「謎の独立国家ソマリランド」感想・書評

高野秀行さんの「謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア」を読み終えた。高野秀行さんは以前TBSのクレイジージャーニーに出演しており、最強のクレイジージャーニーは誰か?という内容でブログでも少し触れた。「謎の独立国家ソマリランド」は2013年に発売され、ほどなくして話題になりネット上でもかなり有名になった。実際にこの本を読んだ多くの日本人が、ソマリランドを訪れた。僕は最近になって読む機会に恵まれ、今日ちょうど読み終えたところだ。ソマリランド行きたい。そして続編「恋するソマリア」を読みたい。 

ソマリランドって?

「謎の独立国家ソマリランド」は、修羅の国ソマリアの中にあると言われる自称国家だ。国際的に認められておらず、この本が書かれるまで実態が定かではなかった。まず、その大本となるソマリアという国について見ていこう。ソマリアはとにかく危ない国として有名だ。危険な国ランキングではイラクやメキシコ、アフガニスタンと並んで常連だった。

20年近く内戦が続いており、2012年までは無政府状態だった。映画になった「ブラックホーク・ダウン」にあるように、アメリカのヘリが撃ち落とされ撤退し、国連も匙を投げたことや、「キャプテン・フィリップス」にあるように海賊ビジネスが横行していた(近年においてはほぼ無くなった ソマリア沖・アデン湾における海賊問題の現状と取組 | 外務省

 

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また、アルカイダ系の組織であるアルシャバーブというイスラム原理主義組織も、ソマリアにある武装勢力の一翼として台頭していた。そんなソマリアの中に、ソマリランドという自称国家がある。曰く、ソマリアとは別に独自の紙幣が発行され、流通している。曰く、武装解除されており武力争いはなく平和である。曰く、政党制民主主義が敷かれ、選挙で大統領を決めている。そんな国が実在するのか?見てみたい!そうやってソマリランドの実態を探るべく現地を訪れた高野さんの体験談がこの「謎の独立国家ソマリランド」である。

2009年、2011年の2度に渡る取材がこの書籍に収められ、2011年の渡航の際にはソマリランドの隣国プントランド、南部ソマリアにも訪れ、ソマリア全体の事情を把握した上で改めてソマリランドの実情に迫っている。それ以降にも高野さんは3度ソマリアを訪れており、そのあたりは続編となる「恋するソマリア」に書き記された。2009年、11年となると約5年前。当時の情勢と今とでは多少変わっているかもしれないが、まだ十分に現在のソマリランドとして読めるタイムラグだろう。

エンタメ・ノンフ

そのような国であるソマリア、ソマリランドを訪れる本と聞くと、どうしても戦場の悲劇、腐敗した国家、というようなジャーナリスティックな内容を予想してしまうが、全然違った。著者高野秀行さんのスタイルは一貫して「謎の解明」に向けられている。こんな場所にあるファンタジーのような国の謎、行って見て聞いて確かめよう!そういうことしか頭にない。もちろん、謎を解き明かすにあたってどうしてもソマリアの悲劇に触れることは多々ある。多々あるが、それらは謎に迫るための通過点でしかなく、その上に成り立つソマリランドの実態に迫ることがこの本の一貫したテーマとなっている。

さらに、高野さんはエンタメ・ノンフというジャンルを提唱している。エンタメ・ノンフとはエンターテイメント・ノンフィクションの略であり、ソマリアのような国を扱う本であったとしても、ノンフィクションに加えエンタメに徹底している。読んでみればわかるが、これが本当に楽しく面白い本なのだ。常に覚醒植物カートを齧っている描写だったり、毎朝出会うソマリ人に「地獄に落ちる」と告げられたり、ブッ飛んだエンタメだ。

真面目に読んだってもちろん面白い。謎の実態に迫るため、高野さんはかなりいろいろな地へ出向き、いろいろな立場の人に会って話を聞いている。その入念な努力と分析によりまとめられた解説は、めちゃくちゃわかりやすくなおかつ詳細で整合性もあり、新しい学説の発表を聞いているような気分になる。例えば、ソマリランドを含むソマリア氏族の勢力図を説明するにあたり、東国ダロット平氏だとかイサック藤原氏といった日本の武家勢力の名前を用いて、身近で馴染みやすく、わかりやすい解説に仕上がっている。

このソマリア勢力図に関しては、高野さんオリジナルの武家の例えがなかったら確実に理解できなかったし、ほったらかして進んでいただろう。そして氏族の勢力争いを理解しなければ、ソマリアの実態は全く掴めていなかった。ハウィエ源氏の義経系ハバル・ギディル勢力の首領、アイディード義経とか、マジェルティーン北条氏のアブドゥラヒ・ユスフ時政といった、ネーミング自体コミカルなんだけど日本の武家の名前が付くだけでその勢力構造がスッと頭に入る。逆に言うと、信長の野望等で楽しく遊べない人は勢力構造の理解が難しいかもしれない。

(ソマリア関連本の続編として、ソマリア情勢が室町時代の権力争いに似ているということから端を発した対談本「世界の辺境とハードボイルド室町時代」がある。こちらではソマリアの勢力争いを、応仁の乱になぞらえて室町時代を研究する歴史学者と高野さんが対談した内容で、実に興味をそそられる。)

世界の辺境とハードボイルド室町時代(集英社インターナショナル)

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真面目に読める上にエンタメ要素が加わり、高野さんの書籍の数々は辺境ノンフィクションというマイナーなジャンルにも関わらず、熱烈なファンが多い。売れない作家だと自称されながらも、かなりたくさん本を出されている。

ソマリランドへ行きたい

この本を読むと、ぜひともソマリランドへ訪れたくなる。危険地帯の本を読んでそのように思うことはまず無いが、ソマリランドに関しては軍人やNGO団体、戦場ジャーナリストだけに許された最前線ではなく、行ってみたい、もしくは行ける国と感じるのだ。冒頭に挙げたように、この本を読んでソマリランドを訪れた日本人旅行者はたくさんいる。それでは本を読んで、行きたい、もしくは行けると思わせられた箇所をいくつか挙げていこう。

英語が通じる

ソマリランドは元英国領だったこともあり、首都モガディシュがある南部ソマリアよりも英語が通じる(南部ソマリアは元イタリア領)。今まで英語が通じない国への旅行は何度か経験したが、それなりに大変だった。英語が通じるとなると、それがソマリア国内であっても多少ハードルが下がる。英語が通じれば、万が一の時というよりも通常の旅行が非常にやりやすい。フランス語ベースのモロッコやスペイン語のキューバなんかは標識の文字も読めなかったが、文字も会話も英語が通じるというだけで非常に助かる。これだったらなんとか行けるんじゃないかと思う。

本当に平和そう

2011年の高野さんの行程は、ソマリランドから海賊国家プントランドに入り、戦国南部ソマリアへ渡った後にまたソマリランドへと帰ってくる道のりだった。最初にソマリランドの平和な様子に触れ、次に護衛の兵士を雇わなければ外を歩けないプントランドに入り、銃声がミュージックと言われる南部ソマリアからまたソマリランドへ帰ってきた時に、ソマリランドがどれだけ平和な国であるか、身にしみている様子が伺える。街を歩く様子(歩けるということ)から、人々の会話の内容、誰一人銃を提げていないこと、路上に並ぶ店の様子など、プントランドや南部ソマリアとは全く違うソマリランドの平和を、高野さんはしみじみと実感している。スマートフォンのSIMやインターネット、銀行のATMなども充実しているようで、これだったらなんとか行けるんじゃないかと思う。

食べ物が美味しそう

アフリカと言えば、食べ物が不味い印象がある。モロッコで有名なクスクスやタジン鍋も僕は特別おいしいと思わなかった。ソマリアの隣国であるエチオピアの主食インジェラなんかは「見た目雑巾・味はゲロ」という話が有名で、旅行者なら一度は耳にしたか、現地で体験していることだろう。いくら食べ物への関心が薄い僕とはいえ、そんなものしか食べられない場所をわざわざ訪れたいと思わない。しかし、ソマリアに関してはそうじゃない。少なくとも高野さんはそう主張している。街中のちょっとしたカフェでマキアートが飲めたり、本の中で何度も出てくる「ラクダ肉のぶっかけ飯」など、ソマリアのご飯はうまそうなのだ。これだったら行きたい。

ソマリランドを訪れた旅行者によるソマリ料理の写真

ラクダ肉のぶっかけ飯が写真付きで紹介されている

美人が多い

本の初めの方にこのような記述がある。

ソマリの女性は鼻筋がすっと通り、アフリカ屈指の美人として知られるが、さらに身にまとう衣装が素晴らしい。p38,39

アフリカはモロッコだけ行ったことがあるけれど、あそこはアフリカというよりアラブ人の国という印象が強かった。アフリカ屈指の美人とは一体どんな人たちなのか。高野さんが出会った人の中で一人、事例があった。ソマリアの首都モガディシュのテレビ局、ホーン・ケーブルTVの剛腕姫ディレクターとして紹介されていたハムディが、続編「恋するソマリア」の表紙を飾っている。

恋するソマリア

また、高野さん自身のブログにも、ノルウェーで再会したハムディとの写真が掲載されている。写真を選択すると拡大され、大層な美人であることが確認できる。

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美人が多いからソマリランドに行きたいというのはおかしな話だが、俄然行きたくなってくるだろう。

カート

最後にこれを持ってくる。「謎の独立国家ソマリランド」を読む上で、カートの存在は外せない。カート無しではこの本は一切成り立たなくなってしまう。カートとはカチノンという成分が覚醒作用をもたらす、植物の葉っぱだ。欧米圏においてはイギリスとオランダを除き、非合法ドラッグに指定されている。ソマリランドはイスラム教の国であるためお酒が禁じられており、代わりにこのカートが嗜好品として広く一般的に用いられている。カートを嗜む高野さんの姿がめちゃくちゃ笑える。

体の内側からとても懐かしい心地よさが広がってきた。「おお、これだよ、これ!」 p82

ーこんなにも気持ちいいものだったとは…! 世界は明るく、顔の周りが冴え冴えとし、言いたいことが何の衒いもなく口からすんなり出てくる。不安は何一つなくリラックスしきっている。これがずっと続けばどんなに素晴らしいことか。気づくと、私は新しい友人たちにカートをおごりまくっていた。p83,84

「まず、何をする?」とワイヤッブが訊くので、「カートが食いたい」と答えたら、彼は「ハイハイハイ(ソマリ語でOKの意味)」と破顔一笑。それは酒飲みが「一杯やらない?」と言われたときの顔に酷似していた。p207

二日目、ワイヤッブの旧友にしてプントランド情報大臣のアスカルに挨拶に行った。背が高く肩幅も広い堂々とした人物で、私に「ワイヤッブからソマリについて何を習った?」と訊くので、「カートを食べること」とソマリ語で答えたら大笑いした。さらに「君はここで何がしたい?」と言うから、「地元の人たちとカートが食べたい」と答えたら、また大笑い。p263

他にもいたるところに登場するカート。高野さんは滞在中、どんなときもずっとカートをバリバリと口にしていた。特に地元の人から話を聞いたり、長老や高官や、重役といった人にインタビューする時にもカートは欠かせないようで、日本で言うところの酒の席で本音を語るような役割を果たしている。ソマリランドが内戦を集結し、和平を実現したのもカートのおかげだとまで言っている(それは高野さんの冗談であり、後にちゃんとした考察がある)。カートをやるためにソマリランドに行きたい、なんていうことはないが、そういう日本に無い習慣が実に面白そうだ。

カート (植物) - Wikipedia

高野さんファンと友達になりたい

ソマリランドには行きたいんだけど、その前に続編である「恋するソマリア」を読みたい。そして高野さんの他の本も読みたい。有名ドコロはクレイジージャーニーでも取り上げられた「アヘン王国」だが、ファンの間では「西南シルクロードは密林に消える」がベストだという話だ。辺境ノンフィクションというジャンルこそマイナーではあるものの、高野さんファンはいたるところに存在する。特に旅行をする人やバックパッカーなら大体その著作を読んだことぐらいはあるみたいで、たびたびプロジェクトのやすやすさんも以前Podcastで高野さんの著作を挙げていたり、他のネットラジオでも紹介されていた。

最後に、「謎の独立国家ソマリランド」を読んで実際にソマリランドを訪れた人たちのブログをいくつか貼っておこう。読んでいない人は一度手にとってみてください。最初の30ページでめちゃくちゃいろんな展開が繰り広げられる。

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謎の独立国家ソマリランド

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