前回の続き
僕たち3人は来た時と違うバスに乗り、クラクフの中心地へと向かった。朝からソフトクリームしか食べていなかったため、食事にしようという話をしていた。僕は彼らに付いていくだけで、どこに向かうのかも全くわからないままバスを降り歩き出した。でも彼らは何も聞かない僕に対して説明してくれた。
「今からユダヤ人地区に向かうよ。そこでザピカンカを食べよう」
「なにそれ」
「パンの上にマッシュルームやチーズを乗せて焼いてケチャップをかけたものだよ」
「それはユダヤ人地区の食べ物なの?」
「いや、違う。でもそこで売っているのが有名でうまいんだ」
いまいち僕はよくわかっていなかったけれど、そのままユダヤ人地区を歩いた。ユダヤ人地区というのは本当にどこでもある。プラハにもあった。言うならばチャイナタウンみたいなもんだろうか。チャイナタウンほど世界中にはないかもしれない。建物も若干違いクラクフ旧市街のような壮麗さはなく、少し汚い気もするが観光客はたくさんいる。ただ旧市街とは客層も違う。黒ずくめでハットを被り、もみあげの辺りから三つ編みを垂らしてボサボサの髭を生やしたいわゆるユダヤ人もたくさんいた。「あのいかにもな格好をしたユダヤ人をこんなにたくさんみたのは初めて」とオルガは言っていた。クラクフにおいても珍しい光景だったのだろう。
ユダヤ人地区
ザピカンカを食べる
「ここだよ。ここが有名で地元の人もよく来る。ザピカンカは一つ5złotyだね」
周りでたくさんの人が手に持ち食べているのがザピカンカのようだ。そこそこ大きくて僕はこれ一人で食べられないと言ったら、
「丁度良かった!私も一人では食べられないから半分ずつにしよう」
そうオルガに言われ、僕たちは一つを二人で食べることになった。パブロは現金を切らしていたみたいで「ATMで下ろしてくる」と言い探しにいった。そう言えば僕も今現金がなかったことをオルガに話すと「いいよ、私が払うから」と彼女は僕に奢ろうとした。「ありがとう。でも後で返すから」そう返事したものの、僕はメニューも読めず注文もできないため結構な数の人が並んでいる中で並ぶのさえ彼女に頼ってしまった。情けない。
「何か好きなトッピングはある?」
「まかせるよ」
「私はガーリックを頼もうとしているけれど、食べられる?ガーリック嫌いな人もいるから」
「全然大丈夫」
いつもながら彼女は気を遣い過ぎだと思った。彼女が並んでいる最中に僕はのんきに写真を撮ったりしていた。パブロが戻ってこないと思って見渡してみると、別の列に既に並んでいた。
「こっちの方が少ないからね。なんでみんな多いところに並ぶんだ?」
ザピカンカの売り場はたくさんあった。
ザピカンカ売り場の様子
これは別の日に食べた標準のザピカンカ(ねぎミックスが主流)
僕らはザピカンカを手にすると、食べながら歩き出した。これはニューヨークなんかで売られているホットドッグ感覚で手に持って食べながら歩くか、外でどこか適当な場所に座って食べるのが定番らしい。周りの人もみんなそうやっている。僕らは少し歩きながら座れる場所を探し、3人で並んで座って食べた。味はなんて言えばいいのかわからないけれど、美味しかった。ベンチに腰掛けて食べていると
「Excuse me, それはどこに売っているの?」
と声をかけられ「あっちだよ。すぐそこを曲がったら見えてくる」とオルガが答えていた。名物なんだなと実感する。
ヴァヴェル城のドラゴン
そのまま僕らはビスワ川へ向かい、川に沿って歩いていた。川べりでは地元の人や観光客が太陽を浴びてくつろいでいる。
「私はここで失礼するね。ちょっと用があって」
オルガとはそこで別れ、パブロが僕をガイドしてくれるということになった。
「ヴァヴェル城にはもう行ったかい?君がどれだけ観光したのか知らなくてさ」
「いや、まだだよ」
「よし、じゃあ今から行こう」
ヴァヴェル城はビスワ川沿いに歩いているとすぐに見えてきた。
「クラクフには古来からドラゴンの伝説があるんだ。昔洞窟にドラゴンが住みついて暴れるから退治しようってことで、毒入りの羊を放ったらドラゴンはそれを食べたんだ。でもドラゴンは死ななくてね、腹を壊してビスワ川の水をたらふく飲んだんだ。すると水を飲み過ぎて腹が破裂し、ドラゴンは死んだわけだ。毒ではなく川の水でね!そのドラゴンがあれさ」
photo by Anosmia(ドラゴン像の写真は撮ったつもりでいたけれど、忘れていたみたいで拝借。)
パブロが指差す方向を見るとドラゴンの像が立っており、口から火を吹いていた(時々火炎放射器のように口から火が出る仕組みになっている)。地元の子供達はその像に群がるように周りで遊んでいた。それにしてもなんだこの、名ガイドっぷり。
そしてそのドラゴン像のすぐ裏側がヴァヴェル城だった。
「城の内側には入れるけれど、建物の中はこの時間だともう閉まっている。中に入りたければまたくればいいさ!城へはこっちから回りこまないといけないんだ」
僕はパブロのあとをついてヴァヴェル城へと向かった。城は高台のような場所に建っており、少し坂を登る。そこそこ大きな城で観光客らしき人がたくさんおり、僕もその一部となって写真を撮ったりしていた。中庭みたいな場所がここだ。
再び旧市街へ
さっきザピカンカを食べたこともあり、僕はコーヒーが飲みたかった。
「どこかでコーヒーを飲まないか?」
「そうだな、行きつけの場所があるんだ」
僕らはヴァヴェル城から旧市街へと向かった。旧市街へは初日に既に来ていたが、本当にただ見て回っただけで行ってない場所も通っていない道もたくさんある。
「あれは見たか?あの教会」
「ああ、もちろん見ているよ」
それは聖マリア聖堂という名の教会で、旧市街で一番目立つ建物だ。初めて来た時から否が応にも目に入っていた。
「左右の高さが違うだろ?あの塔は大工の兄弟が己の威信をかけ、それぞれ競い合って建てたものなんだ。右が兄、左は弟が建てたものだ。何で左の方が高いかわかるか?」
「弟が勝ったから?」
「まあ半分正解だ。弟はどうしてもこの勝負に勝ちたかったんだな。兄を殺しちまったんだよ。そして弟は兄が建てた塔よりも高く建てた。だから弟が勝ったというわけさ」
「へえーーーーー」
へえとしか言い様がない。名ガイド再び。
「行きつけの店はすぐ近くだ。そこには週2,3回通っているんだ」
僕はパブロのあとについていった。パブロは路地に入り、また脇に入って地下へと降りていった。そこは洞窟のような作りになっているバーだった。
「コーヒーでいいのか?多分5złotyぐらいだ」
「コーヒーでいいんだ。パブロは好きなの飲んでくれて構わないよ」
「もちろんそうさせてもらうさ」
パブロはビールを頼み、店員や馴染み客と挨拶を交わしながら僕のことを紹介したりしていた。まだ夜の7時頃だったため客も少なく、店員は暇そうにしていた。「9時頃から大体満員になる」ということだった。
丘に登る
バーを出ると次はオーストリア地区へ行こうという話になり、僕らは旧市街からまたユダヤ人地区の近くを通りぬけ、先ほどとは違う場所のビスワ川沿いに来た。
「この橋の向こうは以前、オーストリア・ハンガリー帝国の領地だったんだ。遠い昔の話だけどね」
ポーランドという国は西はドイツ、東はロシアという列強に囲まれ、支配された。街の造りがその歴史を物語っている。
「あの教会もデザインが違うだろ?俺は好きだけどね」
確かに今まで見たものとは少し違う大きな教会が建っていた。
「この裏手から丘に登れるんだけど、どうする?疲れたか?」
「大丈夫、行くよ」
「よし、登るのはそんなに大変じゃない。そこからはクラクフが見渡せるんだ」
僕らは教会の裏を通り、坂道を登って歩道橋のようなところを渡ると丘が見えてきた。丘に辿り着くまでに結構歩く。僕はどちらかというと、こういう山道のような場所を歩くのは好きだから喜んで後をついていった。
「さあ、着いたよ」
パブロは少し疲れた様子だった。
「上に登ってきてもいいか?君はここで待っていても構わないから」
「もちろん。俺は下にいることにするよ」
僕は一人でその丘の上へと登った。丘の上にはたくさんのカップル、友達同士、一人で来ている人たちが佇んでいる。おそらくは皆地元の人だろう。一人日本人の僕が写真を撮ったりなんかして、パブロをあまり待たせるのも悪いからすぐに下へと降りた。
「悪いね、待たせて」
「全然かまわないよ。さて、行こうか。実は裏道があって、旧市街に戻るよりもこっちからバスに乗ったほうが家から近いんだ」
パブロは来た道の反対側へ歩き出した。
「こっちは崖があるから、日が落ちてしまうと危なくて通れないんだよ」
帰り道、他にも山の中に小さな強制収容所があったり100m四方ぐらいしかない国立公園があるとか、パブロのガイドは続いていた。そのうちバス停に着くとバスに乗り、パブロのガイドツアーは終わった。
「本当にありがとう。今日は実に楽しかったよ。まさかガイドしてくれるなんてね」
「俺自身もガイドしていて楽しかったんだ!」
実にいい人だ。
次回、憂鬱な7日目へ