短編小説の集い「のべらっくす」第23回に参加

お題「短編小説の集い「虫」」

 

宴会にて

今夜は大規模な食事会が開かれた。各々の職場では上役が取り計らい、明日あさってと二日間の休みが設けられる。おかげで近場の職員だけでなく遠方からの参加者も呼び寄せられ、交通費まで支給された。さらに今回は職場の垣根を越えた慰労会というコンセプトで、普段はお互いを出し抜き、謀略と策略を繰り広げながらあの手この手で前に出ようという面々が一堂に会する。日頃の思いを吐き出しながら、お互いの労をねぎらい、疲れを癒やして今後の業務に励んでほしいという趣旨だった。

よくもまあこんな催しが実現したものだ。参加にあたっては一つだけ条件があった。各自の所属や身元がはっきりとわかるよう、式典用の正装ではなく普段仕事に赴く服装での参加が義務づけられた。食事会という名目でありながら、人目をはばかりこの場で自らの便宜を図ろうとする輩も数多く見受けられるだろう。そういった暗躍、密約を少しでもなくし、あくまでも慰労会であるという側面を強調するためであった。さて、酒の席は無礼講とは言いながらも、数々の立場の人間が集う。争いごとが起こらないよう祈るばかりだ。

会場の前には大勢の人が集まっていた。入り口で出席を確認しながら、中へ入ろうという人がぞろぞろと列を作っている。入り口付近にたまり、顔を合わせた面々が挨拶を交わす姿も多く見られる。中には一度受付を済ませており、一服のために会場の外へ出ている者もいる。飲み物を注いだグラスを片手に、外の風に当たりながら立ち話をする姿も少なくない。

「あれ、ホンダさんじゃないですか」

「おお、これはこれは、ナオエさん」

「どうもお久しぶりです。ご活躍伺っておりますよ、今日もご参加されることだろうと思っておりました。いやーしかし、いつも決まってますね。遠くから見てもわかりましたよ、その『鹿の角』。私もそういうデザインをお願いすればよかったなあ」

「何をおっしゃいますか、ナオエさんこそ小ぶりながら金色に輝く『愛』の文字、目立つと同時に私のような無骨さはない繊細なデザインで、ナオエさんにぴったりですよ」

「ははは、そう言われると恐縮ですが」

二人は会話をしながら入り口に続く列へと並んだ。

「でもね、実はそうでもないんですよ」

「と、おっしゃいますと?」

「私の他にも先人がいらっしゃいまして、いや、決してパクったわけではないですよ。もう引退された方なんですけど、ジパングの森さんはご存知ですか」

「ええ、もちろん存じあげております。そうですね、あの方は確か、『南無阿弥陀仏』でしたね、森さんらしい。でもナオエさんとはまた趣きが違いますよ。なんせ『愛』一文字ですから」

「あはは、お恥ずかしい」

列は少しずつ進み、入口の前まで来ると受付で名前の確認を受け、二人は会場の中へと足を踏み入れた。式典ホールのような会場には、テーブル席と立食テーブルが左右に配置されている。壁際にはバーカウンターがあり、カウンター席もわずかながら用意されている。会場は人と話し声で賑わい、立ちながらグラスを傾け会話を弾ませる人や、席で食事をしながら談笑する人たちなど、様々である。二人はカウンターへ向い、ドリンクを注文した。

「そう言えば少し気になっていたんですよ。こんな場だから聞けるかもしれないと思いまして」

「ほう、どうなされました?」

「いえね、会場を見てください。みなさんいろいろなデザインのお召し物をこしらえてらっしゃる。私なんかはわかりやすくて単純じゃないですか。しかもほら、あちらのサナダさんと被ってしまいました。息子さんの方です」

ホンダは遠くの方を指差しながらそう言った。ナオエもその指に釣られて目をやった。そこには金色に輝く『鹿の角』があった。

「いえいえ、ホンダさんはホンダさんで趣向を凝らしているじゃないですか。サナダさんと似ているのはあくまでモチーフだけですよ、色も形も全然違う」

「はあ、そうですか、そう言っていただけると嬉しいです」

「似ていることをお気に病んでらっしゃるんですか?もっと自信を持ってくださいよ。今日だって一番にホンダさんにお声掛けしたじゃないですか。それはひとえにその黒く雄々しい『鹿の角』のデザインが素晴らしかったからですよ」

「はは、ありがたいお言葉を。そう言われるとなんだかそのような気がしてきました」

「ホンダさんにだってそのデザインにこだわりや思い入れがあるのでしょう?なんだったら聞かせてくださいよ、是非この機会に」

「そうなんです、それなんですよ」

二人はドリンクを受け取ると、近くにあった、空いている四人がけのテーブルに座った。

「どういうことですか?」

「実は前々から気になっていたんですよ。その、出で立ちのことなんですけど」

「ほう」

「私なんかはわかりやすくて単純なんですが、これでもいろいろ考え苦労したほうで。それなのにサナダさんと被ってしまって」

「いやあ、ですからそれは先程も申し上げましたけど」

「ああいえ、いいんです私は。これでも自分ではそれなりの出来栄えになったと少なからず自負しているつもりです。被ってしまったことについてはオリジナリティという面で残念なことになってしまいましたが、それはおそらくサナダさんも同じでしょうし、先ほどナオエさんがおっしゃってくださったように、これはこれで良い物じゃないかと思えることもあるんです。ナオエさんほどじゃないですが」

ホンダは『愛』の文字をチラッと眺めた。

「いやあそんなことはないですよ。私も最初申し上げましたけれど、ホンダさんの力強い出で立ちには憧れるんです。しかし、私がホンダさんのような出で立ちをしたところで到底似合わないと思いまして、それだったら私にはどんなデザインが合うのだろうと考え、試行錯誤の上こしらえた次第ですから」

「さすが、わかってらっしゃる。素晴らしい。私のは単純ですが、ナオエさんのようなある種奇抜なデザインというのは誰にでも着こなせるものではないんです。『愛字に端雲』はナオエさんがお召しになられるからこそ様になるんです。そういう意味ではナオエさんの個性と言いましょうか、センスが存分に発揮されている」

「それほどではありませんが、恐縮です。私自身も、これちょっと変なんじゃないかなって思うことは常々あるんですよ。ラブ&ピースじゃあるまいし、愛妻家だなんてからかわれたりもしますが、まさかそんな意味を込めて仕立てるわけありませんから」

ホンダはグラスの飲み物を飲み干し、テーブルに置いた。

「そこです、気になっていたのは。ちなみにナオエさんはどのような意味を込めて『愛字に端雲』をお仕立てになられたのですか?私の鹿の角、もとい『鹿角脇立黒漆塗兜』につきましては、上司との兼ね合いもあったんですけど、ただ単純に黒が好きで、黒系で統一したあとデザインはどうしようかと思ったとき、やっぱり黒だと目立たないしシュッとしすぎている感じがあったので、デザインだけでも派手で力強いものにしようと思ったんです。それでまず思い浮かべたのが角です。角といえば牛ですけど、牛の角は小ぶりだし、ありきたりで、デザイン的にも目立たない。他に何があるか考えながら山を歩いていると、出会ったんです。雄ジカでした。牛のようにまっすぐ一本の角ではなく、複雑な形状でありかつ雄々しい、これしかないと思いましたね。結局サナダさんと被ってしまいましたが、牛にしていれば完全にクロダさんと被っていたでしょうね。まあクロダさんは他にも独特なのをお持ちですけど」

「ああ、太閤ホールディングスのクロダさんね、あれもすごいですね」

「そうですそうです。ナオエさんはその『愛字に端雲』、何かこだわりとかあるんですか?」

「うーん、そうですねえ、こだわりというほどではないんですけど」

「それが聞きたかったんですよ、今日は。ぜひ、お願いします。あ、でもその前にグラス空いてますよね、行きましょうか」

「そうですね」

テーブルを立つと二人はカウンターに並び、ドリンクを選んでいた。ホンダは日本酒を、ナオエはワインを受け取ると二人は再びテーブルについた。

「『愛字に端雲』のことでしたね」

「はい、もしよろしければお聞かせください」

「ええ、もちろん。実は私もホンダさんと似たようなことは考えていたんですよ」

「ほう、というのは」

「はい、何か斬新なものを、と思いまして。かといって力強いデザインだと私の場合、衣装負けしてしまいますから。うちの会長なんかはシンプルなものから派手なものまで趣向を凝らしたものが多いんですけど、社長に至ってはひどいもので…」

「あのナチスドイツみたいなやつですか」※jpg

「はい、それもあるんですけど、それ以外にもパッとしないというか、こう言ってはなんですけどセンスが微塵も感じられない…。ああはなりたくないなと思いながらも、かといっていいアイデアが浮かばない」

「わかります」

「そこで、あれこれ考えるのはやめようと思ったわけですね。思い悩んでもしょうがない、原点回帰しようと。自分は何故この仕事をしているのか、この職場で今までどのように過ごしてきたのか、そして、これからどうしていきたいのか、そういうことを思い返しているうちに、ふとひらめいたんです。この『愛字に端雲』を」

ナオエは『愛』のふちを触った。

「私は会長、社長に付き従ってずっとこの仕事に就いてきました。会長は血気盛んな人でしたが、意外と縁起をかついだりジンクスを信じる人でした。よく社員の私たちにお守りのようなものを配ってくれたんです、肌身離さず持っていれば仕事がうまくいくからって。今も持っていますから、見せますよ」

ナオエは鞄から財布を取り出し、中から一枚のメダルを取り出した。

「これです。仕事がうまくいけばいいと思ってモチーフにしました」

ホンダが受け取ったメダルには、ハートが型取られていた。

「結局ラヴ&ピースじゃないですか」

二人は声をそろえて笑った。

「ははは…それはそうと、ナオエさん」

「ええ、なんですか?」

「さっきおたくの社長の話が出ましたけど、あの方は何であんなデザインにしたんでしょうね」

「あの人はちょっと頭おかしいんですよ、それを言っちゃあ僕も人のこと言えないんですけど、ははは」

「ははは…いやさすがに頭おかしいとまでは思わないですけれど、なかなかすごいですよね。『丸』とかもありましたから、あれはなんですか一体」

「『丸』はあれですよ、一応太陽をモチーフにしていたんですけど、ただの『丸』になってしまった。あまりにもただの丸なんで、ダサいからナチスドイツのマークを書いちゃったら余計ダサくなったははは」

「はははひどい、ナオエさんは身内だからいいですけど私は笑えませんよ、だったらナオエさんも『愛』の字ではなくハート型にすればよかったじゃないですか」

「はははそれはダサい、それが嫌で漢字にしたんですよ、ダサすぎる、ハート型なんてめちゃくちゃ弱そうじゃないですか」

二人が笑い転げているテーブルの横を、一人の男性が通り過ぎた。

「…なあ、ホンダさん」

「ははは…どうしたのナオエさん」

「彼、彼のことは知ってる?」

ナオエは通りすぎた男性を指差した。

「…あれは、OEDグループの専務取締役だったと思う、ダテさんだったかな」

「ああ、ベンチャー企業の。彼は、彼は一体なぜあのデザインにしたのだろう…」

「…そうだね、気になるね。あれは…どう見たって虫だよね」

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