旅行鞄はどうやって捨てるんだ?

お題「捨てられないもの」

10年前に買ったバックパック、内側がボロボロになってきた。

もうバックパックで旅行することはないだろう。それでも記念にとっておいたけれど、こんなにボロボロになってたらさすがに捨てたほうがいいのかなと思っている。けれどデカいし、金属フレームが入っていたりして、家庭ゴミで出すのは難しい。もしくは解体して部品ごとに家庭ゴミで出すか。

長く使っていた。2013年から2019年まで現役で使っていた。そのうちの3年ぐらいは、このリュックの中身だけが持ち物の全てだった。カバン自体高かったし、重いし、特別使い勝手のいいリュックではなかったけれど、デザインが気に入っていた。生地が強く、ビニールだから水を通さないのも良かった。長く旅行していると、いろんな国で雨に見舞われることは多かったが、中身が水浸しになったことは一度もない。

旅行のときに履いていた靴なんかはさすがに捨てた。寝袋は空港に忘れてきた。この鞄はまだ残っている。カメラもあるけど、旅行の時以外も使っている。僕が旅行してきたことを象徴するような物は、他にもう残っていないんじゃないか。そう思うとゴミ同様とは言え、捨てるのをためらう。バックパックは思い出の品というよりも、当時の自分を象徴する物体と言える。これがあっての自分だった。

海の話

海日和だ。自分は海のない土地で生まれ育ったため、海には馴染みがなく憧れだけがある。海沿いに住みたいとか思っていた。理想はやっぱり西海岸か。サンタモニカとか、行ったことないけど、行ったことないなりに理想のベイエリア。マイアミとかキーウエストも行ったことない。海といってもそういうベタなところしか思い浮かばない。

いやもっとベタなところでハワイ、グアム、沖縄あたりは行ったことある。一番最近に行ったのはタイのサムイ島で、海水浴場ではなくホテルのビーチだったけどまあ良かった。宿泊客があまりいなかったのもよかった。その前は新婚旅行でモルディヴに行った。意外と行ってますね、海。

オーストラリアの海は当たり前のようによかった。でも全然泳いだりしなかった。今考えるともったいない。ゴールドコーストのサーファーズパラダイスも、バイロンベイもただビーチを歩いて終わった。その前はクロアチアのドゥブロヴニクで泳いだ。ビーチではなく岩場のようなところから海に入った特殊な体験だった。

海外ドラマで、カリフォルニアの海沿いのシェアハウスに麻薬捜査官が住む話があって、あの家はちょっとした憧れだった。今検索してみたらグレイスランドという名前のドラマだった。ドラマの内容自体はべつに普通だった。

初めての一人旅はベトナム、ホーチミンだった

お題「初めて一人旅をします。一人旅でよかった場所、一人旅初心者におすすめの旅行先を教えてください。」

ベトナムに特別な思い入れがあり、憧れを抱いていたから、初めての一人旅はベトナムでよかった。それも北のハノイではなく、南の陽気なホーチミンがよかった。当時の走り書きのようなメモが残っている。

そういう人じゃなくても、初めての一人旅にベトナムはちょうどいい。道を歩くたびにバイクタクシーが声をかけてくる、店頭ではボッタクられる、ウィードを買わないか、マッサージいらないかと声をかけられる、これぞ一人旅の洗礼。欲をかいて下手についていって、身ぐるみ剥がされることもあるかもしれない。しかしこの経験は10年以上前だから、今は違うかもしれない。あれからベトナムは大きく発展している。今はもっと安全で洗練されていることだろう。

初めての一人旅、少しぐらいハードルがあるほうが、冒険心が刺激されていい。タイや台湾なんかもいいだろう。香港もそういう場所だったけど、今はどうかわからない。インドはややハードルが上がる。より斬新な刺激を求めているならいいと思うけど、女の人は衛生面や安全面の憂慮が必要になる。ネパールはいいと聞いた。ラオスもマレーシアもいいそうだ。もっとハードルを下げたければ沖縄とかでもいいと思う。それを言ったら元も子もないけど、行きたいところに行くのが一番いいかもしれませんね!

名残惜しい海外旅行ですね

最近かつての同居人が旅行していて、Instagramに写真が上がってくる。ハワイからアメリカ本土に入り、今メキシコにいるそうだ。正月はアメリカで迎えていた。

彼は40代で、金があるわけでも学があるわけでもない。同居していたのは10年ぐらい前。半年ぐらい同じ家に住んでいた。その後彼はイギリスで2年暮らし、日本に帰国後は帽子屋かなんかで働いていた。それから何やっていたのか全然知らなかったけれど、最近の動向がInstagramに上がってくるようになり、また渡航していることを知った。

彼はイギリスに行く前にも2年オーストラリアで、1年ニュージーランドで過ごしていた。そういう生活がやめられなかったのか何なのか、今具体的にはどうしているのか、なぜメキシコなのか、詳しくは知らない。ただその姿に、かつての自分を重ねる。

僕もよく旅行していた。彼の旅行とはまた種類が違うけれど、もう旅行をしていた日々が遠くなっている。旅行していた当時の日記も残っており、彼の姿を見るのと同様、当時の自分をうらやましく思う。かつての自分に戻れたら、とは思わないが、旅行はまたしたい。あの感覚を再び、とは思う。

2018年に、僕はアフリカのガーナにいた。「タウンの偉い人に会わせるから」と言われ、35℃の炎天下で待っていた。4時間も5時間も待たされた。挙げ句「今日は来ない」と言われた。カルチャーショックだった。時間、約束という概念が、彼らと僕とでは全然違った。また暗黙知があまりに多く、門外漢の自分には誰もルールを教えてくれなかった。明文化されているわけでもない。人によって解釈も異なる。異文化は文字に起こせないと思った。日本の文化だって、外国人が理解できるような文献、ルールブックは存在しないだろう。

なんかそういうのが、僕にとっての外国であり、旅行体験だった。通じているのかどうかわからない言葉。輪郭のはっきりしないローカルルール。そこにいることで感じる、圧倒的な異邦人感が不安で心地よかった。快適さなんて微塵もない。全てが冒険で、挑戦だった。

旅行は所詮レジャーだから、遊び感覚でそういう体験を楽しめるのがいい。移民、留学、就職となると遊び半分ではいられない、真剣なものとなる。そういうのは全然求めていなくて、頑張りが必要になるとただしんどいだけ、つらいだけ、苦しいだけになり楽しめない。頑張った成果なんて求めていない。その場限り楽しければそれでいい。

かつて机を並べた友人たちが、今イギリスやドイツの大学院に通っていることや、タイやカンボジアやモザンビークや東ティモールの企業で働いていることは、素直に応援したいし、ある意味うらやましい。でも僕が一番憧れるのは、何を頼りにしているのか、何の頼りもないのかわからない、冒頭に挙げた彼。人から見れば、ただよくわからない旅行をしているその姿。

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「日本を降りる若者たち」を読んだ

2007年に出た新書。一年の大半をタイ、バンコク、カオサンロードの日本人宿で過ごし、残り数ヶ月だけ日本で働いて生活費を貯めるという、当時一部で流行った「外こもり(海外で引きこもり)」というライフスタイルを調査した本。どういう人が「外こもり」の生活スタイルを行っており、どういう背景でそこに至ったか。年齢は、きっかけは、収入源は、10数人インタビューしていくなかで、その分類と傾向が見えてくる。また、外こもりの現場としては主にタイを取材しているが、カンボジアや沖縄の話も少し登場する。

著者は旅行ライターの下川裕治。もともとは格安航空券を紹介する本で有名になった人。ガイドブックや紀行文、旅コラムのような本もたくさん出ている。この「日本を降りる若者たち」のような、ある種ジャーナリスティックというか、ノンフィクションめいた著作は、旅行本界隈では珍しいんじゃないか。楽しさや冒険、波乱万丈を描く旅行本が多い中で、「日本を降りる若者たち」では旅の裏側、現実、ダークサイドの実態調査を行っている。

ここに出てくる人、書かれていることは、ほぼ自分に当てはまると思った。全部が全部思い当たる。同時に、全部が全部自分ではない。例えば、第三章「ワーキングホリデーの果てに」に書かれていることは、ワーキングホリデーに行った人の半分ぐらいは当てはまると思う。

漠然と海外で暮らしたいと願っている若者は少なくない。そんな若者にとっても、ワーキングホリデーは都合のいい手段なのだろう。働くこともできるし、仕事がなければ英語学校に通えばいい。しかしそこで味わう生活には寂しさがつきまとうことが多い。自分から輪のなかに入っていかないと友だちもできないスタイルが欧米型の社会だ。日本人のなかにはそれが苦手な人が多い。
「前にがつがつ出ていくタイプじゃないんです。妙なところでは我が強いけど。オーストラリアでも、うまく溶け込んでいく人を見ていると、そういうこと、自分にはできないなって思っちゃうんです」
こういうタイプはやはりアジアなのだろうか。控えめが美徳であるという風土…。その言葉は肩の力が抜けるように響くのかもしれない。 P76-77

前半は、自分もそういう思惑でカナダへ行った。なんとなく海外の生活を体験したいというのが、一番の目的だった。学校も行ったし、アルバイトもした。ただまあ自分はその生活が寂しいとは全然思わなかった。話す人も、遊びに行く人もいた。現地のカナダ人、他の国から来ている人、自分と同じ立場の日本人、まんべんなく付き合いがあった。一人でも楽しかった。特に自分から前に出ていく方ではないけれど、住んだ家とかたまたま周りの環境がよかった。あと英語がある程度わかったのも大きい。

ワーキングホリデーでカナダやオーストラリアに来ている人は、半分以上が英語が全然ダメだった。僕も現地の語学学校に半年通ったから、そこそこになっただけ。ほとんどの日本人は3ヶ月とか、短い期間しか学校へ行かない。しかも最初のレベルが低い。英語が全然ダメでも、外国人と仲良くなる人はたくさんいる。そのあたりは性格に左右される。引っ込み思案で言葉もダメとなるとなかなか難しい。向こうへ行っても結局日本人とばかり一緒にいる人は、そういう人だったのかな。

ワーキングホリデーに行く人は、よくも悪くもこの本を先に読んでおいていいと思う。 #ワーキングホリデー #オススメ #ガイドブック #日本を降りる若者たち ぐらいで考えてもいい。ワーキングホリデーの前向きな情報を紹介する本やサイトはいくらでもある。この本でネガティブな側面、決してネガティブとも言い切れない側面を、まとめて読めるのは都合がいい。

他にも、自分には当てはまらないけれど留学リベンジ組や、シニアロングステイ組、鬱病回避型など、幅広い事例が紹介されている。この本が出てから10年以上経った今のバンコクでは、もう成り立たないかもしれない。ここに書かれているカオサンロードは、かつての桃源郷の姿かもしれない。旅行の文化史として読んでもおもしろいと思う。ただ僕は正直、ここに出てくる人たちのそれぞれが全く他人事ではない。

自分もこうだった、自分もこうなっていたかもしれないという身近な事例が満載で、心穏やかに読み進めることができなかった。自身が逃避先として外国に出たのは全く同じ。以前に感想を書いた本で「アジアンジャパニーズ」というものがある。「日本を降りる若者たち」は、言うならば「エモくないアジアンジャパニーズ」、「アジアンジャパニーズのなれの果て」。あの本を興味深く読めた人も、読みやすいとは思う。一見してやはり、暗いことばかり書かれている。

中には、あまり共感できなかった点もある。僕はそもそもタイやカオサンにそれほど魅力を感じなかった。僕が初めて行ったのが2011年だから、2007年当時とは様相が違うのかもしれない。東南アジアの大都市で、娯楽も観光地もある。コンビニ、スーパー、屋台、ショッピングモール、電気街、クラブ、ゴーゴーバー、なんでもある。少し移動すればタイ人だけが暮らす地域もあり、バスや電車で田舎にも行ける。便利だと思う。

でも、行ってもやることがないなーと思った。僕は観光旅行で行ったからそう思っただけで、生活の場となるとそもそもやることなんて求めないだろう。トロントもやることはなかった。単純に、タイにもタイ語にもタイ人にも特別な魅力を見出していないだけかもしれない。タイ語を学んで現地就職を目指す人のことも書かれていたが、全然やりたいと思わなかった。

もう一つ。僕は日本人宿に行ったことがない。外国へ行ってまで、あえて日本人ばかりのゲストハウスに泊まる意味がわからなかった。日本人宿のメリットは、旅行者だと情報交換ができたり旅の仲間を探せたりする、と言う。これは別に、日本人宿じゃなくてもできる。宿泊客が日本人同士で、生活習慣の違いを気にしなくていいとかもあるそうだが、僕はそういう日本らしさからの逃避で外国に行っていた。外国へ行ってまで日本の習慣なんて、まったく求めていなかった。

だから、これらカオサンの日本人宿を中心とした「外こもり文化」とは、基本的に相容れない部分も大きい。その源流となるバックパッカー文化も、乗れないところがたくさんある。それでもなお、彼らの話は一部僕の話であり、僕が憧れた部分もあり、自分がこうなったかもしれない姿だった。特に精神を患って、日本社会から脱するために「外こもり」をしている人の話では、日本で無視され続けた人間の行き着いた先にカオサンがあり、国内における社会病理の逃げ場として機能しているところなど、自分や身の回りの現実とめちゃくちゃリアリティを持って重ね合わせ、考えることができる。この本を読んでいると、思い浮かぶ顔がいくつもある。彼は、彼女は元気でやっているだろうか?同様に、僕の顔を思い浮かべる人もいるかもしれない。

「ニッポンの海外旅行」を読んだ

この本は「日本の若者はなぜ海外旅行をしなくなったのか?」という疑問に端を発し、1960年代から2010年までの50年間における、日本の若者の海外旅行傾向の推移をまとめた本だった。僕みたいに旅行が生き甲斐だった時期のある人間からすれば、非常に興味深いテーマを扱っている。それぞれの時代で若者の旅行に影響を与えた「何でも見てやろう」(60年代)、「地球の歩き方」(70年代)、「深夜特急」(80年代)、「旅行人」と「アジアンジャパニーズ」(90年代)「猿岩石日記」(それ以降)などが全て出てくる。地球の歩き方は読み物ではなくガイドブックだけど、全部読んできた本ばかりだ。

この本では序盤に「日本の若者の海外旅行が著しく減っている」「とりわけバックパッカーは昔に比べると見る影もない」といったような書かれ方をしている。実際に海外渡航数のデータを引用して、少子化を考慮したとしても著しく減少していることを示している。ただ、自分としてはあまり実感がない。昔は本当にそんなたくさん旅行者がいたのか?

身の回りでは、自分より上の世代から海外旅行をしていた、それも個人旅行を楽しんでいたなんて話を聞いたことがない。むしろ海外に行ったことがない、飛行機が嫌いというような声の方がよく聞く。身の回りの事例は実数が少なく、当てにならないかもしれない。でも自分の印象としては、自分たち世代周辺のほうが、よりカジュアルに海外旅行をしている。

だからバックパッカーが多かった時代なんて、超局所的な現象なんじゃないだろうか?と疑ってしまう。例えば東京の一流大学の学生の間でだけ流行ったとか。旅行どころか旅行本を読んでいたという人の話さえ、ほとんど聞いたことがない。でも7・80年代に若者だった人は今50代だから、単にその世代とずっと接点がなかっただけかもしれない。

この本からわかることは、日本において海外旅行がいかに「商品」であったかということ。今も昔も多くの日本人は、通過儀礼として海外旅行を行っていたわけではなく、知的好奇心・探究心を満たすために海外へ飛び立ったわけでもない。ただ単に「海外旅行」という商品が、メディアによって時代に合った形で魅力的に紹介され、若者はそれに乗っかっていたに過ぎなかった。時代を経るに連れ、その宣伝媒体が「地球の歩き方」+格安航空券から「るるぶ」+HISへと移り変わった。旅行のスタイルも、時代が変わると共に変化していった。海外旅行もバックパッカーも、大人に仕掛けられたブームという点では同じであり、当事者である若者には主体性なんてなかったんだなと実感する。

この本が出たのは2010年で、僕が旅行を始めたのもちょうど2010年頃だった。この本に書かれていない、2010年以降の話をする。当時は既に情報社会だった。海外の情報なんてそこら中に溢れかえっており、わざわざ時間とお金を費やして現地に出向く海外旅行は、その魅力を提示するのがより困難になっていただろう。海外旅行の魅力なんて、実体験がなければ共感も得にくい。にもかかわらず、体験するためのハードルが高い。海外旅行はいわゆるコスパの悪い、非効率な娯楽、ないしは趣味だった。一部の物好きしか行わない。

このあたりは現代における趣味の多様化とも関連しているかもしれない。好きな人はとことん好きだし、やる人はとことんやる。けれどそれ以外の人からは全く縁遠い。こういった現象は、現代どの趣味においても共通した現象ではないだろうか。それぞれの分野を占める人口は、多様化に伴い減っている気がする。

この本に書かれている著者の結論については、どうなんだろう?というかよくわからない部分があるけれど、バックパッカーの文化史として非常におもしろく読めた。あまり残らないタイプの参考文献をめちゃくちゃよく調べ上げ、この本ができるまでさぞ大変だったんじゃないかと思う。日本のバックパッカーに興味がある人、その文化史に思いを馳せたい人は必読です。それは例えば、「何でも見てやろう」「深夜特急」なんかをおもしろく読んでいた人のことを指す。

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個人的な旅行の行く末

最近、といってもここ1年の間に、この自分のはてなブログを読んでいる(読んでいた)という人3人ぐらいと話した。話した相手は、緊急事態中にTwitter経由でZOOMで話した人、東京からこっちに出張で来ていた人、去年からたまたまこっちに住んでいる人。3人それぞれ、時期も経緯もきっかけも異なる。ただ、そんなに長く話し込んだわけでもないけれど、みんなと僕とひとつ共通の話題があった。それは旅行、みんな旅行する人だった。僕が行ったイスラエル、チェコ、アフリカのどっかに行ってる人もいた。セネガルだったかな、忘れた。このブログは旅行の印象が強いのだろう。自然とそういう話になった。せいぜいそれしか目立つコンテンツがなかったというか。

僕自身はもう全然旅行しなくなった。今は外国に行けないけれど、アフリカから帰ってきてからは、新婚旅行へ行ったきり。国内旅行はそれから二度した。国内だったら今後もときどき旅行するだろう。外国となるとなかなか目処は立たないが、行くとしてもこれまで一人でしていた旅行とは全く違ったものになる。バックパックでホステルに泊まるなんてことはもうない。奥さんはそういうのに興味がない。もっと普通の旅行だったら、これからもあるかもしれない。

いずれにせよ、自分の中で旅行は一区切りついた。大陸で言うと南米、南極は訪れていないが、惹かれる何かがあるわけではない。行きたいところは大体行って、それなりの体験ができたと思う。全く心残りがないと言うと嘘になるが、これ以上のコストとリスクと人生の時間を費やしてまで旅行にのめり込んでいるわけでもなく、ほどほどに終了、お疲れ様といった感じです。だから、今後ここに旅行について書くことがあったとしても、極めて普通の内容になる。これまでも普通っちゃ普通だったが、もっと観光色が強くなる。

そうではない海外旅行、僕が20代から30代にかけて行っていた海外旅行はもはや、「あの頃」になってしまった。映画「あの頃」は見ていないが、彼らがモーヲタだった時代を懐かしむように僕はバックパッカー時代を懐かしみ、バックパックで長期旅行はもはやエモ思い出と化してしまった。ここ最近は90年代からゼロ年代の旅行本を読んでは、あの頃はあーだこーだと思い出しながら自分の旅行も振り返って感傷に浸るのが年老いた趣味となっております(僕が旅行していたのは2010年代なんだけど)。

僕が旅行を始めた頃は、iPhoneはギリギリあった。Googleマップもあったけど、行き先ナビなんかはなかったし、スポットもそんなに登録されていなかった。日本にはSIMフリーのiPhoneなんてなく、街中のフリーWi-Fiを探していた(カフェかホテルぐらいにしかなかった)。だから、iPhoneはあっても実質海外では使えなかった。まだ地球の歩き方が現役だった頃の話。僕は付録の地図を破ってポケットに持ち歩いていた。

最近読んでいる本

最近「インドで考えたこと」を読んでいる。この本は著者がインドに行って、簡単に言えば文化の違いに圧倒されたということがつらつらと書いてある。そして我が日本を振り返ってみてどう思うか、まさに外から日本と、日本人と、客観視した本だと思う。それもアメリカやヨーロッパではなく、インドという客体のそばから、なるべくその目線を借りて、そこと比較して。

著者がインドで圧倒されたのは、人種の多様さ、気候の厳しさ、街の不整然さ、そこから生まれ、成り立ってきた人間たちと、生活。単に「文化の違い」では片付けられない壮大なものだった。これは本当に、日本に住む人は全員体感して日本に持ち帰って欲しいと思うやつだ。そして日本社会の秩序をぶち壊してほしい。

それは僕が伝統とか秩序をそんなに好ましく思っていない人間だから、そう思うのだろう。保守的な人はインドにいても日本人であり、同じ人間の営みとしてではなく、飽くまで外のこととしてインドを見る。そして日本に帰るとまた元の生活に戻る。むしろ日本の秩序をより守ろうとする。結局は経験、体感ではなく、思想の違いに落ち着く。そこはインドだからそうなのであって、インドの必然を日本に適用できない。そう考えるのが保守的な人。リベラルだったら、インドでできることは日本でもできる、ととらえるんじゃないか。

この本は1957年に発行されたものだけど、独立という言葉一つとっても日本とインドでは全然違うと書かれている。多言語、多人種、多宗教のインドにとって、独立とはindependeceではなくintegrationだと。日本で言うところの天下統一に近いが、インドには日本のような統一言語がない。言語形態も母語も全然違う人達が入り混じっている点において、日本の天下統一とは違った難しさがあるだろう。

どちらがいいというわけではないが、我々日本人は実際のところはインドで暮らすほうが大変だろうな。お金が有り余っていたとしても、日本で暮らすほうが楽に決まっている。インドはたまに行くぐらいが丁度いい。逆にお金が全然なかったらどうだろう。もしかするとインドのほうが暮らしやすい?すぐに死ぬだろうな。健康問題等で。シャンタラムを読んだ人なら誰でもインド生活に憧れる。

バンコクぐらいだったら住みたい。インドは、ずっと住むにはちょっと苛烈すぎる。1ヶ月ぐらいなら住みたい。やっぱり旅行が一番いい。バンコクは、イメージとしてはもうすっかり刺激がなくなってきたんじゃないか。僕らが求めているアジアの魔窟は、やはり統一前のサイゴンなのだ。ぜんぜん違う話になった。

そういう場所って今でもあるのだろうか?マニラあたりは、まだまだ結構そんな感じかもしれない。発展と無秩序の入り混じったような都市。香港もかつてそのイメージだった。やはり小さい街のほうがそれっぽいのか、ムンバイとなるとどっしり構えた大都会をイメージしてしまう。深センは全然違って、整った街だった。

GoToトラベルで温泉へ行ってきた

先日GoToトラベルを利用して、九州まで温泉につかりに行ってきました。海外旅行は当分できない。国内もタイミングを見計らっていた。今ならなんとか旅行できそうな気がして。温泉だったらいつでも行きたい。なんならドーミーインでもいいとまで言っていたが、せっかくなのでGo Toキャンペーンを使って遠出することにした。

行き先として選んだのは湯布院。行ったことないし、どんなところか知らないけれど、行った人の話はよく耳にする。知名度があってなんとなく良さそうだから、一度ぐらい行っておいてもいいだろうと思い選んだ。行って帰ってきた感想としては、総合的に良かった。満足している。ただそれだけではなく、今このタイミングで行くことによって、いろいろな発見もあった。大したことではないが、一応紹介しておきたい。

  • 湯布院行きのバスがない!
  • 閑散としている!
  • 飯を食うところがない!
  • そんなこんなで
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温泉は行きたい

最後に温泉に行ったのは2年前の今頃になるが、そんな本気の温泉でなくてもいい。ドーミーインの最上階にある温泉でもうれしい。ドーミーインは年末に泊まり、夜遅かったため小さいながらほぼ貸切状態だった。だったら銭湯でいいじゃないか、ともなるが、銭湯やスーパー銭湯のように、狭い場所に人がたくさん入っている風呂は落ち着かない。空いていればまだいいと思う。最悪それでもいい。理想はだだっぴろい温泉、屋外の温泉などに一人で浸かること。すぐ寝られる環境にあること。そういうわけで、自分は温泉のほうがいいと思ってしまうわけです。

一般的には、そこで食べる料理なんかを求める傾向にあると思う。僕はそういうの全然どうでもいい。基本的に、温泉旅館で食べる飯は量が多すぎて、食べ終えたあとに必ず苦しさが残る。もしくは飲みすぎて頭痛とか。だったら僕は、スーパー銭湯の定食でもいいし、近所の中華料理屋で十分だ。なんなら家で食べる普通の食事でいい。温泉旅館の食事は特に求めない。

温泉にしろ銭湯にしろ、入るのはせいぜい長くても1時間かそこらなので、なるべく何度も入る機会があることが望ましい。ということで連泊したい。1泊、1時間かそこらの風呂ために大移動して宿泊費払って泊まるのはさすがにもったいない。長風呂はできないから、一回の風呂では物足りない。できれば朝晩入りたいところだ。健康ランド的なところは今でもあるのだろうか。昔は奈良健康ランドのCMが繰り返し放送されていたが、特にそういう場所に行きたいと思ったことはない。

温泉も、物心ついてからは数えるほどしか行ったことがない。どこがどうとか何がいいとかよくわからない。ドーミーインでいいと言ってるぐらいだからその程度なのだ。温泉良いねと言ってるのはせいぜい、いい風呂に入りたいだけ。ベタな温泉街に行くのもいいとは思うが、今のタイミングだとあまりウロウロしないような、たくさんの人と触れ合わないような旅行が望ましいのかな。だとしたら滞在型のリゾート施設か。

温泉なんて、選択肢がありすぎてみんなどうやって選ぶんだろう。なかなか一人で行くことはないから、結局一緒に行く人の希望に沿って決めるような形になる。

2年前の

エンドレスで振り返る旅行トーク

自分は「旅行好き」でいることが長かったから、なにごとも旅行ネタに絡めてしまうことが定着してしまっている。旅行についてめちゃくちゃ詳しかったり生きがいになっているような人と比べたら趣味の範囲でしかないけれど、旅行本を好んで手に取り、旅行話に嬉々として耳を傾け、「旅行するなら」という前提で物を選んだり買ったりしてしまうあたり、思考回路から一挙一動まで「旅行好き」なのだ。旅行なんて実際もうそんなにしていないのに。

最近読んだ本は「イスラム飲酒紀行」であり、最近見たYouTubeはアジアトラベルノートで、最近見ているNetflixはテイルズバイライトです。

  • 「趣味:旅行」には無理がある
  • ただの旅行じゃない旅行について
  • 「水曜どうでしょう」は旅番組ではない
  • この先待っている旅行
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