短編小説の集い「のべらっくす」第7回に参加

テーマは「未来」。書いていると前回に引き続き大きく文字数オーバーしてしまい、結局大幅に削ったところ訳の分からない話になってしまいました。無理矢理終わらせた原文でさえ7000字を越え、そこから何とか5000字まで削ったため物語の体を成しておりません。失敗作ですが、読んでもらえたら光栄です。それでは参りましょう。

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「なんやこのメール」

いつも届くメールと言えば無料購読している新聞かスパムメールぐらいだ。朝のメール確認は数秒で終わる。そのほとんどは内容を確認することなくタイトルだけ見て削除する。しかし今日のそれは違った。

「どうしたん」

「メール来てますよ、メール。仕事になるかな?」

「ほんまかいな、ちょ見してみ」

「いや、そっちで見れますよ」

雇用主である藤井はディスプレイの上から顔を出し、被雇用者である縞と会話をしていたかと思うとまたディスプレイの隠れ、マウスをいじり出した。

「どれの事言うてんの?」

「上から4つ目の、No Subjectってメールです」

「どれや、これか」

彼女のマウスを操作している右手だけがこちらから伺える。

「なんやこれ」

「ね、なんやこれでしょ?」

"こんにちは。名前は佐藤です。私は次の月曜日京都に行く。案内を頼みたい。大丈夫?佐藤"

「あんたふざけてんの?仕事言うから期待したわ、しょうもな」

「まあまあ、」

「まあまあやあらへんで、どこが仕事やねんこんなん、いちいち期待させんといてほんまに」

「えーっこれどうしたらいいんですか」

「知らんわそんなん、好きにしいや」

よくわからないメールではあった。しかし縞はここ最近仕事と呼べるような仕事が無く暇であり、些細な変化に浮かれた矢先であったため、藤井の常識的かつ冷静な反応に少し落ち込んだ。

"宛先間違ってませんか?"

縞はそれだけ打ってメールを送信した。すぐ受信箱に新規受信マークが付いた。Mailer Daemon

「あれ」

「なんや、まだなんかあんのか?」

「返信できなかったです。このアドレスは使われてないって」

「ほら見てみい」

 

 

その日も朝から、縞の仕事はメールチェックで始まった。省電力モードで待機していたiMacにパスワードを入力すると新着メールのお知らせが表示される。3件。それをクリックするとメールのアプリケーションが起動し、3件のタイトルが表示される。日本新聞朝刊、Amazonからのメール、No Subject、縞は無意識にNo Subjectをクリックしていた。

"間違いではない。案内ができるか?私は行きたい場所がある。佐藤"

「あれ」

「あんな、そうやっていちいち声に出すんやめてくれへんかな」

藤井はイライラした調子で縞に向かって小言を吐いた。縞は藤井が今どんな仕事をしている最中なのか把握していない。しかし最近は藤井も縞と同様に事務所にいることが多く、上手くいっていないか、もしくは暇なのだろう。先日の仕事の依頼に対する食いつきや今の苛立ちからもその様子が伺える。

「違うんですよ、メールの返事が来てるんです。おかしいなあ、宛先不明だったのに。」

「せやからなんやねん」

「なんやねんて言われても、間違ってないって来てますよ。知り合いですか?」

「誰が?」

「だからこの、佐藤って人です」

「佐藤って知り合いが世の中どんだけおる思てんねん」

「まあそうなんですけど、来週こっちに旅行する予定の佐藤さんって知り合いは…いないですよね」

縞はこれ以上藤井の苛立ちに水を差すのはよそうと思った。藤井はデスクで頬杖をつきながら、反対の手でマウスをカチカチ鳴らし、パソコンで作業をしている。どうしよう。縞はメールが気になっていた。受信箱には確かに宛先不明通知が残っているにも関わらず、こうやって返信が来ている。藤井も縞も知らないこの佐藤という人物。メールの文面もおかしい。日本語が変だ。しかし名前は佐藤と名乗っている。偽名だろうか。こんなメールにまともに相手しようなどと考えるのは、余程暇な人物だけだろう。縞がそれだった。

"佐藤様、お返事有り難うございます。ご案内ということですが、どちらへご案内すればよろしいでしょうか。私共の方でご案内が可能な場所であれば、手配致します。行き先をお知らせ頂き次第、お見積りをお送りいたします。何卒よろしくお願いいたします。合同会社 籐千 縞(しま)"

縞がメールを送信すると、前回と同様に宛先不明通知が返ってきた。縞は藤井の方に目をやった。その顔はディスプレイで隠れておりマウスを操作する右手しか見えないが、どうやらメールのやりとりには気付いていないらしい。



"橘顕に会いたい。10万円でいいか?佐藤"

「なんやこれ。あっ、」

縞は思わず藤井のデスクの方を見た。藤井はいつも通り顔がディスプレイに隠れていた。縞は再びメールに目を落とした。怪しすぎる。橘顕って名前なのか。たちばな、ケンとでも読むのだろうか。誰だ、聞いたことがない。そのどこの誰とも知らない"たちばなケン"とやらに会わせて10万円ってなんだ一体。

「あの」

縞は藤井に話しかけたが、彼女は頬杖をついて右手でマウスをカチカチ鳴らしていた。

「藤井さん、たちばなケンっていう人知りませんよね」

「ハア?」

藤井からは侮蔑と苛立ちを込めたような声が返ってきた。藤井は席から立ち上がった。縞は驚いて見上げたが、藤井の視線は別の方を向いており、そちらに向かって歩いていった。その先にはコーヒーサーバーがある。

「縞くん最近なにやってんの?」

片手にコーヒーを持った藤井はいつの間にか縞の背後に立っていた。もう片方の手は縞が座っているイスの背もたれに置かれている。この「最近なにやってんの?」はもちろん「最近どう?」みたいな挨拶ではない。二人は毎日この事務所で会っている。

「いや、違うんですよ、これも仕事になったらと思って」

「どれ」

「あの、先日言ってたメールの件です」

「いやわからんて」

「これですよ、これ。この佐藤っていう人からメールが来て、それが"たちばなケン"って人と会いたいみたいで、それで10万払うって言ってるんですよ。うちはそんな仕事してないじゃないですか、内容もちょっと怪しすぎるからやんわりと断ろうかと思って」

縞はディスプレイにメールの文面を表示し、藤井に見せながら言い訳していた。藤井はそんなのどうでもいいと言わんばかりの表情で画面に目をやった。

「それ、あきやで」

「え」

「それケンちゃうわ、アキって読むねん。タチバナアキ」

「知ってるんですか」

「それ多分、友達の弟やわ。今高校生ぐらいちゃうかな、こんな字書くやつ他におらんやろ。ええやん、受けたれやこれ、10万もらえるんやろ」

「本気で言うてはるんですか」

「縞くん、今月売上なんぼや」

「いや、そういう問題」

「ええやんか別に、その佐藤っちゅうのはわからんけど、いっぺん会うだけやろ?アキちゃんはあんたが守ったったらええやん、大丈夫やて」

「ほんまにやるんですか」

「だから今月売上なんぼやて」

「…」

「アキちゃんには私がアポ入れといたるから。ほんま懐かしいなあ、アキちゃんの名前聞くとか何年ぶりやろ。あんまり変な奴やったら会わしたらあかんで、ナイフ持ってたりとかな」

「ちょっとやめてくださいよ」

「縞くん、怖いんか?ほな断ったら?」

縞はこの予想していなかった展開に混乱していた。こういった方向に話が進むなんて全く準備ができておらず、受ける、断るなどという判断ができる状態ではなかった。

「おもろいやん、後でどうなったか教えてな」

「ついてきてくれないんですか」

「なんでいかなあかんねん」

結局縞が一人でこの案件を受けることになり、藤井はその顔見知りの"アキちゃん"とのアポを取ってくれることになった。「絶対断られへんからまかしとき」と言っていたが、縞の不安はそこにはなかった。この得体の知れない佐藤という人物と、上司の友人の弟を会わせて大丈夫なのだろうか。



当日、縞は京都駅に来ていた。京都駅はいつも通り人でごった返している。そのほとんどは観光客だろうか。通勤で京都駅を使う人はそうそう多くないだろう。そうでもないか。この近辺で働いている人だったら利用する。駅近くも開発が進み、周辺で働く人は増えただろうから。

「シマさんですよね?」

「あ、はい」

「佐藤です。ほんまにありがとうございます。私作文下手で、あんな話受けてもらえる思てへんかったからほんま感謝してます。」

佐藤と名乗った女性は、挨拶をしながらバツの悪そうな笑みをたたえている。この人が佐藤?めっちゃ普通だ。歳は20代、前半にも後半にも見える。上下真っ白でワンピースとパンツがつながったようなあまり見たことがない服。そして普通に日本人だ。あのメールは一体何だったんだ。さらに藤井と同じ京訛り、ということは京都人なのか?

「あの、シマさんですよね?」

「あ、はい、大丈夫です、縞です、本日はよろしくお願いします」

「お願いします、それで…あの」

佐藤はやや不安そうな顔をして目線をそらした。ここで待っていたのは縞だけだった。おそらく、橘顕を探しているのだろう。やはり大学生に会うのに10万円という怪しさは拭い去れない。

「橘顕さんですよね、これから行く喫茶店で待ってもらっています。あの、差し出がましいようですが、橘さんとはどのような」

佐藤は不安そうな顔をしたまま縞の目を見上げた。

「ごめんなさい、ちょっとそれは。あの、これ、先受け取ってもらえませんか」

佐藤は着ている服の切れ込みから白いケースのようなものを取り出し、そこから紙幣を出して縞に渡した。縞の手元には約束の10万円があった。

「あの、駄目ですか」

「ダメ?」

「はい、私、会えないでしょうか。駄目ならこれだけでも渡して欲しいんですが」

そう言って佐藤は再び切れ込みから何かを取り出し、先ほどの札束と同じく縞に手渡した。縞は呆然としながらそれを受け取る。これは、手紙のようだ。

「それでは、おねがい、します」

佐藤の表情はひどく沈んでいる。自分が何者かも、理由も明かさないことには橘顕に会えないことを覚悟していたようだ。そのために現金を渡すタイミングも手紙も用意していたのだろう。しかし、いざそういう事実が突きつけられ、目的が達成できないことを実感し、その感情を隠しきれず顔に出ている。縞が呆然としたまま佐藤の目を見ると、彼女は暗い顔をしたまま縞に微笑を返した。

「私も付き添っていいですか」

「…はい?」

「私も付き添って良ければ、今からご案内します」

縞はそう言って佐藤に手紙を返した。

「これはご自身でどうぞ」

「…わかりました。お願いします」

縞と佐藤は駅前からタクシーに乗った。二人はタクシーの中で終始無言だった。京都駅から今出川通へと向かい、辿り着くと二人はタクシーを降り、少し歩いた。橘顕が待っているはずの喫茶店は川端通と今出川の交差点からすぐ近くにあり、中へと入る。縞は橘顕と顔見知りではない。店のどこで待っているのか、藤井からは聞いていない。

「…アキちゃん」

佐藤がそうつぶやくと、一人の男性が座るテーブルの方へとゆっくり歩いていった。テーブルでコーヒーを飲んでいる彼は、短めの黒髪で、四角く細いメガネをかけた痩せ型の男性だった。薄い橙色のカーディガンの下には白いシャツが覗いている。左手でカップを持ち上げていたところ、そちらへと歩み寄る佐藤とその後ろをついていく縞に気付いた。

「タチバナ、さんですよね?」

縞は佐藤の後ろから男性に声をかけた。

「はい。藤井さんの部下の方ですか」

「縞と申します。本日はご足労ありがとうございます」

「あの、大丈夫ですか?シマさん、こちらの方」

間に挟まれた佐藤は、肩を震わせていた。

「アキちゃん!これ!」

佐藤はそう言って橘に手紙を渡すと、足早と店を出て行った。

「え、ちょっと…」

縞はあっけにとられながらも佐藤を追いかけようと店を出た。

「あれ」

佐藤はいなかった。あまりのことで追いかけるのが遅れたとはいえ、そんなに早く姿を消すものだろうか。橘を店に一人で残しているため、縞は店の中へと戻った。

「すみません、お騒がせして」

「いえ、問題ありません。ただちょっとびっくりして」

「本当私もびっくりしましたよ。あの人なんなんですか?一体」

「あなたが連れてきたんじゃないですか」

「え、知り合いですよね」

「知ってるわけないでしょ、初対面なのに」

縞は最初、橘が何を言っているのか理解できなかった。彼が言うには、今まで一度も会ったことがないそうだ。しかし佐藤は確かに「アキちゃん」と呼んでいた。そして橘に会った時、彼女は明らかに泣いていた。それは橘も心配したほどだ。異様だ。そもそも初めから、メールからずっと不自然だった。

「でも、なんか」

縞は橘の顔を見た。

「なんか、また会いそうな気がする」

 

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