「君の名は。」DVDが来週出る。買うでしょ?

7月26日発売だそうだ。コレクターズ・エディションが12,000円というとんでもない値段だけど、そこに手を出す人は限られているだろう。映画館でもグッズとかあまり売れなかったって言うし。普通のDVDは3,800円、ブルーレイは4,800円だからそっちで十分かと思います。

『君の名は。』はあれがおもしろかったと思った人なら、もう一度見たい仕組みになっている。実際中高生を中心に何度も映画館へ足を運んだリピーターが多かった。だから劇場で見た人もスタンダード版DVDぐらい買うんじゃないだろうか。

Blu-ray&DVD|映画『君の名は。』公式サイト

実は二度見ている

ご多分に漏れず、僕自身も二度見ている。最初見たときまずかったのは、直前に『秒速5センチメートル』を見たことだった。直後に『君の名は。』を見たから「あーベタなエンタメ路線に走ったんだ」という印象がどうしても強かった。2回目を見たのは話の細かい部分が気になったから、というのもあったけれど、一番大きかったのはその中毒性ある物語構造だった。

もう一度見たいラストシーン(ネタバレ)

特にあの尺を取った事後のラストシーンは俗っぽいとか賛否両論あるけれど、それゆえに映画がバカ受けしたとも言える核の部分であり、あのラストへの持って行き方がもう一度見たいと思わせる中毒性に繋がっている。いわゆる大盛り上がりのハッピーエンドのシーンである。

ラストシーンは、メインシナリオとなる隕石落下事件からいきなり5年も経過している(三葉視点では8年)。当時高校生だった瀧くんは現在就活真っ最中であり、当時のことを回想している。しかし、記憶がほとんどない。三葉の名前どころか、入れ替わりのことや隕石落下事件のことまで綺麗さっぱり忘れている。なんとなく気になっていたが、理由は思い出せない。あれから5年も経っており、もう瀧と三葉はそれぞれ別の時間を過ごしていて、お互いの人生の上で接点を失っていることを示唆している。あーこの映画はこのまま「あれから5年後それぞれこうなりました」みたいに終わるんだなーと思わせられる。

それでも瀧はモヤモヤする

「ずっと誰かをさがしているような気がする」

駅で見かける人に記憶の影を重ねたり、高校生の頃のバイトの先輩から連絡が来て、当時の話をしたり。夜のカフェで知っているような二人が結婚式の相談をしていたり。歩道橋ですれ違った誰かが知っている誰かに見えたり。瀧の中にははっきりとした記憶がないが、この映画のテーマになっている結びの糸、組紐の髪飾りだけをぼんやり覚えている。歩道橋ですれ違った人は、瀧が通り過ぎた後に振り返っている。傘に隠れて顔が見えない。

このように、瀧視点で三葉につながる伏線だけが何度も続き、見ている人は瀧に感情移入しながらモヤモヤをつのらせる。瀧は図書館へ向かい、糸守町の本を見てモヤモヤの手がかりを探る。しかしうまくいかない。三葉につながる伏線は回収されないまま映画は終わりへと向かっていく。

季節は春になる

桜が咲き、三葉の友人や四葉といった登場人物たちの新しい門出のシーンが続く。肝心の三葉に触れられず季節が変わった。やっぱり「それぞれの未来はこうなりましたエピローグ」で終わりなのかーと一瞬思わせられる。瀧くんは無事就職したようでスーツに着替え、通勤路を歩く。そして三葉の「その後」が出てくる。アパートに一人暮らし、支度をして駅へ向かう。この駅、東京に住んでる?RADWIMPS『なんでもないや』の導入が流れる、盛り上げにかけてきた、まさか、ここから来るのか?引っ張りすぎだろ!それぞれ電車に乗る瀧と三葉、すれ違う電車の窓越しに二人の目が合う。

「ずっと誰かを、探していた!」

二人は次の駅ですぐ電車を降りて駆け出していく、同時に歌はサビの部分に入る、

僕らタイムフライヤー時を、駆け上がるクライマー
時の、かくれんぼはぐれっこは、もういやなんだ
離したりしないよ、二度と、離しはしないよ
やっと、この手が、君に追いついたんだよ

なんでもないや(movie edit.):RADWIMPS

疾走する二人と歌の歌詞を重ねた演出が見ている誰にでも伝わる、モヤモヤを一気に解放させた爽快感あふれるシーン。

そしてついに瀧と三葉が向かい合う。お互いを認識する、が、目を伏せながらすれ違ってしまう。このあたりの「変な人と思われるんじゃないか」「なんて声をかけていいかわからない」的な態度は実に日本人らしく自然だ。しかし瀧は振り返って声をかける。「あのっ!」から何て言う?「俺、君をどこかで!」うわ、有りがちな言葉しか出てこない!これは言い出すのに勇気いる。しかし振り返った三葉は、ボロボロと涙をこぼす。ここで観客の中高生女子も同じくボロボロと涙をこぼす。そして三葉の口からは「私も」という言葉が出て笑顔になる。瀧も思わず笑顔になりボロボロと涙をこぼす。二人が声を揃えて「君の、名前は」

サービスの塊

この隕石が落ちてから5年後のシーンは、瀧くんの就活からハッピーエンドへ向かうまでにすごくいろんな要素が詰め込まれているが、実はたった7分ぐらいで構成されている。物語が一掃されてしまった5年後から少しずつモヤモヤがたまり、なかなか解消されてなくてフラストレーションで、最後一気に解放されるまでかなり引っ張るんだけど、あまり長く感じない。短い間に溜め込んで一気に解放させるから見ている方は飽きず、内容も充実している。この時間間隔はこの映画ですごかった点のひとつだった。そして最後のハッピーエンドは観客に対するサービスをこれでもかと言うぐらいに尽くしたものになっている。つい、もう一度見たいという中毒性に駆られてしまう。

東京夢物語

この映画は東京宣伝PR映像としてすごくいい。街の風景や、お店の雰囲気、関わってくる都会の人々など、東京における日常の洗練された生活風景が実物より良く描けている。特に瀧と入れ替わった三葉視点の東京は、地方の少女が夢見る理想の東京をそのまま描いており、映画を見た地方在住の学生なんかも東京での生活に夢を膨らませたんじゃないだろうか。

その昔、村上春樹の著作『ノルウェイの森』が台湾で大ヒットした際に、台湾の人たちはあれを読んで「日本で生活するってあんなに夢があるんだ」とその洗練された都会の雰囲気に思いを馳せたそうだ。『君の名は。』は映像作品だから、外国の人に対しても具体的な映像でもって東京の良い印象を与えるに違いない。

絵的にも人的にも東京の良い部分を強調して描かれているため、現実の東京がどういうものかは別として、東京宣伝PRにはかなり使えるんじゃないかと思う。東京都さん、どうですか。イメージ向上ですよ。観光というよりは、生活者向けですね。

現代の物語

東京もそうだが、現代の象徴であるスマートフォンやLINE、カメラアプリをあれほど自然に物語に溶け込ませているのも驚いた。我々にとって生活の一部であり、日常的に登場するものが違和感なく描かれていて、特別ではないが重要な役割を果たしている。実生活において当たり前になったテクノロジーが、物語上で当たり前に描かれていることって実はあまり見かけない。他の作品ではUIや機能などなんかちょっと変なアレンジされていることが多く、『君の名は。』ほど自然に登場させてうまく馴染ませることができていない。現代劇においてはスマートフォンやアプリといったテクノロジーとの関わりをうまく描くことで、作品と現実の距離感はぐっと近づくと感じた。

同時に、スマートフォンやアプリをうまく描くことで、時間を越えて入れ替わりながらもスマートフォンを介してやりとりする瀧と三葉と、観客との距離もぐっと縮まる。観客は瀧と三葉のSF体験をファンタジーとして見ながらも、遠く離れた人とのスマートフォンを介したやりとり、というリアリティを持って見ることができる。スマートフォンを介した人々との関わりを、当たり前として前提に持っているメンタリティ、生活手段や生活風景を忠実に描くことで、現代人であればたとえそれがSF物語であったとしても、違和感なく没入することができる。この現代感は、過去の感覚にとらわれている人にはうまく再現できなかっただろう。古い感覚のままの作品って結構多いから。

その他情報

先日香港を旅行したときに一緒に飯を食った香港人の男性は「2回見た」と言っていた。どうやら海外でも善戦しているようだ。ネットを調べていると、興行収入で言えば海外で「千と千尋」なんかを抜いているそうだ。すごいね。

岡田斗司夫のネタバレ解説については前の感想にも追記したが、僕がオカルトだと思った『君の名は。』はやっぱりSF映画で、ベースになっているのは七夕、という話だった。七夕は年に一度彦星と織姫が会う話だけど、『君の名は。』はティアマト彗星が1200年周期で隕石の片割れ同士、再会する話。ただその隕石はとばっちりで周囲の人間に迷惑かけるため、衝突の回避策として人間に入れ替わりの能力を授けた。最初に隕石が落ちた場所が祀られ、宮水神社の御神体となり入れ替わりにおけるキーの役割を果たす。その後何度目かが糸森湖になり、最新の隕石が糸森湖を拡大する。

【特別公開】岡田斗司夫ゼミ#142完全版「大ヒット映画『君の名は。』と『けものフレンズ』より面白い『アドベンチャータイム』で感動を二時間で徹底分解~だから人は感動をする」(2016.9.4) - YouTube