「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」感想・書評

サリンジャーは10代の頃に初めて読んだんだ。どっぷりハマってしまってね、何度も読み返したし、何人もの友人に「これ読む?」とかなんとかさり気なく渡して、今に至るまでに結局同じ本を5冊ぐらい買うことになったんだ。実は今手元にあるのは「ナイン・ストーリーズ」と「大工よ、〜」だけで肝心の「ライ麦畑」や「フラニーとゾーイー」はないんだ。全部人にあげてしまってね。それはもちろん、僕がそれらを好きじゃないからではなく、むしろ好きだからこそ読んでほしいと思って人にあげたんだ。「読んだよ」とは誰からも返ってこなかったけどね。

ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)

ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)

大工よ、屋根の梁を高く上げよ/シーモア-序章 (新潮文庫)

大工よ、屋根の梁を高く上げよ/シーモア-序章 (新潮文庫)

サリンジャー自身のことは全く知らなくて、そもそも謎に包まれた人物だったし、後にサリンジャーの娘からの暴露本なんかが出て、彼はかなり問題のある人物だったってことが明らかになったりしたんだけど、僕は今のところサリンジャーそのものよりも、彼の作品だったり彼の描いた人物が好きで、特にフラニーなんかはすごく魅力的な女の子で、身近にいたら絶対好きになっていたと思うな。そういう感想が子供っぽいってことは僕にもわかっているんだけど、多分きみが「フラニー」を読んだとしても、こんな女はめんどくさいだけで好きにならないだろうし、それを好きっていう僕を子供っぽく感じてしまうだろうね。フラニーみたいな子が現実にいたとしたって、きっと僕は彼女に好かれないだろうし、彼女はレーンみたいな気取ったアイビーリーガーに浮かれて、その後ひどいショックを受けて、でも僕は彼女を慰めるどころか、相手にすらされやしないんだ。そんなことは言うまでもなく、わかりきったことなんだよ。残念ながらね。

フラニーとズーイ (新潮文庫)

フラニーとズーイ (新潮文庫)

「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」は「ライ麦畑」と「フラニーとゾーイー」を新訳した村上春樹と、その翻訳を手伝った東大文学部の先生、柴田元幸って人の対談本なんだ。「翻訳夜話2」ってタイトルだけど、1にあたる「翻訳夜話」の方は多分他の英文学を訳したときのことを書いているんだろうね。そっちには全く関心がなくて、手に取ってもいないよ。2についてはまるっきりサリンジャーとその著作にしか触れていないから、こっちだけ読んだんだ。サリンジャーは自分の著作に解説をつけることを拒否しているから、しかたなく別にまとめたら一冊の本になったんだってさ。よくこんな本を出版しようって気になったよね。だって、あまりも内容が偏りすぎてるだろ?サリンジャーの評論だって出尽くしているだろうし、今どき誰がこんな本をすき好んで読むのかって思ったよ。まあ僕みたいなやつなんだろうけどさ。

僕は、実は野崎訳の「ライ麦畑」が好きで、村上春樹の新訳も読んだんだけど、なんだかどうも村上春樹クサさが気になってしまって一度きりしか読まなかったんだ。そもそもタイトルからして「キャッチャー・イン・ザ・ライ」って原文をカタカナにしただけ。彼特有の気取った感じがそのまま出ていると思ったよ。僕は野崎訳の「ライ麦畑でつかまえて」っていうよくわからないタイトルが好きだったんだ。内容についても、野崎訳のホールデンは攻撃的みたいに言われているけれど、あの強がりこそがホールデンの弱さを引き立てているみたいで好きだったんだ。そういう要素が村上訳で薄れてしまって、どうも村上春樹的なシニカルな印象を受けたんだ。

でも今回この「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」を読んでみて、村上春樹は自分のテイストよりも「原文に忠実に訳すことを優先した」みたいなことが書いてあって、そう言うならもう一度読んでみようっていう気になったよ。タイトルを「キャッチャー・イン・ザ・ライ」にした理由もいろいろ書いてあったけれど、この部分はただ「ライ麦畑でつかまえて」より良い邦題が思いつかなっただけだと思う。おそらくね。

村上春樹という人が、ホールデンの嫌うような気取ったいけ好かないやつだって思っている人も多いと思うんだ。僕だってそんなふうに思っていたことがあったからね。でも最近は彼特有の気取った人格も、だんだんギャグとして読めるようになってきたんだ。多分彼は、そういう人物をおもしろおかしく意図的に作ってるんじゃないかな。彼の小説をそのまま読んでしまえば、ただのいけ好かないやつが主人公なんだけど、実際は笑えるところもあって、ギャグとして読んでしまえば愛すべき気取り屋なんじゃないかってね。僕はそう思うよ。

本のことに全然触れていなかったね。本は「キャッチャー」訳後に書かれたものだから、それ以降に訳された「フラニーとズーイ」には触れられてないんだけど、「キャッチャー」の主人公であるホールデンはサリンジャーの投影なのかとか、「キャッチャー」に類する本として「ハックルベリー」を挙げたり、原典が書かれた50年代アメリカの文化に照らし合わせたり、いわゆる文学評論的なことをやっていて、そういうのははっきり言ってつまらないし、僕としてはどうでもいい内容だったんだ。翻訳にあたってyouをどう訳すかとか、翻訳的に参考になるようなこともたくさん書いてあるんだろうけどさ、僕は訳者じゃないし原文を読み込めるほど英語に長けているわけでもないから、おもしろくないとは言えないけど、やっぱりどうでもいいっちゃどうでもいいよね。

それよりもアントリーニ先生についてやたらと熱く語っていたりするところのほうがおもしろかった。アントリーニ先生ってのは、ニューヨークで行く宛のなくなったホールデンを保護してくれる恩師みたいな人なんだけど、村上春樹も柴田元幸も、終始彼は謎だって言うんだよ。ホールデンが彼のことをどう思っていたのかも謎で、なんで彼の元から逃げ出したのかってことを繰り返し語り合っているんだ。「キャッチャー」を読んでいれば分かる通り、アントリーニ先生はゲイかもしれなくて、ホールデンは自分が信じていた師におでこを撫でられて逃げ出すんだけど、それって実際のところどうなの?っていう話を延々とやってる。このあたりは本当に興味深いよ。他にもサリー・ヘイズとジェーン・ギャラガーっていう二人の女の子の対比とかね。彼女たちへのホールデンの態度って、僕は「キャッチャー」を読んだときにすごく心を動かされた部分なんだけど、この理想的な女の子と現実的な女の子の対比構造みたいなのは実におもしろかった。あまりページが割かれていなかったから、もっと語って欲しいと思ったぐらいにね。

とにかく僕はこの「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」を総合的に見て、おもしろく読んだんだ。なんだったら「フラニーとズーイ」翻訳以降も書いてほしいと思うよ。「フラニーとズーイ」については一応の解説が本に挟まれているし、短縮版はWebでも公開されていて読むことができるんだけど、この一冊を読んでしまうとやっぱりそれだけでは物足りなく感じるんだよ。そこそこ長い解説ではあるんだけどさ。

〈村上春樹 特別エッセイ〉こんなに面白い話だったんだ!(全編)|村上春樹『フラニーとズーイ』|新潮社

だから、もしきみがサリンジャーを好きだったり、「ライ麦畑」のファンだったり、もしくは僕のように村上版「キャッチャー」にあまり好意的でなかったりするんだったら、この「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」をおもしろく読めると思うよ。村上春樹の小説が好きじゃない人だって、彼のエッセイなら読めるっていう人は多いんだよ。実際のところね。

翻訳夜話2 サリンジャー戦記 (文春新書)

翻訳夜話2 サリンジャー戦記 (文春新書)

キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)

キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)