ヒトコトへの回答㊲:村上春樹のまとめについて

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86通目:村上春樹のまとめについて

はじめまして。

数えたんですね?
数えちゃったんですね?!

もう、そんなことしてくれちゃってありがとうございます。
久々にブログを読んで声を出して笑いました🤣
そして村上さんの小説の本質をきちんと書いてくださってありがとうございます。
80年代終わりからずっと読んでいる1ファンとして感謝します。

このメッセージは、こちらのまとめを読んだ感想だと思います。

5年前に書いたものだけど、ここでこの数年一番見られているのがこのまとめで、あまりにもふざけた内容だから、胸を張って誇れるわけでも なく、人に勧めることもできない。

今手元にねじまき鳥があるから、再読して追加しようと思っていた。上巻を読んだところで数ヶ月止まっている。

これまでのヒトコト、回答をまとめました。

ボーイミーツガールには、素敵な出会いが必要だ

選書「彼女の思い出/逆さまの森」を読んでいた。4つ目の話「ボーイ・ミーツ・ガールが始まらない」は、ニューヨークに住む冴えない男、ジャスティン・ホーゲンシュラグの物語を書きあぐねる作家の話。ホーゲンシュラグはバスの中で見かけたシャーリー・レスターに一目惚れをする。しかし作家は素敵な出会いの場面を書くことができず、ボーイミーツガールは一向に始まらない。

これは架空の物語について書かれた短編だけど、世間でよく言う「出会いがない」ってこういうことだったのか、と思った。街を歩けば恋愛対象になる人とたくさんすれ違う。しかし出会いがないと恋愛は始まらない、という意味か。僕はずっと「出会いって何だ?」と思っていた。難しいな、出会い。出会いについて、あまり自覚的でなかった。日本語では「縁」という言葉のほうが的確かな。

恋愛的なことに上手く行っている人だったり、テクニックのある人というのは、きっとこの出会いなり縁を演出するのが上手い人だと思う。「これは素敵な出会いだ」と相手に思わせるのが上手い人。その「なにかの縁」は、巧みな相手によって作られた演出かもしれない。もともと上手い人もいれば、本を読んで試行錯誤したり、数多く失敗を重ね技術を磨き上げた人もいる。何事も経験豊富な人がその道に秀でているように。

「出会い」や「なにかの縁」をただ待っている間に、生まれ持った物や磨き上げた物が優れた人にかすめ取られた経験のある人は、少なくないと思う。待っているだけでボーイミーツガールが始まる人は、狙われる対象か、よほど運がいい人のどちらかだろう。

僕自身はサリンジャーが描くような、始まらない恋愛の話が嫌いではない。その始まらない人物に好感を持つ。共感するような「素敵な出会い未満」の経験があっただろうか。あったとしても、あったと言えないぐらい些細な段階で終わっている。若い頃は特に、誰かに好感を持ったところで、何もできなかった。技術や才能はもちろんなくて、ただ待つことさえなかったかもしれない。だから片思いの記憶というのもあまりない。

自分がこれまで恋愛的なものにこぎつけたきっかけは「素敵な出会い」によるものではなかった。今でも演出とかできない。技術もない。自分がやってきたのは、お互いの話ができる人と、接点を多く持つこと。それだけだったと思う。そこには積極的になった。でもそういう人と知り合うにあたり、「出会い」を積極的に求めていたかというと、そうでもない。身近にいた人や、たまたま知り合った人とそうなった。

だからこれまで「出会いがない」という言葉にピンとこなかった。でもこの短編を読んで、人がそういう「素敵な出会い」をきっかけに関係を進めているんだなと、なんとなく思った。それはどちらかの演出によって生まれたものかもしれないし、偶発的なラッキーかもしれない。そういえば「運命」とか言う人もいるな。「運命の出会い」までいくと、それは本当に信仰に見えて近寄りがたい。

2023.1.7

今年もレコードを買いに行った。

去年タイ音楽を調べているとき、クルアンビンを見かけた。聞いてみて、とっつきやすい音楽だと思った。欲しいと思っていたら、たまたま近くで売っていたから買った。これから聞いてみる。

年末に、暇な時間がほしいと書いていた。

暇な時間があることをどう実感できるだろうと考えていたら、一つは日記だった。暇なときは日記を書ける。こういうweb日記よりも、手書きのメモなり手帳にて日記が書けたら、それは比較的時間と気持ちの余裕がある日だ。余裕がなければ日記なんて書いてられっか、ということになる。手書きだとなおさら、生活の合間合間に時間がなければできない。

「彼女の思い出/逆さまの森」を読んでいた。一番最初に収録されている「彼女の思い出(原題:A Girl I Knew)」を読んだ。20ページほどの短編。めちゃくちゃ好きな内容だった。これもサリンジャーの戦争小説。実話がモデルになっていそうな、つまり、そのへんにありそうな恋愛小説。留学先で同じアパートの下の階に住んでいた女の子に惹かれ、お互い英語とドイツ語の練習をする。そのうち相手には婚約者がいることがわかって、友達のままの関係が続く。

前の「このサンドイッチ」もそうだったけど、センシティブな青春文学やグラース家の物語だけではない、戦争文学としてのサリンジャーを見直す形になっている。新潮モダン・クラシックスのシリーズよいですね。2つ目の「ヴァリオニ兄弟」は、変な話だった。シカゴ近郊の売れっ子ミュージシャン、ヴァリオニ兄弟の話。

THE FIRST SLAM DUNK 感想

やっと見に行った。この映画についてもともとあまり知らなかったというか、注目していなかったけれど、こんだけ話題になっていたら見逃せないと思って行った。ネタバレしてます。

原作は連載中にジャンプで読んでいた。僕が読み始めた頃は陵南戦で、後半の方。雑誌で読み始めてからコミックスを買い、1巻から追いかけた。追いついてからも連載を読み続け、コミックスも書い続けた。当時はスラムダンク全巻持っていた。僕が好きだったチームは翔陽と豊玉。一番好きな試合も翔陽戦だったかな。

ただまあ、それでも山王戦が至高だと思っていた。山王戦は明らかに長すぎるし、中身も詰め込みすぎている。少年マンガなのに絶対勝てないムードをたたみかけ、いつまで経っても勝機が見えない。映画だと2時間ちょっとで見れるけど、週刊連載では負け試合を延々と見ている気分だった。特に心が折れているゴリが見てられない。

山王戦はスラムダンクの到達点だったし、この試合を描くために今までのスラムダンクがあったとさえ思った。こうやって映画の感想を書こうと思っても、原作の思い出語りになってしまう。それぐらい当時からスラムダンクには思い入れがあった。人気だったし、おもしろかったし好きだった。世代だった。

テレビアニメはほとんど見ていなかった。主題歌とか声が良かったのは覚えている。でもなんというか、あんまり自分が好きなタイプのアニメ作品ではなかった。パッとしないというか、スラムダンクはマンガで読んでこそ良かったという印象が強い。今回の映画についてはその、特に試合シーンは、マンガでおもしろかったのにテレビで見ていまいち乗れなかった部分がまったくなくなっている。アニメ作品だけど、ただ単純にバスケットの試合映像として見ていられる。

そもそもバスケットの試合を見ておもしろいと思うか。それは分かれると思う。スラムダンク連載当時、スラムダンクを入り口にバスケットに興味を持った人と、そうでなかった人に分かれるように、この映像を見てもバスケットの試合そのものがつまらないという人は一定数いるだろう。知人でトップガンマーヴェリックを見たけど「航空機に愛着ないからなんとも思わなかった」という感想の人がいた。それは作品の良し悪しではなくただ NOT FOR YOU です。それはザ・ファーストスラムダンクにおいても同じことが言える。だから原作を読んでいるか否かとは別のポイントで、見る人を選ぶっちゃ選ぶ。

このあたりからざっと感想を述べていく。見終わってから一番強く思った感想が 「続きが読みたい」 だった。できればマンガで読みたい。今回の映画みたいに、ダイジェストで映像を見るのもそれはもちろんいい。でもスラムダンクに関しては、僕はやっぱり掘り下げが好きだった。今回の宮城リョータのエピソードをやるなら、あんな未来を見せられたら、やっぱりその後がどうしても気になる。その間も気になる。マンガの密度で読みたいとどうしても思ってしまう。もしくは配信アニメか。

映画みたいな単発の映像作品なら、動きの激しい盛り上がりを求めてしまうところがある。でもマンガやアニメといった長期長時間モノであれば、単調なパートも見ていられる。スラムダンクも試合以外のゆっくりとした日常パートが意外と好きだったし、バガボンドも後半はそうなっていって、リアルなんかは作品の内容からまさにほとんどドラマシーンで構成されている。今回の映画は試合がおもしろかっただけに、物語部分はもう一度くわしくマンガで読みたいと思った。ああ、でも試合も最初はマンガで読みたいかな。

映画はすごかったけど、原作超えとかはない。これは映画 THE FIRST SLAM DUNK に対して否定的な意味では一切なく、原作の昂りを見事に再現していた。それだけ原作スラムダンクが強く、よくできていて、おもしろかったんだと思う。個人的な思い入れの強さも大きい。例えば、僕は鬼滅の刃は原作を読んでいないから、おそらくアニメが原作超えしていると勝手に思ってしまっている(原作読めば変わるかもしれない)。進撃の巨人は真ん中ぐらいまで原作を読んだけど、これもアニメのほうがおもしろいと思った。どちらも激しいアクションの作品だから、現代の映像技術をふんだんに活用した画面が映えるのかもしれない。スラムダンクは、言うてもバスケットの試合をやっているだけだから、比べるのは難しい。映画は映画で良かったし、原作には映画に転換できない良さがあった。

そういうポイントを見比べる意味でも、映画を見たら原作をもう一度読み返したくなる。さらにその上でもう一度映画を見たくなる。THE FIRST SLAM DUNK とスラムダンクはループできる。その上で、やっぱり続きが見たい。それは花道じゃなくてもいい。そういう感想でした。ちなみにドルビーシネマで見た。超おすすめ。

暇な時間がほしい

今もスケジュールがぎゅーぎゅーに詰まっているわけではなく、空き時間というのがあるにはある。でもそういうのではなく「あーなんか暇やなー」「映画でも見るか」「ドラマ通しで見るか」「マンガ全巻読破するか」「ゲームやるか」「どっか行くか」っていうような気持ちになる時間がない。スケジュールがいっぱいに詰まっている人でも、空き時間を駆使して遊んでいる人がたくさんいるから、本当は時間の問題ではない。気持ちの問題なのだと思う。気力がない。気忙しい。もしくは体力がない。

今僕に足りていないのは、言葉で表すなら「牧歌的」とか「のどか」とか、そういう時間。いつもどこかに恐れがあり、不安があり、予定がある。夏休みが足りていない!僕の夏休みは、寝正月を二ヶ月続けるような過ごし方だった。金もなければ予定もない、遊び相手もいない、そんな贅沢な過ごし方。

僕の夏休みは比較的長かった。小学校高学年から中高までは塾に行っていたから、夏休みは学校がある日よりも勉強していた。僕の夏休みは大学の4年間に始まり、サラリーマンを辞めてからの日々。今も言ってしまえば夏休みみたいなもんなはずなんだけど、周りの状況もあってかそんな悠長な過ごし方ができていない。

いや、まあ実際はそんな牧歌的だったりのどかだった時間なんて、これまでも限られていたのだろう。覚えてないだけで、いつも不安と落ち込みを抱えていたのだと思う。ときどき降って湧いたように暇な時間が与えられていただけで、日常はだいたい頭抱えていることのほうが多かったんじゃないか。稼働時間を伸ばすには、体力をつけるしかないのか!

特別お題「わたしの2022年・2023年にやりたいこと

ヒトコトへの回答㊱:占い

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85通目:占い

占いを信じますか?

信じるか信じないかで言うと、ほとんど信じていない。特に未来のことをどうこう言うやつは、当たった試しがない。性格診断的な占いは、ときどきかする。

今まで占い師に見てもらったことはないけど、友人にタロット占いと手相占いをやってもらったことがある。いずれもピンとこなかった。こないだ奥さんに言われてしいたけ占いを見てみたけど、何書いてあるのか全然わからない。試しに今年の分を見てみたら、全く当てはまっていなかった(獅子座)。基本的には、占い興味ないです。おみくじも引かない。

これまでのヒトコト、回答をまとめました。

2022.12.26

朝5時半に猫に起こされる。眠い。最近また起こされるようになった。なぜだろう、この周期。そのまま1時間ぐらいポケモンやった。ポケモンはゆっくり進めている。今ジムバッヂが6個ぐらい集まったかな。レベル50まで捕まえられるようになった。コオリッポという、頭が四角い氷のペンギンがほしかった。前はレベルが高すぎて捕まえられなかったけれど、そろそろ挑めるはず。

猫がよくゲロを吐く。外出して帰ってきたら4ヶ所吐いていた。猫がよくゲロを吐くことなんて、飼うまで知らなかった。猫を飼っている人なら誰でも知っていることで、ここに常識の分断がある。誰も路上で野良猫がゲロを吐いている姿なんて、見たことないから。

カードの不正利用のメールが来た。カード会社のサポートに電話した。不正利用額は3万円、Google Temporary という請求だった。もちろん支払わなくて済む。「最近フィッシング詐欺などに引っかかりました?」と聞かれたが、覚えがない。web経由の不正利用だそうだ。逆に、このカードを用いたネット決済や支払った店は多すぎて、心当たりも何も、どこで何があってもおかしくない。おかげでクレジットカードが止まってしまった。しばらくQUICPayも使えない。クレジットカードの不正利用は、ほとんど捜査も逮捕もないからやりたい放題だと聞いたことがある。

今年の日記、今年のうちに 2022

今年書いた日記を読んで、今年を振り返る。

  • 【1/14】久しぶりにサリンジャーを読んだらどうしようもなく好きだった
  • 【1/17】2010年代との邂逅:ニート、ノマド、シェアハウス、ブログ、海外移住
  • 【1/29】ただ生きるだけのことが
  • 【2/9】寺社仏閣以外の京都観光・街歩き 2022
  • 【2/19】入院中の父に持っていった本、漫画
  • 【4/17】「光りの墓」は爆睡映画だった
  • 【5/2】なんもしたくねー
  • 【6/12】あまり写真を撮らなくなった話
  • 【7/13】体調崩して3日目
  • 【7/20】待望の MacBook Air M2 ミッドナイトです
  • 【9/2】ブックカバーをつけるか問題
  • 【9/4】結婚して3年が経った
  • 【11/13】3年ぶりの海外、7年ぶりのタイ、バンコク雑感
  • 【12/7】大腸カメラに行ってきた
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2022.12.25

朝から打ち合わせ。今年のだいたい半分費やしていたことが、だいたい一区切りついて、年内の打ち合わせ納め。ただ自分の実感としては、終りというより始まりに過ぎない。

昼、三条のとくらでハンバーグを食べる。11時オープンで、11時15分ぐらいに行ったら既に満席で、30分待ちだった。日曜日だからか、平日もなのか。回転は早い方。意外とスムーズに順番が回ってきて昼食をとった。

奥さんがクリスマス気分を味わいたいということで、寺町商店街を通ったが、あまりクリスマスという感じでもなかった。奥さんいわく、年々クリスマスの雰囲気が薄れ、正月が早くなっているとのこと。今年僕らは喪中だから、正月もあってないようなもの。

オーバーザサンでも言われていたが、クリスマスはこうあるべきみたいなムードは、もうなくなった。2000年代頃はネット上でクリぼっちという言葉があったり、ナインティナインのオールナイトニッポンかなにかで性の6時間とか言われていたり、クリスマスを恋人と過ごしていない人は負け組みたいな空気があった。女の人もクリスマスを一緒に過ごす相手を見つけるために、そのちょっと前はやたら彼氏を作るみたいな話を聞いたことがある。本当にそんな風潮があったのかどうかは知らない。今若い人の間でどういう認識なのかは全然知らないけど、多様化が根付いたのか、一定の過ごし方がもてはやされる時代は終わったと感じる。

ただ私らはナインティーズだから、高島屋でケーキを買った。ホールではなく一人用のものを3つ。今日は実家に帰る予定をしている。バスに乗ろうとしたら、15分以上待った。高校駅伝で交通規制されていたらしい。全然知らなかった。

12/22にアトロクでクリトリック・リスがクリトリック・リス・マスというライブをやっていて、その話を奥さんにしていたら嫌な顔された。今月はワンマンライブをたくさんやっているらしい。

これは2018年のライブ。そうそう、こういう空気が10年ぐらい前にはあった気がする。今はないよな。この人は53歳だから、昭和平成のこの空気のもとで長く過ごしてたんじゃないか。

2022.12.20

引き続き写真集をいろいろ見ていた。高いし場所を取るし、作りもしっかりしていて、中身はいまいちよくわからず、見るたびに何度でも楽しめる、そういう持っていることがいかにも資産のような。

今各所で見かける原美樹子 Small Myths はまだサイン本が出回っている。そろそろ売り切れも出てきて、手に入れるなら今だと思います。東京では12/26まで展示もやっているそうな。

Small Myths

Small Myths

Amazon

最近の本でもないんだけど、最近見かけた Robin Graubard ROAD TO NOWHERE もほしい。ユーゴスラビア紛争に関連した写真集。ユーゴに惹かれてボスニアやクロアチアまで行った身としては、あの頃のユーゴを感じたい。初代K-1王者のブランコ・シカティックはクロアチアの選手で、戦争に参戦するかといって翌年のK-1を辞退していた。

Robin Graubard, Road to nowhere — Office Baroque

CATLOVERS は猫と人の写真集。どっかから集めた写真集っぽい。猫そのものの写真集はたくさんあるけれど、人と関連付けられたものもあるんだなあ。猫が生活の一部となってからは、他の人が猫とどう関わっているのか気になる。

2022.12.21

検査結果を聞きに、朝から医者へ。現状は問題ないが、経過観察をしたほうがいいと言われた。具体的には、来年も大腸カメラをやったほうがいいそうだ。疑われたのはカンピロバクター腸炎か、ベーチェット病。

夏頃から読んでいた「明日なき身」を読み終えた。短編集で、時間を空けて読んでいたから長くかかった。おもしろくないとかではなく、内容が厳しい。火という短編、生活保護を受けている初老の男性が主人公兼著者の、私小説。正月に食べるものがなく、ふりかけを食べている。眠剤と抗うつ剤を飲んでいる。暖房が壊れ、寒さをしのぐために室内で火を炊くと火事になり、部屋が全焼する話。なんでこんなことを書くのだろう。

夏ぶりに映画を見に行った。たまたま映画のチケットが1,000円だった。京都みなみ会館に行ったのは1年ぶり。アザーミュージックという映画を見た。2016年につぶれたレコード屋のドキュメンタリーで、アトロクで知って気になっていた。今見ておかないと、なかなか見る機会が少ないだろうと思って見てきた。わかりやすくよかった。

2022.12.22

朝から姫路へ。病院へ見舞いに行って城へ行ってビジネスホテルに泊まった。温泉もよかった。

2022.12.23

帰ってきてゆっくりしていた。

2022.12.24

一日外仕事。朝から雪が降っていた。山道が通れるか微妙だったけど、そのうち雨になった。クリスマスの思い出といえば、10年ぐらい前ダニー・ハサウェイの This Christmas が好きで夏でもカラオケで歌っていたところ、会社の先輩が「なんでこの季節に…」とつぶやいていたことぐらい。

2022.12.18

赤染晶子「じゃむパンの日」を読む。これはエッセイというより、短編小説みたい。もしくは詩にさえ思える。なんとも不思議な世界だ。小説は読んだことがない。エッセイがこれなら、どんな作風なのか気になる。寒さに凍えながら、他にも本を読んだり作業をしていた。

今日は奥さんが所用で実家に帰っているため、夜を一人で過ごしている。一人だとタイムスケジュールがなく、気づいたときに思いつきで行動する。飯の時間も量もてきとう、風呂もシャワーで済ます、寝る時間も遅い。かといって何をやっているか。ドキュメンタルを初めて見てみた。2016年、結構前だった。長いから途中までしか見ていない。

2022.12.19

朝ギリギリまで寝てしまい、朝食食わず、いろいろやることを忘れつつ出かける。今日も寒い。スクワットで体温を上げる。本屋のInstagramを見ていると、つぎつぎに本が欲しくなってくる。物欲をかきたてられるが、読んでいない本がいっぱいありどれもこれも買ってられない。

お金が有り余っているはずなく、置く場所もなければ、買って積んで忘れてしまっている本もある。服もよく、買って着ないままクローゼットに入れたままのものがあった。そういのを開き直れるほど、その道を突っ走っていない。

なぜ短髪フェチなのか

「なんでショートカット好きなの?」と聞かれ、なんでだろうと思いを巡らせてみた。

昔Twitterで、「ショートは美人しか似合わない」みたいな説があった。顔が整っているから、髪が短くても映える。顔の整っていない人が、長い髪を駆使して誤魔化しているという説。男性でも雰囲気イケメンと言われていた人は大体髪型で誤魔化していた。

別の説では、「美人は何でも似合うだけ」と言われていた。ショートに限らず、どんな髪型でも似合う。ショートが似合うとかではなく、美人とそれ以外に分かれるだけ説。

美人だとかそうでないとかは置いといて、自分の短髪フェチがどこから来ているのか、思い返してみる。小学校ぐらいからそうだったと思う。ただ身の回りにショートの女の子がいたかというと、記憶にない。だから過去の記憶に思いを馳せても答えは出てこなかった。

今自分が短髪フェチであることに、どう説明がつくのか。単純にかっこいいと思うからなんだけど、それでは説明になっていない。まず自分はかわいい人よりかっこいい人が好きで、かっこいいイメージと短髪が結びついている。自分の好意という感情は、尊敬や憧れに結びついており、愛でたいとかっていう気持ちはあまりない。自分の中での分類は、かっこいい→尊敬・憧れ、かわいい→愛でたい という具合に派生していく。

短髪がかっこいいというイメージは、どう結びついているのだろう。短髪女子といえば古くから、「ボーイッシュ」と形容されてきた。男勝りとか、男らしいとか。その反対を指す言葉が「ガーリー」、女々しいとか女らしいという言葉で、僕はどちらかというと女々しい女らしい人より、男性とも対等に渡り合っていく力強い女の人に好感を持った。行こうか同志諸君、撃鉄を起こせ!

強く、独立心があり、快活で全人類をリードしてくれるような女性に惹かれたのだろう。反対に、優柔不断で人に頼る癖がついていたり、自分の意見を言えなかったり、わがままで自分に都合のいい結果をただ待っているだけの、受け身な人間が苦手だった。

短髪女子からは、強く生きる気概を勝手に感じ取っていたのかもしれない。道を切り開く力、自分にないもの、自分が求めるものを持つ人に惹かれる。短髪を強さの象徴と見ていたのだと思う。要するに偏見。でも奥さん以外で短髪の人と付き合ったことはなかった。