難い。4月は言うまでもなく花粉症。そうなるとやはり5月だ。5月なんだ、ベストシーズンは。

街で見かける外国人はすでに半袖半ズボンだ。タンクトップで露出過多の白人女性なんてこの季節は世界中どこでも見かける。思い返せば、トロントのベストシーズンも5月だった。8月は既に寒かった。7月はやや暑かった。梅雨がなく、日本より短い限られた太陽光を満喫するのがトロントの5月6月7月だった。雨しか降らない日本の6月、暑すぎる7月8月9月よりも、トロントの限られた夏が過ごしやすかった。それだけに、夏が過ぎてしまったあとに待ち受ける長い冬の絶望感はたえがたい。トロントの冬は6ヶ月もある。

さておき、5月ベストシーズン説は、日本に限らずけっこうな地域で当てはまるのではないだろうか。熱帯でモンスーン雨季があったり台風一過の地域は外れる。南半球も外れる。日本やその他の温帯地域、北米やヨーロッパあたりでは5月が年間で最も過ごしやすいんじゃないだろうか。ジューンブライトは梅雨のない国において6月が結婚にうってつけの季節だから流行ったと聞く。じゃあ6月なのか、6月が良いなら5月だってきっと過ごしやすいに違いない。