なんかやりたいこと

あったんかなー。自分にとってやりたいことは、即物的なことしかなく、その場の思いつきでやってきた気がする。自分の意識は、今と結果にある。未来はあまりない。未来の何かに向けて行動するということがずっとなかった。やりたくないことをやらない、やめる、その結果がある。先々に向けて、何かをやってきた覚えがない。考えたこともない。そういう生き方、思考パターンではなかった。

だから自分にとってのやりたいこととは「今やりたいこと」で、やりたいと思ったら大体すぐやっているから、「やりたいことがある」という状態があまりない。「もう既にやってる」になる。準備段階もあまりない。今すぐできることしかやりたいと思わない。それが例えば旅行の準備といった、やりたいことに至るまでの過程だったとしたら、それはもう既にやりたいことに含まれているから、やっていることになる。

そんな思考・行動パターンだから、「やらなくて後悔」というのはまずない。タイミングを逃した、ということはあっても、行動しなかったことが悔やまれることって思い浮かばない。やりたいことは、やればいいんだから、やらなくて後悔するというのは、僕としてはけっこう理解できない。なぜやらないのか?僕なりの理解では、それはきっとやりたくないんだろう、と思う。怖いとか恥ずかしいとか面倒とか勇気が出ないからやりたくないという気持ちが、やりたい気持ちに勝ってしまう≒やりたくない。

なんかやりたいことあるかな、なんて考えたら、やっぱりないな、と思う。今じゃないな、と思うこともある。それはやっぱり僕の中で究極に強い気持ちであるめんどくさいが勝る。あとはなんかそんなやりたいこととか言い出したら、今の生活が犠牲になってしまう。例えば僕はただやりたくて外国で3年ほど暮らしていたけれど、今はそんなこと絶対できない(もうやりたいとは思わない)。

やりたいことは、なんとなくやりたいというよりは、明確な意思だったり理由があることが多い。10年ほど前、日本の生活が本当に嫌になり、環境を変えたら何か違うかもしれないと思って、外国に住んでみた。いろんな国、仕事、環境を試してみた。結果としては、ある意味で違うには違うけれど、同じと言えば同じだった。環境を変えるということは、あまり自分に影響しなかった。

なんかそういう明確にやりたいことが思いついたら、行動するかもしれない。そしてすぐ飽きてやめるかもしれない。自分にとってのやりたいことって、そんなもんだなあ。

ただ生きるだけのことが

最近は大変なことがあって、つくづく何で生きてるんだろうなと思う。生きていてよかったとか、生まれてきてよかったと思ったことは一度もない。ただ生まれたから生きているだけで、仕方なく生きている。自ら死のうとしたことはないけれど、死のうと思って死んだ人には「わかるー」と言いたい。いや、僕の痛みや苦しみなんてちっぽけなものかもしれないけれど、それでも。

生きていく上で避けられない苦しみがあり、飢えや困窮、人間関係、病気、戦争、災害、差別などなど、人によって違うけれど、なぜそういう苦しみを受けないといけないのか、何のために、と思う。それはある種、原罪のようなもので、生まれたときから避けがたく背負っている。例えば、死に至る恐怖や痛み、苦しみは、程度は人によるが、誰しもが避けられない。

世の中にはそういうものばかりがあって、つまり、生きていく上で痛みや苦しみばかりがあって、なぜそんなつらい思いをしてまで人は生きているのか、僕には全くわからない。その「なぜ」に興味があり、これまで人の苦しみを読んだり伺ったりしたこともあった。人がなぜ苦しまないといけないのか、なんのために。その苦しみの上で、どうやって生きているのか。どう乗り越えているのか。

結果的には、その答えみたいなものは見つからなかった。ただそこに苦しみがあるというだけ。そして人によってはそれが乗り越えられるたぐいのものであり、程度によっては一生癒えない心の傷になり、自ら命を絶つ人や、精神を患う人がいる。困難に意味はなし。痛み、苦しみに意味はなし。生きていける人はそれでも生きていける。何らかの形で壊れる人が脱落する。ただそれだけ。

生きていて、いいこともなくはない。でも苦しみの量、質と比べると、とてもじゃないけど割に合わない。

自分はこれまでそんなにひどい目に遭ったことはない。戦争も災害も経験していない、重い病気や怪我や障害も、いじめも差別も拷問も飢餓も何もない。ただそれでも、誰しもが経験するような苦しみで、つくづく生きることが困難に感じる。なぜこんなにつらい思いをしないといけないのか。きっとホルモンのバランスが悪いのだろう。セロトニンあたりが出にくいのかもしれない。

こんなに苦しいのであれば、僕は本当に生きていたくないわけで、でもなんでこう、生きるということが必然的に苦しむ構造になっているのかが、まったくわからない。そういう人と、そうじゃない人がいる。僕はたまたまそういう人だった。ただ生きることが苦しい。ときどき、こんなに苦しいんだったら人類みな滅亡したほうがいいんじゃないかと思うけれど、世の中にはそんなに苦しくない人がいて、そういう人生エンジョイ勢にとってみれば、滅亡なんていい迷惑なのだろう。

それよりは安楽死・尊厳死などという議論のほうが、まだ現実的だ。安楽死は、自分でできれば一番いいんだろうな。ただの自殺とどう違うのか。手段の違いだけ。周りのことなんて考えなくていいと思う。ただ人の手を借りるといろいろややこしいから、自分で行使できるのが理想だ。集団自殺とか、全員が全員真剣なんだったら、別にいいんじゃないかと思う。

この手のことを、十代の頃からずっと思っていた。ここ1年は人生の苦難みたいなものを遠ざけていたから、最近また現実の痛みを実感しており、昔からこんなことばかり考えていたことを思い出した。ただ生きていることがつらく、苦しい。人間の生なんて、絶対に肯定できない。

40歳近いということ

これを書いてから5年経った。今では30歳より40歳の方が近い。5年前と変わったこともあれば、変わらないこともある。あきらかに老けた。めっきり老けた。当時は痩せていたが、今ではすっかり中年太りを感じる。

前回書きそびれたことで、老いとか肉体の衰えに近いことだけど、感覚が鈍った。感情の振れ幅が小さくなった。若い時ならもっと喜んだり落ち込んでいたことが、あまりどちらにも振れなくなった。きっと大変なことがあれば今でもつらく落ち込む。状況が落ち着いているだけかもしれない。でも若いときはもっと苦悩していた。感覚の鈍化。

経験の影響というのが確かにあって、知っていることや既にやったことがあることには、もう驚かない。心が動かない。同じ映画を何度も見て、最初見たときのような感動が得られないように。二度目以降は、良くも悪くも対処しやすい。手に負えない感情について、手を引く対処も早い。だから長く生きればそれだけいろいろな経験をして、あらゆることが二度目以降になり、慣れ、心は動かなくなっていく。もっと年を取れば知らないけれど。

若さを保つ秘訣なんてものがあるとしたら、常に変化の渦中に身を置くことじゃないだろうか。若さとはすなわち新しいことで、更新し続けることだから、現場の最前線にいたり若い人と同じ鮮度の話をしている人は、年令を重ねても尚若さを保っているように思う。

新鮮な気持ち、反応、感動をしたければ、まだ知らない分野に手を出すしかない。もしくは既知の分野も更新し続けること。若い頃のように、身の回りのすべてが新しくて新鮮だったら、気持ちも若いままでいられるんじゃないか。僕はもう全然そういうのはない。今まで知らなかった分野に手を出してはいるものの、オヤジ趣味で全然新しくない。

ここ数年になって、人生引退した感じはすごくある。以前からあったけれど、それでもそれなりに変化に富んだ日々を送っていた。少し前までは、特に望んでもいない挑戦をしたり、挫折したり、そういうことが続いた。今はただ安定、平穏のみを志して生きている。隠居、引退したと言っていい。

今の状態がいつまで続くかはわからないけれど、もうこれまでのようにあっち行ったりこっち行ったり、新しく人と知り合ったり繋がったり拡がったり、非日常的な経験をすることはないんじゃないだろうか。ほそぼそと暮らしていけたらいいなあと思う。これまではずっと、そうはいかなかったから。

40近くになっても、何も達観したりはしない。偉くなったり賢くなったりしない。責任感が強くなったり、物事をそつなくこなせるようになったり、人に優しくなったり、理知的になったりすることはない。10代の頃の自分と、どれだけ違うのか。二次性徴を過ぎてから、人間は成長したりしない。ただ時間とともに、経験したことに慣れるだけ。

同じことを長く続けていれば、それなりに長けることもあるだろう。けれどそれも元々の能力の壁は越えられない。時間が経ったぐらいでは人間の本質は変わらない。表に出るか、出ないか。

一人だと何もしないな

地元京都では今、「きょうと魅力再発見旅プロジェクト」というのが行われており、府民による府内の宿泊が割引される。

一人だったら絶対利用しなかっただろうな。地元でわざわざ外泊するなんて発想は、いくら割引があってもありえない。去年のGoToトラベルだって、一人だったらきっと利用していなかっただろう。特に行きたいところもなく、ずっと自宅で過ごしていたと思う。

一人旅行自体はよくするほうだった。でも僕の旅行は観光がメインで、国内に見たいところ、行きたいところはない。国内の友人を訪ねる旅行はあったものの、完全な一人国内旅行はしたことがないかもしれない。大学生の頃にバイクで名古屋まで行って、土砂降りになってリタイヤしたぐらい。

旅行に限らず、外食なども一人だとほとんどしない。せいぜいラーメンかカレーぐらいで、軽食と言える。外食のために出かけたり、予約して店に行ったりすることはまずなかった。

一人だと行きたくても行けなかった、というわけではない。行きたいところは一人で行っていた。ただ映画館でさえ、一人ではめんどくさくてほとんど行かなかった。美術展や写真展などは、一人でもときどき行っていた。友達とどっか行くこともあったけれど、予定を合わせるのがめんどくさくて、本当にたまにある程度だった。めんどくさい、が発動しやすかった。

一人だと、ほんと何もしないなと、つくづく思う。誰かと一緒に何かをしたいとか、どこかへ行きたいっていう願望もないから、相手を探してやるようなこともなかった。何もしないというのは、外で何もしないというだけであって、自宅で何かをしている。本を読んだりマンガ読んだり映画を見たりネットを見たり音楽を聞いたりゲームしたりしている。

それらは今もやっている。ただ自分は一人じゃなくなってから、行動範囲が拡がった。活発な人は一人でもいろいろやっていただろうけど、僕はそうではなかった。一人だと、自分の願望の外で何かするってことがない。それは当然のことで、やったからといって見合う何か得られたり、発見があるわけでもない。

世の中の、ありとあらゆるサービスや施策、施設、その他もろもろは、自分を対象としていなかった。だから多くの物事が、自分には関係ないと思っていた。でも一人じゃなくなったことで、行動範囲に含まれるようになった。

そういうことってあるよなーと思った。それだけです。一人だからこそやることもある。危ないこととか。

思春期に好きだった、今思い返すと恥ずかしいもの

なんか人にはそういうものがあるらしい。いわゆる黒歴史になるようなもので、かつて好きだったことも今は言えないとか。自分もあるかなと思ったけれど、あまりない。ないというか、かつてあったかもしれない。今となっては全然ない。

例えば、尾崎豊、NIRVANA、太宰治。このあたりは10代の頃好きだった。それを一時期恥ずかしいと思ったことがあったような気がする。20代の頃だっただろうか、忘れた。今となっては、かつて好きだったことを恥ずかしいと思わない。なんなら今でも好きだと言える。

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通は回帰線

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レコードほしい

尾崎豊もNIRVANAも、よくカラオケで歌っていた。今でも歌えると思うけど、10代の頃は当事者のような気持ちで歌っていた。あの頃に知れたことが、今振り返っても良かったと思う。多分太宰治とか、今読んでもそんなに心を掴まれない。どうだろう、長らく読み返していない。

10代の頃は全集の存在を知らず、青空文庫も知らなかった。太宰治は新潮文庫を新品で全部集めた。ブックオフで買うこともしなかった。当時はやはり、「斜陽」「ヴィヨンの妻」「正義と微笑」あたりが好きだった。僕は今でもサリンジャーが好きであることを公言していて、多分それは一部の人からすると、恥ずかしいことなのだと思う。「ライ麦畑でつかまえて」は子供が読んで喜ぶものだと。

読むだけならタダです

映画はコミカルでした

これらの作品に共通しているのは、青臭さ。若者の悩み。太宰治は40手前まで小説を書いていたけれど、終生青臭さが抜けなかった。読者か弟子かに「どうやってこんな子供の心理を書けるのですか?」と聞かれて「精神が子供のままだから」とかなんとか答えたエピソードがあったような。

若い頃はそれこそ当事者として、それらに親しんでいた。今となっては、はっきり言って心の底から同意できない。しかしそこに、かつての自分の姿を見てしまう。それは恥の対象としてではなく、懐かしさや、失くしてしまったものを悔やむような、そういう気持ちのこもった目線で眺めている。

若い頃に好きだったと、公言できないもの。強いて言えば2chかなー。

夢で見る自分の姿

寝て見る方の夢です。人の夢の話を聞くのが何よりも嫌という人が世の中には一定数いて、これからその話をします。僕はよく、同じ夢を見る。内容が全く同じという意味ではなく、夢の中で、いつもの標準的な自分の姿を見る。夢の中の僕は、途方に暮れていて、貧しくて、一人で、明日をも知れない生活をしている。いつも同じ。

例えば昨日見た夢。僕は日本に帰国したばかりで、地元の駅にいた。年齢は30代、荷物はバックパックが全て。これからどこに泊まるか考えている。今さら実家にも帰れず、でもお金がないから最終的には帰るしかないのかと考えている。

とりあえずどこか泊まるところを探して、働き口を見つけ、その日暮らしにしても、生活費を手に入れないといけない。知り合いのつてを探している。誰に相談できるだろう。やりたい仕事とか、やりたくない仕事とか言ってられない。今手元にあるお金で何日もつだろう。夢の中で僕は、妹に連絡を入れていた。実家から何か自分の荷物を持ってきてもらっていた。

こういう生活が長かった。貯金を切り崩しながら、毎日最低限の出費で暮らす。なるべく家賃の安い部屋に住み、バイトをして、この次にどうするか考えながら今をやり過ごす。意味も目的も発展性もない時間。ただ暮らすだけ。飽きると場所を変えていた。同じことが続くだけなら、この先に展望などなくてもとりあえず行ってみるかと思って、次に進む。その繰り返し。

最初に、先がないというか、先に望むことが何もないなと思った。それから月2万5千円の部屋で、何もせず毎日ダラダラと暮らしていた。ときどき少しだけバイトをした。本当はもう少し続けるつもりだったけれど、このまま同じことを続けても退屈だと思い、半年で切り上げることにした。人生で一番自堕落な半年だった。

それから初めての土地に来た。ここからどうするか、いろいろ調べた。とりあえず安いところに寝泊まりして、バイトを探した。特殊技能があるわけではなく、どこも雇ってくれなかった。募集自体が少なかった。その間もっと安いところに引っ越した。2ヶ月ほどただバイトを探し続けた。

ネットで見つけた、寮付きの肉体労働のところへ行くことにした。今度は郊外へ引っ越し。そこでまた初めてのバイトをする。怒声を浴びせられ、うんざりされ、我慢しながら努力して仕事を覚えた。めちゃくちゃつらいわけではなかったけれど、やはり退屈な日々だった。心身と時間を摩耗していた。半年続けた。

次に何をするとか、あてもなくバイトを辞めて寮を出た。また別の街に引っ越した。バイトを探して、トライアルを受けるが全然できない。自分はもともとデスクワークしかやってこなかったから、手を動かしたり急がなければいけない仕事が何もできない。潰しが効かない。このままだと肉体労働で貯めた貯金を切り崩すだけになる。

別のことをやろうと思った。前々から少し考えていたけれど、引き伸ばしていた。もう他にやることがない。実家に帰り、次のことを始めるまでいさせてもらえるように頼んだ。説明会へ出向き、勉強して、面接を受けた。二次面接へ進み、落ちた。

とりあえず目の前の目標として掲げたものに届かず、でも他にやることがなく、もう一度受けることにした。今度は一次選考で落ちた。実家に居座って二度の選考期間が過ぎ、1年が経っていた。毎日酒ばかり飲んでいた。そろそろ働いてくれと言われ、バイトを探した。何もできない自分にもつとまる、居るだけでいいバイトが見つかった。一人で生活できるほどの給料は出ないため、実家から通った。

親からはもうあきらめろと言われたが、あきらめても他にやることがない。三度目を受けた。前回、前々回の傾向と対策を練った。その期は応募人数が少なかったおかげで通った。1年続けたバイトを辞め、2年居座った実家を出た。研修に入り、ひたすら勉強が始まった。

それは僕に向いているとか、やりたいとか、そういうことではなかった。とりあえずそちらに進んだからやるだけ。ただ目の前のことに取り組んだ。特に優れた成果は出なかった。あいかわらず意味や目的もない。その場しのぎ、続けられなくなったらまた次を探す。その繰り返し。これが3年前のことで、今はもうその現場にいない。

そういう生活をずっと続けてきた。思い返せば、子供の頃からずっとそうだったんじゃないか。僕にとって生きるということは、こういう無為な時間を過ごし、また繰り返していくことだった。その間作っては崩し、作っては崩し、何一つとして積み上げてこなかった。

知り合う人はその場限りの付き合いで、次の場に移れば連絡を取り合うこともない。すぐ疎遠になった。お互いがその存在を忘れていった。その場限りの意味や目的や人間関係は、その場限り以上のものにはならなかった。

会社員を辞めるとき、偉い人から「これからどうやって生きていくのか」と聞かれた。サラリーマンとして転職しないことを伝え、この先のことはわからないと言った。僕自身が本当にわからなかった。わからない、ではいけないのだろう。でも僕は彼らと違って、嫁も子供もおらず、責任はないと思っていた。

今は一旦落ち着いている。かろうじて生活できている。目先のことを考え、お金を貯めたりしている。いつまで続くかはわからない。今の落ち着いた状態がずっと続けばいいと思っている。それでも寝て夢の中で見るのは、馴染みのある毎日。僕は途方に暮れていて、貧しくて、一人で、明日をも知れない生活をしている。それが本来の自分の姿なのだと思う。

十代の自分にアドバイスするなら

最近こういうトピックが何箇所かで続けて挙がっていたので、考えてみた。10代でも20代でもいいんだけど、若い頃の自分にアドバイスだったり励ますならどんな言葉をかけるか。

十代っていうと10歳から19歳にあたるが、まあ要するに中高生時代の思春期が中心となるだろう。そんな若い頃の自分がどうだったか、何を考えていたかなんて覚えていない。だから、10代の自分に一つ言えることは、10数年経つと全部忘れてるぞ。一生の恥とか一生残るようなことって、人から受けたトラウマとかはあるかもしれないけれど、自分がやらかしたようなことはなかった。気になるのは周辺の数年だけ。今から振り返れば(覚えてないんだけど)、全部大したことない。

昔のことは、常に覚えているというより、ふとしたことで記憶が蘇ることはある。それが苦痛だったり痛々しい記憶だったりすることも多々ある。ただまあ今となっては、そんなことどうでもよくなっている。当時の悩みをずっと引きずるようなことはない。だから、悩みから解放されたければ、長生きすること。そして今いる環境を抜け出すこと。僕なんかは逃げ続けた人生だったし、逃げずに続けておけばよかったなんて思うことは一つもない。

他の人には必ずしも当てはまらないと思います。過去の自分にかける言葉があるとしたら。もしくは未来。というか結局自分には今しかないから、過去とか未来とか関係ないのだと思う。先々のことを考えて何かすることはなかった。そうやって言われて行ったことが、何か役に立ったり残ったこともなかった。今できること、今やりたいことを十分にやればそれでいい。だから、もっと勉強しておけばよかったとか、もっと運動しておけばよかったとか、積極的に遊んでおけばよかったとかそういう後悔は全然ない。それなりにやってたかなと思う。まあ自分にはそれ以上の能力はなかったから、できる限りの行動はとっていた。

例えば、25歳ぐらいまで海外旅行には全く興味なかった。パスポートさえ持っていなかった。それが旅行どころか年単位で住むようにまでなった。10代の自分には思ってもみなかったことだろう。サラリーマンをやって辞めてその後はろくな仕事についていなかったり、どの部分も予想していなかった。30半ばで結婚したとか。僕はいわゆる結婚願望はいまだにないから、これも予想のしようがなかった。

この先にも言える。今やってること、好きなこと、考えていることなんて、10年後には全く変わっているかもしれない。10代の頃と今が地続きでなく、別人のようなのと同様に、40代50代の自分は今とは全く関係のない、その日々をそれなりに過ごしているんじゃないか。

10代の自分に言葉をかけるなら、「別にそれでいい、そのままでいい」になるかな。

続「生きづらさ」の本質について

最近「生きづらさってあった?」みたいなことを訊かれて、まあそりゃああったわなーと思うが、自分にとっての生きづらさとはなんだったのかと、ふと思い返してみた。人生の不安要素は健康(病気)、お金(食糧)、人間関係(パートナー含む)の3つだと言う。僕にとっての生きづらさは、ほぼお金の問題だった。人間関係でも、健康問題でもない。

「お金さえあれば、僕の生きづらさは解決する」と言ってしまえば、実に陳腐な人間のようだ。それが例えば、解決のしようがない病気や人間関係に比べると、実に安っぽい問題のようだ。僕にとっての生きづらさが、お金の問題、お金さえあれば解決する問題とは、どいうことか。それはつまり「お金さえあれば、やりたくないことをやらなくていい」という意味だ。お金がないから、食い扶持を稼ぐためにやりたくないことをやり続けてきた。

当たり前だろ、と思うかもしれない。みんなそうだ、甘えんな、と。言い換えれば、僕の場合、お金さえあれば隠遁生活を送る。山奥へ引きこもったり。良好な人間関係なんて全く望まない。僕から言わせれば「人間関係?どうでもいいだろ、甘えんな」である。僕がいかに人間関係をどうでもいいと思っているか、その事例として軽いエピソードを挙げる。僕がかつて集団生活をしていたときに、一人の男性と相部屋だった。彼は周りの全員から嫌われており、僕がその集団を抜けたあと、全員が彼との相部屋を拒否したそうだ。僕はその彼が嫌われていたことにも気づかなかった。同じ部屋でずっと寝起きしていた。それぐらい人間関係どうでもいい。

寂しさもあまり感じてこなかった。それよりなにより、やりたくないことをやることのほうがつらい。就職面接なんかで「本当はやりたくないけどお金のためにしかたなく」って言いたい。志望動機とか全部ウソ。大学生の頃「やりたいことがなければ、消去法で就職先を決めたらいい」と言われて決めた。僕は本当にやりたいことがなかったから、いろんな業種・業界を受けた。ことごとく落ちた。候補の共通点は、年間休日とかそういうのだったと思う。

世の中には、宝くじが当たっても仕事は辞めないっていう人がそこそこいると思う。もしくは、十分な蓄えがあってもなお仕事を続けている人は多い。それにひきかえ、僕なんかほとんど蓄えなくても辞めた。嫌すぎて辞めた。仕事の全部が全部嫌だったかというと、そういうわけではない。でもこのまま続けたら病むなーと思ってリタイアした。

冒頭で「生きづらさはお金の問題」と言ったが、給料に不満はなかった。お金の問題ではあるが、お金さえあればなんでもいいという意味ではない。仮に、倍の給料をもらっていても辞めたと思う。問題の本質は「やりたくないことをやる」という部分にあった。つまり僕にとっての生きづらさは「やりたくないことを、いやいやながらも前向きな顔して、やらなければいけないこと」である。やりたくないことをやらなくても、餓死しないだけのお金があったら、生きづらさから解放される。

「いやまあ、死んだら死んだでいいでしょ?」と割り切れたら、そもそも生きづらさなんて思うこともなかったんだろうな。現実的に死と向き合うと、それまでの過程がなかなか大変だ。その日暮らしで、ホームレスに行き着いて、食うに困って餓死、行き倒れ、寒さに耐えれず、病気になっても治療を受けられず、そういう最後が待っている。「生きづらさ」と天秤にかけるに値するだろうか。僕にとって、この世界を生きるということは、病むか、ホームレス、その二者択一だったように思う。そんなのどっちもどっちだろ。

だからまあ、まだ体が動くうちに、健康を害する前に好き勝手やっている。会社員を辞めたのが2013年で、それから8年経った。その間、半年とか1年とか、短い期間だけどやりたいわけではないことをあれこれやって、食いつないできた。それぐらいだとギリギリ耐えられたのかな。今生きづらいかっていうと、まだ差し迫ってないから、今のところは平気です。

僕から見れば、やりたくないことをやらなくても生きていけたり、何事もそこまでやりたくないと思わない人は、それだけで結構人生勝ち組だと思う。勝ち組って古い言葉だな。昔流行った。

よくある感覚

今はこれといって忙しいわけではないんだけど、気づいたら時間が過ぎている。1日が終わり、一週間が終わり、無意識のうちに月日が過ぎ去っていく。特に何をするわけでもなく。毎日あれこれやっているけれど、自分の意識がついていっておらず、自覚がない。体感というか、感覚がない。その場その場で意識はあっても、気づいたらもう通り過ぎてしまっているから、忘れている。今から思い返しても、事象はもう終わっている。浦島太郎状態。それどころか、思い出すことさえできない。

気持ちの余裕がないのかもしれない。このまま、生きている感覚がないままどんどん時間だけが進んでいくような気がする。だから、くさびを打ちたいと思ってこうやって書き残している。不連続な時間を生きている気がして、その時間と時間をなにか別のものでつなぐことで、意識というか自我を保とうとしている。

自分の幸せ

自分の幸せという発想は、昔からなかった。苦しい思いをしたくない、つらい思いをしたくないという気持ちはあるけれど、幸せになりたいというのとは違う。自分の幸せのため、幸せになるために何かしようとかって思ったことがない。幸せについて、あまり考えたことがなかったのだろう。自分にとっての幸せとは何か、という像がない。どうしたいのか。希望というか、理想がなかったから、あえて考えるまでもなかった。

僕は今、人生で最良の時間を過ごしている。予想もしていなかった生活であり、目指してもいなかった。たまたま転がり込んできたラッキーだった。だから、自分の幸せは今ここにある。それまでにもあった気がする。一人のときも、不安も大きかったがそれはそれで好き勝手やっていたから、良かった。自分にとって、自分の幸せは理想を描いたり目標を定めて勝ち取っていくものではなかった。身近に存在して、実感するかしないか曖昧なもの。あまり考えなくていいもの。

「闇金ウシジマくん」で、借金した友達を助けるために、事故のあった原発で除染処理の仕事をするという話があった。おそらく、つらく苦しい思いをして、命まで失うだろう。そこに自分の幸せはあるのだろうか。自分だったらやるだろうか。誰のためだったらやるだろうか。「やる」と答える人は意外と多いと思う。そして「やる」と答える人は、自分の幸せを見つけている人じゃないだろうか。

「人に好かれなくてもいい」と言うと、信じてもらえない

らしい。らしいというのは、本当に信じてもらえないのか、僕自身はよく知らない。多くの人は「人に好かれなくてもいい」ということがただの強がりと感じるか、よく理解できないだろう、と言われる。どうやらみんな、人に好かれたいらしい。

ときどき、「なんで人に好かれたいの?」と聞くことがある。すると、「人から好かれると嬉しい」とか「自然に人から好かれたいと思う」とか、そういう答えが返ってくる。僕は個人的に、人に好かれたって厄介なことのほうが多いと思っている。だから、誰でもかんでも好かれたいとは思わない。むしろそういうことはなるべく避けようと思う。人に好かれてもいいことなんて全然ない、というのが持論。厄介な人は関わらないでいてくれたほうが嬉しい。

でも、どうやらそういう話ではないらしい。人に好かれたい人は、「人に好かれてもいいことない」などといった理由云々と関係なく、無意識に「人に好かれたい」という欲求に囚われているそうだ。何故なのだろう?僕の仮説では、一般的には人に好かれることによって、仲良くなり、助け合える手が増え、命の危険が遠ざかり、生活の安全性が増す。つまり自分を守るために無意識に「人に好かれたい」という本能が働くのではないか。ビジネスなどにおいては、人脈が広いと事を運ぶのに有利とされる。あれのもっと原始的なやつが、「人に好かれたい」という本能だと思う。承認欲求とかも多分そこからきている。認められた方が命の危険が遠ざかるから、認められると喜ぶように体ができている。

以上が僕の仮説だけど、それで僕が「人に好かれなくていい」と感じていることも説明がつく。経験上、僕は人から排除されることのほうが多かった。人に好かれようとすると返って嫌われる。安全性を上げるはずの行為が、下げる結果に陥ってしまう。「人に好かれたい」なんて思うことは、意味を成さないどころかむしろ逆効果だった。

自分の本質は人に受け入れられない。そんな自分が人に好かれようとするとマイナスに働く。どちらかと言えば人に認識されないほうが安全だった。だから自分は「人に好かれたい」と思うよりも「目立ちたくない」「他者に存在を認識されたくない」という意識が働く。安全を確保するという本能が、「人に好かれたい」という欲求に結びつかない。僕の場合は。

僕が本質的に人に受け入れられないのは、おそらくだけど共感性が乏しいからだろう。人の言っていることがわからない。人に理解されない。共感性が高い人たちの間で説明不要な輪に、自分は入れない。存在を認識されると、輪を乱す異物として排除される。人と共感できたり、共感したいと思う人は、僕の例は全然参考にならない。

僕がここで言う「人に好かれたい」とは、「不特定多数の人間から無条件に好かれたい」という感情のことを指す。そういう感情は、僕は一切持ち合わせていない。だけど僕も、特定少数の人には好かれたいと思う。対象となるのは、自分が好きな人。自分が好きな相手からは、さすがに好かれたい。そのためには多少の努力もいとわない。それ以外人は心底どうでもいい。全く好意を持たれなくていい。例えば店員とか二度と会わない人とかに、自分のことをどう思われても構わない。

人から好かれるために、自分の本質を隠して擬態する人もいる。僕も仕事上など、どうしても人に好意的な印象を持ってもらわないといけないときは、擬態するようにしている。それ以外ではなるべくやらないけど、人によってはずっと擬態したままの人もいるんじゃないか。僕はそうやって人に好かれる人間を演じるのがすごく疲れるから、なるべくやりたくない。いざ好かれても、ボロが出ないようにずっと気をつけていないといけない。そこまでして人に好かれるなんて、とてもじゃないが割りに合わない。

本当に好かれたい相手にも、擬態は使わない。それは擬態が好かれているだけで、自分が好かれているわけではないから、本質的な意味を成さない。擬態の方を好きになられても困るため、素の自分が好かれるように努力する。これがけっこうな労力を要する。そうやすやすと行使できないほどに。そしてなかなかうまくはいかない。だから滅多なことでは人から好かれたいなんて思わないし、やらない。

具体的にどうやるかというと、自己開示するだけ。まずそれができるような関係になる。それまでの段階で、自分の本質が受け入れてもらえそうなのかどうか探る。それから、徐々に自分の中身をさらけ出す。好かれるかどうかは実際やってみないとわからないが、嫌われるかどうかはだいたい分かる。嫌われそうだったら、その段階より前に進めず終了。

それ以外においては、特段人に好かれて喜ぶことがない。似たような文脈で「褒められて嬉しいか?」というのがある。僕の回答は「相手による」「分野による」。誰からでも好かれて嬉しいわけではないのと同じで、誰から褒められても嬉しいわけではない。自分より優れた人から褒められたら、それは価値ある称賛だと思う。そして自分が好きな分野、興味のある分野で褒められると喜びがある。それ以外は特に、なんとも思わない。

学校が嫌いだった

バナナムーンゴールドを聞いていたら、学校の話題だった。学生時代の思い出話みたいなやつ。それで思い出した全然どうでもいいこと。

僕は学校否定派です。学校で学んだことは本当に何もなかった。社会性とか全く身につかなかった。行きたい人は行けばいい、行きたくない人は行かなくていい制度であってほしかった。学校が好きな人や、学校で学ぶことが多い人だけ十分に活用すればいい。日本だと半分ぐらいの人が、僕と同じ学校否定派なんじゃないかな?「学校にいい思い出無い」「学校のせいで人生狂った」っていう人はけっこういると思う。

もしかしたら、僕が行っていた学校が嫌なところだっただけかもしれない。よく夏休みといった長期休暇が続くと学校に行きたくなるとか言う人がいた。僕はそういうの全くなかった。ずっと休みが続けばいいと思っていた。テストだけ受けに学校行く制度でよかった。

学校がなければ、少年時代をもっといい時間として過ごせていたのにと思う。とにかく僕にとって、学校は無いほうがよかった。義務教育って事になっているけれど、だったら試験の点数さえよければ登校免除でいいだろう。習い事をしていたから友達もいた。趣味の友達もいた。同じ年齢というだけで、他に何の共通点もない人と同じ時間を過ごすよりも、年齢も住む場所も関係なく何か同じことを一緒にやれる人と関わるほうがよほど実になる。

まあ、大学みたいな学校だったらいい。授業も関わり方も自分で選べるタイプの。小学校からずっとあの形式だったらよかったのにと思う。選べない人、右に倣えしかできない人だけ、従来の義務教育を選べばいい。もしくは試験でいい点を取れない人だけ、一律の教育を受けさせるとか。

勉強は塾で学んでいた。友達も先生も塾にいた。塾と学校の違いは、気持ち悪いベタベタした部分がないところだろうか。お金払っているだけあって、あっさりしていた。学校もそれでよかった。気持ち悪い情操教育みたいなのいらない。

集団行動が嫌いで、そういうのを全部避けたかった。避けられるものは避けていたし、強制されるものは我慢していた。そういうの、本当に全部いらない。苦痛でしかない。学校はいい思い出がなくて、嫌な思い出ばかり。トラウマも多い。先生にみんなの前で恥かかされるとか、僕の世代はまだ先生に殴られることも多かった。百害あって一利なしだと思います。

あと、社会に出れば学生時代がいかに楽だったかわかる、とか、学生時代に戻りたいって言う声も聞いたことある。僕は全く逆です。小中は特に、悪夢でしかなかった。唯一大学生の頃だけ戻りたい。金も希望も充実もなかったけれど、自由があり責任はなかったのが大学時代。自由も責任もなかったのがそれ以前、どちらもあるのが大人。

あまりに嫌だったせいで学校アレルギーになっているところはある。クラスにいた全然楽しそうにしていないやつ。呪いを散布してそうなやつ。あれが俺です。『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』で、爺さんが孫に学校へ行かせない方針をとっていて、素直に賛成だと思った。ただあの娘には、何らかの形で人と関わらせることはしたほうがいいと思う。横並びの世界には入らなくていいけれど、外の世界には触れたほうがいい。

けっこう前、僕は割と熱心にブログに取り組んでいた。僕の生き写しはブログと言わんばかりに、自らをそこに反映させていた。その頃の自分が書いた文は、もう今は書けなくなっている。そして今はもう、ブログへそこまで自らを費やしていない。

そういうものは他にもある。あれだけ熱心に撮っていた写真も、今はたまに撮るぐらい。当時の僕を知る人は、常に写真ばかり撮っていたイメージを持っていると思う。今は全然そんなんじゃない。熱意がなくなったとか、写真に飽きたとかではない。今でも撮るときは撮る。ただ、そんなに撮らなくなった。

旅行も全くしなくなった。コロナだからという理由もあれば、結婚したからという理由もある。ただ、前々から行きたかったところはあらかた行き尽くした。今後アフリカより遠くへ行くことは、まずないだろう。アイスランドとかロシアとか行きたいとは言ってるが、なんとなくというだけで一生いかないかもしれない。昔ほどの旅行熱はない。

本や映画は相変わらず消費している。数が減ってはいるけれど、心情的に変わらない。英語はどんどん落ちている。もともと趣味ではなかった。今、ここ1年ぐらいの間にブログや旅行、写真に取って代わったのはなんだろう?

一つはレコードだと思う。集めて聴いているだけ。これもいつまで続くかはわからない。ただ僕にとっては久しぶりの新世界だった。聴いているだけにしても、今まで全く接点のなかった音楽に触れるようになった。シティポップもそうだし、AORとかアンビエントとかが未知の世界だった。プレーヤーを買ったのが大きかった。もう一つ取って代わったのは今の仕事絡み。

自分がやっていることはそのときどきで移り変わる。それに伴っても、伴わなくとも、関わる人は時間の流れに従って大きく変わる。人付き合いがあまり続かないほうだ。ただ僕の場合は、今でも旅行が好きだし、写真も好きで、撮ったり買ったりする。ブログだってこうやって書いている。僕はころころ本流が変わる方だけど、かつて熱中していたものが、自分の中からまるごと消えてなくなったりしない。「なんであんなことに真剣になっていたんだろう?」って思うようなことには、初めから手を出さないです。それは人も同じ。

My First なんちゃらかんちゃら

僕らの若い頃には、まだ「ヤラハタ」という言葉があった。意味は、やらずの20歳。つまり、20歳で成人をむかえてもまだ童貞である人間のことを指して、ヤラハタと呼んでいた。僕らの若い頃、つまり20年ぐらい前は、童貞であることがかっこ悪いこととされていた。しかもハタチを過ぎてまだ貫いているのは、なにか人間的欠陥があるとか、そういうふうに思われていた。今はどうなんだろ、知らない。

でも多分ヤラハタなんて言葉はもう使われていないだろう。そういう風潮もなくなっていると思う。僕がヤラハタという言葉を知ったのは、マンガGTOからだった。グレートティーチャー鬼塚。今読むと、90年代末期の時代性をよく現していると思う。池袋ウエストゲートパーク(ドラマ)とかも、当時の空気感をよく現している。

グラップラー刃牙の少年編では、自衛隊のガイアが「童貞を捨てた」と言っており、注釈で※初めて人を殺したことと書かれていた。え、そんな言い方するー??と思っていた。僕らは本当に、性欲に振り回される人生だった。「僕らは」と言うのは、多分僕だけではないという確信がある。女性が毎月生理に苦しむのが呪いだとしたら、男性の呪いは性欲に振り回されることだと思う。僕の性欲が、少なくとも女性平均並であったとしたら、もっとマシなことに人生の時間を費やせていたんじゃないか。僕の人生の時間の約半分は、オナネタを探すことに費やされていた。半分は言いすぎかもしれない。睡眠とかもあるから。起きている時間の大半は、ということにしよう。

いや、それは言い訳に過ぎない。僕の性欲が人並みだったとしても、きっと僕は勉強しなかっただろうし、スポーツもやらなかった。打ち込む趣味もなかった。ただ何をすることもなく、寝て過ごしていたと思う。今と同様に。性欲がもっと乏しければどうだっただろう。本当に性欲を失ってしまった今になって思うのは、もっとまともに人と関われたかもしれないということ。人、というより女性と、性を意識せずに関われるようになったのは30代も後半になって枯れてから。

もちろん小学生の頃からずっと、意識しない対象はいた。多くいた。たくさんいた。そうではなく、今だったら対象の人であっても、意識せずに面と向かって関わり合うことができる。若い頃はそれが難しかった。女慣れとはつまり、そういうことだろう。興味の対象であっても、女性として意識せずに接することができること。性を意識しない異性の友達ができる中高生は、さぞ人生を満喫しているのではないか。

呪術廻戦でイタドリ君は、一度人を殺してしまうと境界がなくなってしまう、簡単に殺す対象と大事な人が曖昧になってしまうと言っていた。僕は同じことをセックスで思っていた。行為のための関係なのか、関係のための行為なのか、そのどちらでもないのか。これまでセックスした相手のことをどれだけ覚えているだろう?僕の場合、ちゃんと付き合った人のことは覚えているけれど、それ以外は曖昧。何人とかはわからない。名前は全くわからない。顔も曖昧。どんな状況だったかということがかろうじて思い出せるぐらい。それさえも忘れている人はいる。それがいいとか悪いとかではなく、それらが同じ行為だと思うとよくわからなくなってくる。大事なことなのか、そうでないのか。

Phaさんの「夜のこと」は読んでいないけれど、そういうことがもっとしっかり書いてあるんじゃないかなと勝手に想像している。性欲がなくなってから、本当の人生が始まる。本当の私、デビューワンデイアキュビュー

若くて性欲が溢れていた頃の自分を思うと、本当に不憫だ。15歳かそこらで性欲の使いみちがあった人は、人生踏み外しているか安定しているかのどちらかだろう。若い頃の自分には、なにもアドバイスできない。おそらく何もできなかっただろうし、大人が何言っても何も解決できないだろうから。ただ耐え忍ぶのみ。時が過ぎるのを待つばかり。

世の中を良くしたいという気持ち

先日フェミニズムに関しての話を聞いていた。その人は自分の大事な人が傷つくような社会は間違っているから、社会が良くなるように働きかけをしたいというようなことを言っていた。端的に言って、世の中を良くしたいという気持ちがあるらしい。

僕にはそれ、全く無い。世の中を良くしたいという気持ちが全く無い。そういうことをしみじみ実感した。例えばその男女差別だとか、人種差別がなくなればいいなーとは思うけれど、そういう社会を実現するために何か働きかけをしようなどとは全く思わない。その人だってもしかすると、自分の身内に関わる具体的なできごとがなければ、僕と同じだったかもしれない。

世の中を良くしようとする働きかけは、例えばデモやロビー活動、署名運動、表現活動、政治家や財界、周りの人や世の中に訴えかける活動、勉強会や講演会を行って意識の共有を図ったり、などがあるのだろうか。それをやっている人についてどうこう意見は持っていないが、自分は全く興味ないなー。

多分、世の中を変えるとか、良くするとか、そもそも世の中に対してあまり興味がないんだろうなと思う。僕はしかたなく生きているけれど、こんな世の中さっさと滅びてしまえばいいと思う。世の中が良くなることなんって、これっぽっちも期待してない。だから世の中を良くする働きかけなんて絶対にしない。

僕がこの世の中に対してあるのは、怨恨だ。世の中が僕を認めようが認めまいが、これから世の中がどれだけ良くなろうと、僕が世の中を認めることはないし、許すこともない。どちらかというと、呪っている。でもそういった姿勢を具体的な行動で示すほど、積極的でもない。ただ憎悪しかない。意識すると疲れるからなるべく無視しようと試みている。