人名

太宰のチャンスという短編があります。こういう物の考え方がすごく好きです。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/244.html

それに関連した私事。偶然にも4回ぐらい会って話す機会があった全然知らない人がいました。元々まったく繋がりは無かったのですが、教習所で3回、外で1回、ほんと全く偶然会いました。これなかなか珍しいことです。会った、というより、その教習所においては接触・会話しました。ただ同じ教室で見かけた、ではなく、まわりくどいなあ、具体的に言うと、セット教習・山岳教習・検定、全て一緒になった。(教習所によって違うかも知れませんが、セット教習では、ディスカッションという時間があって、いろいろ話さなければなりません。そして休憩時間や終わった後に、必然的に会話をします。また、山岳教習は3人一組で行ったのですが始まる前に教官から、「黙って緊張したまま3時間もすごすのは辛いので会話していて」と、後ろのシートで運転待ちの二人が半強制的に会話を強いられます。検定でも同じように待ち時間など、何か話せという空気です。)

そんなに小さい教習所ではないし、人の流れは多く、そのせいで私は予約が全然取れなくて結局免許取るのに半年かかったぐらい。その規模で、ぐうぜん3回も一緒になって、なおかつ他にも外で、それも教習所の近くとか学科試験場とか関連した場所ではなく、全然関係のない場所で、最後の一回はただ会っただけですが、さすがにお互い顔と名前を覚えていたので立ち止まって数分会話しました。

はい、相手は女の子です。2歳か3歳年下で大学生らしいです。正直かわいいです。趣味ではありませんが、全然アリです。実家が少し田舎らしく、その田舎者らしい浮遊感というかなんというか軽く暖かみのある感じが印象的です。何度か偶然会って、その会った瞬間に満面の笑顔で挨拶してくれます。それも田舎者らしい。悪い意味ではなく(別に私は、決して都会人などではないので、そう差別的にとらえてもらっては困ります。表現しにくいだけ)。

はい、少しぐらい立ち入った話をしてみてもいい雰囲気ですね、雰囲気?というよりマナーというか流れですよね、そんなことないか?なんていうか、私は他人の人との付き合い方とかアプローチの仕方とか作法とか全然知らないし興味もないけれど例えば、私がその彼女に電話番号ぐらい聞いたって、なにも不自然ではありませんよね?お互い若いし、そこそこうち解けているしにこやかに会話している。別になんでもいい、ただ、そうだな例えば、お互いの共通テーマとしては学科試験場へ行かないといけないわけで、それを一緒に行きませんか?などと切り出すとかそういうことしても、全然不自然ではない空気なんだ(たぶん)。

しかし私はそんなことを何一つしなかった。はい、それも別に不思議なことではない。あるも自然、無いも自然。理由はどうでもよかったから。それはいいとして、そこで、状況を変化させるその、全然知らない人同士が知り合いになり、友達になるというのは、機会・偶然・きっかけ、ではなく、意思、意図なのである。ただ偶然会っただけでは、顔と名前を知っている人、それ以上にはなりえないです。お互いのどちらかの意図が働いて初めて、関係が生まれる。んんんーわかりますか、その手のことをもっと上手くまとまっているのが、冒頭にあげた太宰の短編「チャンス」です。はい、私の最近の体験で、昔読んだこの短編を思い出しました。

私は人名を覚えてしまうクセがある(あった)。人名に限らず、どうでもいいことを逐一この脳がメモリーしてしまう。その典型的な例が人名である。例えば、保育園の時の先生の名前脇先生・はるこ先生・大森先生・山本先生他にもいらっしゃったけどそれ以上は思い出せない。しかしそれも4歳か5歳の頃の記憶でありそれ以後会ったこともなければ記憶を掘り返す機会さえなかった。が、脳はメモリーしていた。何の役にも立たない。小学校の担任ともなると田村りえ子先生・荒木のぶとし先生高橋ひさのぶ先生とフルネームで記憶している。正しいかは微妙だ。ちなみに英単語や数学の公式、化学の記号などは全く覚えられない。

このように、無駄に人名を覚えてしまうクセがあった。意図したことはない。クラスメイトなんかもほとんど覚えていた。さすがに隣のクラスとなると、顔も知らないのがほとんどだった。なぜだろう。名前を覚えなければならないような境遇に立たされたことはない。いや、だから名前に限らないんだ、どうでもいいことを記憶してしまうクセがあって今名前を例に挙げているだけだった。それはいいとして、

そう、名前、っていうかそんなの当たり前だよな?一回名前見て顔知ってて喋ったことあったりなかったりしても名前ぐらいは覚えているよな?当然だよな?今ぱっと思い出せるそれって別に変な事じゃないよな?そうでもなかった。というのは、俺の名前を忘れられていたことが数多くある。俺のせいか?俺が影薄いってか?そうではない、そうかもしれないがそういうことを言いたいわけじゃない。だって俺自身は話したこともなければ影薄かったやつの名前だって覚えてたんだ。ましてや一回話していればだいたいは覚えていた。にもかかわらず俺の名前を忘れていたやつはいくらでもいた。もちろん覚えている奴だっていた。勘違いすんなよはーげ!!

はい、そこで、自分の名前は忘れられていて、自分は相手の名前を覚えている。それがすごく嫌だった。嫌というか恥ずかしかった。なんだろうな、俺ってそんな周囲に気を配って人の名前もいちいち覚えて、相手は俺のことなんか全く知らないしかし、俺は名前さえ暗記している、キモイ!!って思われたら嫌だな、と心配していた。

それ以後、名前を覚えないように努めることにした。必死に努力した。まず、名前を見ないことにした。見なければ覚えないのは当たり前だ。知らないんだから。情報源を断つっていうのは効果的な手段ですね、これでやっと俺も名前覚えている男から脱皮出来る。そう思ったら、耳にした名前を覚えていた。だから、今度はそういう情報にいちいち気を配って遠ざけるようにした。他のことを考えて名前などが呼ばれても反応しないように、いやだいたいの声、音、その他情報に反応しないように努力した。その他諸々書ききれないことをやったような気がする。とにかく俺は名前を覚えられないようになった気がする。少なくとも、名前が出てくるまで時間がかかるようになった。だから、最近、というか新しく知り合った人の名前は結構出てこない。付き合いのある人の中に今だに知らない人もたくさんいて、名前が出てこないのはなかなか気分がいい。屈折してしまった。