ベンチ族

自転車で帰宅する。帰り道は信号のない海岸線を直進することにしている。車道からは少し離れており、街灯はまばらで明るくないが、じきに目が慣れ、自転車のライトはかろうじて地面のおうとつを照らす。とは言っても舗装された道路と違い、スピードを出して走れば転けやすく、パンクもしやすい。だから帰り道はゆっくりペダルを漕ぐ。道を踏み外さないように、ときどきすれ違う人と接触しないように。

自宅までは10kmほどあり、1時間ほどかけて帰っている。疲れているときは途中で止まり、ベンチに腰掛けて休憩する。耳にはイヤフォンを挿しており、音楽か、もしくはニュースか、人の話し声を聞いている。波の音でかき消されないぐらいのボリュームで。

休憩するベンチは決まっていない。海岸線にはいくつもベンチがあるから、見分けもつかない。昼間に座っている人は多く見かける。夜に座っている人は少ない。いくつも間を空けたうちの一つ、一つには寝ている人、話している人、画面を眺めている人、ただ座っている人、どんな遅い時間にも何人かは必ず見かける。そんな中の一人として、自転車を停め腰掛ける。特に疲れていたわけではない。潮風が身体に当たり、皮膚を縮める。

どれぐらいの時間が経っただろう。イヤフォンからは何も聞こえなくなり、波の音が続いている。まだ立ち上がる気は起こらない。ときどき通り過ぎる人は、こちらに目線を向けたりしない。通り過ぎる人をこちらが見ることもない。ただ足音と、自転車だったり、光と影が頭の前の方を横切る。

ベンチで画面を眺めるだけの人は、そうそうに立ち去る。話していた人たちはいつの間にかいなくなる。寝ていた人は起きあがり、どこかへ消えていく。身体がこわばる。足は動かない。肌はだんだんと剥がれ落ちていく。朝になり、また夜が来る。

何日経っただろう。波の音は消え、まぶたは開かない。知らないあいだに塗り固められている。隣には、斜めを向いた人が座っている。