9日目、ワルシャワを歩く

前回の続き

最近の習慣で朝は早く目覚めた。大体7時ぐらい。このホステルは朝食付きというか、用意されているパンやシリアルを自由に食べていいホステルだったため、僕はキッチンに向かってパンにチーズをのっけて焼いていた。牛乳もあったからコップに注ぎリビングへと持っていって朝食を食べていたところ、先日の日本人の男性が同様に朝食を運んできた。

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「おはようございます」

「おはよう」

「ワルシャワは長いんですか?」

「3日目だけど、前に来たことあるんだよ。ポーランドには合計1ヶ月いる予定で、僕も3日前別の街から来たんだ」

そんな他愛もない会話をしながら各々が朝食を食べていた。

「じゃあ、そろそろ散歩してくるよ。君もせっかく来たんだからどっか見てきたら」

「はい。そのつもりです」

日本人の男性は小さなリュックを背負ってホステルを後にした。僕はどこに行こうか考えていた。ワルシャワに関しては特に目的があったわけはないため、行き先というのも定まっていなかった。先日タクシーに載せてくれたポーランド人のおじさんの話を聞いて、やはりワルシャワ蜂起に関心を持ったためワルシャワ蜂起博物館へ向かおうと思った。

ワルシャワ蜂起博物館

ワルシャワ蜂起博物館への行き方は地図で調べたものの、道に迷って辿り着くまでにやや時間がかかってしまった。中へ入ろうとすると、

「チケットを持ってますか?」

と聞かれ、持ってないと答えるとチケット売り場でチケットを買ってきてくれと言われた。チケット売り場へ向かい、お金を払おうとしたら

「今日はフリーだ」

と言われチケットを貰った。日曜日はタダだということだ。多くの博物館がそうらしい。僕は普段博物館なんて行かないから全然知らなかった。そのまま入り口へと戻り、チケットを渡して中へと入ろうとしたら

「カバンは持って入れないんだ。ここで預かることになっている」

と言われ僕はリュックを下ろした。

「写真は撮っていいの?」と聞くと「もちろん」と返ってきたためカメラや貴重品だけリュックから出して預けた。

ワルシャワ蜂起博物館は思った以上に一般人向けに作られていた。学術的な印象はなく、音声やビデオを混じえた展示がたくさんあり、その歴史についての詳細、例えば活躍した人達について多く説明されていた。その内の一部だけを写真に撮ったから載せておこう。

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博物館には結局2時間いた。僕はそこにあった英語の記述を読もうとしたり、中で上映されていた映画を見たりしていて時間が経ってしまった。時間はもう夕方になっていた。博物館を出るときに受付の女性に、

「どうだった?」

と聞かれ、なんて答えたらいいのかわからず

「ワルシャワ蜂起については事前に読んだんだけど知らないことがたくさん展示されていて、もっと勉強しないといけないと感じた」

などとしか言いようがなかった。

「そうね、そうかもしれない」

僕が外国人ということで、この小さな博物館に2時間もいたからさぞ真面目に見えたのだろう。

ワルシャワ蜂起博物館から旧市街の方へと向かい、途中にあったカフェでハンバーガーを頼んだ。「何か炭酸はないか?」と聞いたらビールしか置いてないということだったのでビールを飲むことになった。ボビーバーガーというチェーン店でワルシャワの街にはたくさんの店舗を見かけた。ワルシャワ蜂起で破壊された後に作り替えられたこの街並み、僕にはどうもそれが紛い物に見えて仕方がなかった。ワルシャワにはクラクフになかったような地下鉄も走っており、トラムもなんだか近代的なそれだった。

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旧市街

ワルシャワの旧市街も戦後に建て直されたものらしい。その作りはノバフタでみたソ連風のものから中世ヨーロッパ風の建物まで様々だった。ただ気になったのは、圧倒的に人が少ないということだった。クラクフの旧市街は人で溢れかえっていたにも関わらず、ワルシャワはその半分にも満たない。そしてクラクフにはなかったような広告、レストラン、チェーン店がたくさんあった。正直なところ、僕はあまりいい印象が持てなかった。その一つとして日本食レストランを見かけたことがある。ワルシャワの街はもう立派に商業化されていた。首都だから仕方ないのかもしれない。外国へ来て、その街にスターバックス、日本食レストラン(エセ寿司屋)、マクドナルド、外資系ホテルが乱立していればもうその周辺は見るに足らない。そういう印象を持つようになってしまった。クラクフにもマクドナルドはあったもののその数は知れており、内装なども歴史的な雰囲気を残したままの作りとなっていたため、少し趣が違う(行ってないけど)。タクシーに乗っけてくれたおじさんの「経済的奴隷」という言葉を思い出す。そうは言ってもワルシャワの旧市街は、クラクフほどではないにしても絵になるものだったから何枚か写真を撮った。

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旧市街を北へ抜けて歩いていると、大きな銅像を目にした。それはワルシャワ蜂起の銅像だった。この街においていかにワルシャワ蜂起が重要視されているのか感じ取ることができる。毎年8月1日はワルシャワ蜂起の日ということで、17時ちょうどには街中でサイレンが鳴り、市民はその場で動きを止め一分間の黙祷を捧げる。

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街の主要な部分を一通り回ると、僕はコンビニでビールを買ってホステルへと戻った。

「コンニチハ」

「おお、日本語」

ホステルのにいちゃんが日本語で挨拶してきた。もう夜だったけどそこをいちいち突っ込むのは水を差すようなもんだろう。

「日本人の宿泊客は多いの?」

「今は君と年取った人一人しかいないけど、ハイシーズンは多いかな。韓国人も多いよ」

年取った男ってのはあの人だな。

「ハイシーズンって一体いつ?」

「4月頃かな」

4月がハイシーズンってどこの世界だなんて思いながらも、僕は部屋に戻って荷物を置くと、Macを持ってまたリビングに戻ってきた。部屋ではあまりWi-Fiが入らないため、ブログを書いたりネットを見たりするときにはこのリビングを活用していた。

「音楽は気にならないか?」

「ああ、全然」

昨日の受付のにいちゃんがレトロな音楽をかけていた。彼は客に対してすごく気を遣っている。

「あの、ここでビールって飲んでもいいの?」

「ああもちろん!時々アイリッシュが騒ぐから断ったりはするけどそれ以外は全然大丈夫だよ!」

僕はお言葉に甘えて、ビールを飲みながらワルシャワのことをまとめたり、クラクフの日記をアップロードしたりしていた。すると上半身裸のおっさんがタブレットとキーボードを持ってやってきた。

「やあ、部屋の中はWi-Fiが弱いね。僕は仕事をしないといけないから。君はどこから来たんだ?」

「日本です。そちらは?」

「フランスだよ。今はどこにいても仕事ができる。いい時代になったもんだね、君も仕事かい?」

「いや、僕は別に」

「僕は電話が嫌いでね、メールで要件を済ませたほうが楽だろう?なんでみんな電話したがるのか理解できないよ」

上半身裸のフランス人はキーボードを打ちながらもそうやって僕と雑談をしていた。僕はビールを飲み終え、他にやることもなくなったためもう寝ようと思ってベッドへと向かった。

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